•  沈没した潜水艦の救出にあたる潜水艦救難艦。その潜水艦救難艦特有の部隊が海上自衛隊の「第5分隊(潜水科)」だ。

     日本に2つしかないこの分隊はどんな構成になっているのか、その任務の内容、そして日ごろはどのような訓練を行っているのか、隊員に聞いてみた。また艦長には、災害派遣時の対応について教えてもらった。

    潜水長:飽和潜水員とDSRV員からなる主要部隊

    画像: 飽和潜水員が、飽和潜水の前に1週間ほど入る「飽和潜水用艦上減圧(再圧)タンク」は、その中の様子や各潜水員の健康状態などが24時間分かるように、モニターに映し出され管理されている。潜水長もしっかりとチェックする

    飽和潜水員が、飽和潜水の前に1週間ほど入る「飽和潜水用艦上減圧(再圧)タンク」は、その中の様子や各潜水員の健康状態などが24時間分かるように、モニターに映し出され管理されている。潜水長もしっかりとチェックする

    「潜水科というと分かりにくいのですが、その内容は救難科だと思ってもらえればイメージしやすいでしょう」と語るのは、潜水艦救助艦『ちよだ』潜水長の高橋3等海佐だ。

     潜水艦の乗員を救難するためには、人を潜らせるかDSRV(深海救難艇のこと)を潜航させるかの2択であり、そのため潜水科は大きく飽和潜水員とDSRV員に分かれ、それぞれ飽和潜水あるいはDSRVの資格(注)をもった隊員が配置されている。

     飽和潜水員は潜水長をトップとし、飽和潜水やPTC(潜水艦救助艦から深海まで飽和潜水員を運ぶカプセルのこと)の運用・整備などを行う。一方DSRV員は潜航長をトップとし、DSRV、ROV(無人で深海を探査する遠隔操作無人探索装置のこと)の運用・整備を担当する。

    もともとは潜水艦の乗員だったという高橋3佐。「潜水艦乗りが任務にあたる上で、救難艦の存在そのものが頼もしく、安心の源になっています」

    「それぞれの遭難の状況によってROV、DSRV、飽和潜水をどのような順序で組み合わせて運用するかは、最終的には艦長の決断になりますが、潜水長はその判断のために進言をする役目も担っています」

     有事の際は時間との勝負になるため、高橋3佐は普段の訓練から作業効率を可能な限り上げるためにどうすればよいかを常に考えているという。

    (注)いずれも自衛隊内の資格。飽和潜水の資格は、専門の教育機関で教育・訓練を受け、条件を満たした者に付与される。DSRVの操縦資格は、専門教育課程を修了し、1年間の訓練後、検定に合格すると付与される

    DSRV員:迅速、安全な救出作業のためメンタルも鍛える

    「他国の潜水艦で事故が起きた場合、ハッチの位置などが海自の潜水艦とは異なるので、普段からその形状や装備を調べるようにしています」と新井2曹

    「『ちよだ』は戦う船でなく助ける船」と言う新井2等海曹は、DSRV員になって2年強。

     もちろん実際の救出任務に就いたことはないが、それが現実になったとき、迅速に救難作業ができるよう、日ごろからDSRVの整備や訓練は怠らない。

    画像: DSRVの操縦室。正副操縦士2人がやっと入れるくらいのスペース。ここで長時間任務にあたるには、相当の精神力が必要だ

    DSRVの操縦室。正副操縦士2人がやっと入れるくらいのスペース。ここで長時間任務にあたるには、相当の精神力が必要だ

     DSRVを操縦するときは風や波、潮流などの外部からの影響や視界不良などが発生することがある。そうした状況下でも安全に、かつ迅速に運航しなければならない。

    「潜航訓練を行う際は、実施前にさまざまな不利な状況を想定して、正副操縦士でプランを立てるのですが、プラン通りにいかないこともあるので、訓練を終えて無事に帰艦できたときはホッとしますね。それと同時に達成感も感じます」

    画像: 円筒形のDSRV内部。「潜水艦が遭難したらDSRVが救助に向かうが、DSRVが遭難したら誰も助けにこない」という新井2曹の言葉に覚悟が感じられた

    円筒形のDSRV内部。「潜水艦が遭難したらDSRVが救助に向かうが、DSRVが遭難したら誰も助けにこない」という新井2曹の言葉に覚悟が感じられた

     訓練は海中だけではない。『ちよだ』の停泊中でも、シミュレーターを使って操縦の錬度の維持を図る。

    「潜水艦救難が現実になり出動命令が下れば、長時間にわたって緊迫した状況が続くはずです。そのときに必要な強じんな気力と体力を養成するため、体力に加えメンタル面の錬成も行っています」

    飽和潜水員:深海の環境を再現したタンクで過ごす訓練が必要

    体力面が課題という竹森3曹は、自主トレに励んでいる。「今では筋トレやランニングができなかった日には、罪悪感を覚えるようになりました」

     最深で450メートルまで潜水する飽和潜水員の訓練は過酷を極める。

     海上自衛隊の専門の教育機関で「潜水員」の資格を取得した隊員から選抜された者が、飽和潜水員を目指して潜水医学実験隊に入隊し、訓練を受けるのだが、外部と遮断して深海の環境を再現した「深海潜水訓練装置」と呼ばれる減圧(再圧)タンク内で長時間過ごす課程がある。

    画像: 訓練で1週間過ごすという「飽和潜水用艦上減圧(再圧)タンク」。手前にシャワー、並んでトイレがあり、ここを使用するときはモニターも遮断される。奥は生活スペース

    訓練で1週間過ごすという「飽和潜水用艦上減圧(再圧)タンク」。手前にシャワー、並んでトイレがあり、ここを使用するときはモニターも遮断される。奥は生活スペース

     最初は水深60メートルでの水圧を再現した気圧のタンクで1週間過ごし、次に水深200メートルの水圧相当の気圧で2週間、最終的には水深450メートルの水圧相当の気圧で1カ月過ごす。

    画像: 生活スペースの奥にも小部屋があり、PTCにはここから直接乗り込める仕組みに

    生活スペースの奥にも小部屋があり、PTCにはここから直接乗り込める仕組みに

     現在、現役で2人しかいない女性飽和潜水員の1人である竹森3等海曹も1週間の訓練を体験したが、初めてのことだらけで大変だったという。

    画像: 飽和潜水用のヘルメットは、これだけで20キログラムあるという。このほかにも器材を背負うので、強じんな体力が必要不可欠だ

    飽和潜水用のヘルメットは、これだけで20キログラムあるという。このほかにも器材を背負うので、強じんな体力が必要不可欠だ

    「私以外は全員男性で、お互いにものすごく気を使っていました。またヘリウムガスの中では、すぐに息が上がるんです。水中での作業訓練でも、スーツに温水が通っているため機敏には動けず、ボルト1つつかむのも難儀でした。

     それでも不自由だらけの訓練を行うことで、飽和潜水は潜水員だけでなく、潜水員をサポートする隊員の存在がすごく重要だということが分かりました。勉強を重ねて、機器類にももっと詳しくなりたいです」

    水測員:護衛艦と違って、動かない潜水艦をキャッチする役目

    災害派遣でも水測員の仕事の重要性は変わらないと言う小堀3曹。「沈んだ船をソナーで捜して、その状態を確認しています」

     小堀3等海曹の職種である水測員は、ソナーを使用して遭難した潜水艦を捜索し、その位置を特定するのが任務だ。いくら『ちよだ』が最新鋭のさまざまな装備を搭載していても、まずは水測員がきちんと仕事をしないことには救難活動は始まらない。

     水測員はスキャニングソナーとマルチビームソナーの2つのソナーを駆使して、海底に沈む潜水艦を捜す。

     以前は護衛艦の水測員だった小堀3曹によると、同じソナーマンでも、護衛艦が水中を潜航している潜水艦を捜すのと、潜水艦救難艦が沈んで動かない潜水艦を捜索するのとでは、探知方法が全く違うという。

    「護衛艦では航行中の潜水艦が発する音をキャッチしていきますが、遭難した潜水艦は音を発しないこともあるので、海底をスキャンするスキャニングソナーを使用します。

    『ちよだ』に乗ったばかりのころは、ソナーの映像を見ても、どこに潜水艦が沈んでいるのかよく分からず、捜索するのがとても難しかったです」

    艦長:大震災の教訓から被災地支援の対応力を強化

    『ちよだ』が就役してすぐ、転覆したボートの乗員を助け出すことがあったそう。「“助ける艦”の宿命を感じました」と喜多村1佐は振り返る

     2024年元日に発生した能登半島地震では、道路が寸断された上に狭い土地であったため、空からのアクセスも困難を極めた。そのとき注目されたのが、海からの上陸である。

    画像: 2011年3月の「東日本大震災」に関わる災害派遣では、先代『ちよだ』が入浴支援活動などを行い、被災者が続々と『ちよだ』に乗り込んだ 写真提供/防衛省

    2011年3月の「東日本大震災」に関わる災害派遣では、先代『ちよだ』が入浴支援活動などを行い、被災者が続々と『ちよだ』に乗り込んだ 写真提供/防衛省

    『ちよだ』艦長の喜多村1等海佐によると、1995年の阪神・淡路大震災発生時からすでに、被災地への海路からの災害支援の重要性が認識されており、2011年の東日本大震災のときには、先代『ちよだ』や『ちはや』が救出支援に向かい、その経験、教訓から潜水艦救難艦の大規模災害の発生時における対応力の強化が図られるようになったという。

    画像: 先代『ちよだ』艦内の風呂施設を利用する被災者たち。久々の入浴に自然と笑みもこぼれる。入浴待機場所として、食堂スペースなども開放された 写真提供/防衛省

    先代『ちよだ』艦内の風呂施設を利用する被災者たち。久々の入浴に自然と笑みもこぼれる。入浴待機場所として、食堂スペースなども開放された 写真提供/防衛省

     潜水艦救難艦は、護衛艦より喫水が浅く、浅い海域でも航行できるほか、「スラスター」と呼ばれる艦を横方向に移動させる推進装置が前部に2つ、後部に2つ設置されており、これにより、タグボートにえい航されなくても自力で接岸することができるのだ。

    画像: 常時積載しているゴムボート。がれきに当たっても破損しにくく、水中の捜索活動に重宝するという

    常時積載しているゴムボート。がれきに当たっても破損しにくく、水中の捜索活動に重宝するという

    「東日本大震災の際、水中にもがれきがある中での捜索活動にゴムボートが有効だったため、『ちよだ』は常時ゴムボート1艇を積んでいます。これは潜水艦から自力脱出してきた人を速やかに救出するためにも有用です」と喜多村1佐は説明する。

    画像: 救出された潜水艦乗員用の居住エリアは、災害時には被災者を一時収容する寝室に変わる

    救出された潜水艦乗員用の居住エリアは、災害時には被災者を一時収容する寝室に変わる

     このほか、『ちよだ』には病院船としての機能も付加されている。艦艇としては、規模、装備とも充実した医療設備が整っており、負傷者への治療や救急救命のトリアージにも対応できる。また、被災者を一時的に艦内に受け入れて、食事や入浴、睡眠・休憩用のベッドも提供できる。

    「潜水艦救難の1つひとつの要素を災害派遣に生かしています。救難に際してマルチな対応ができるというのが『ちよだ』の大きな特徴です」

    画像: 『ちよだ』の後部甲板はヘリポートになっていて、災害時には急患を病院までヘリコプター輸送することもできる

    『ちよだ』の後部甲板はヘリポートになっていて、災害時には急患を病院までヘリコプター輸送することもできる

     そう喜多村1佐が強調するように、『ちよだ』はこれまでに災害派遣や救難活動で数々の実績をあげている。

     19年の千葉県銚子沖の貨物船の衝突事故や、21年の愛媛県来島海峡での貨物船沈没事故などでも、海上保安庁と協力して救助活動を行った。これからも、助けることで国を守る『ちよだ』の活躍は途切れることがないだろう。

    (MAMOR2025年11月号)

    <文/古里学 写真/増元幸司>

    サブマリナーを救出せよ!

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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