•  ゲリラやテロリストとの闘いから一変、国同士の正面衝突というひと昔前の戦争と同じ様相を呈しているロシアによるウクライナ侵略。

     ドローンや各種ハイテク兵器など新しい装備品も登場し、転換期を迎えている世界の防衛産業。その実態を軍事技術に詳しい井上孝司氏に聞いた。

    欧米企業が上位を占め、中国の防衛産業が急上昇

    2022年の軍事費の割合(アメリカドルで換算した主要国のシェア率)。アメリカが約40パーセントを占め、圧倒的な世界シェアとなっている SIPRI調査を元に編集部で作成

     東西冷戦の終結で軍縮や予算削減が続いてきた世界の防衛産業が、2022年に勃発したウクライナ戦争や23年のイスラエル・パレスチナの紛争などで注目され始めた。

     軍事関連の調査研究を専門に行うストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のリポートでは、22年度に世界で最も軍事費が多いのはアメリカの約118兆円で世界全体の39パーセントを占め、次いで中国が約39兆円で13パーセント、ロシアが約12兆円で3.9パーセントとなっている。日本の防衛関係費は約6兆円で世界第10位だ。

    2022年3月、防衛省はウクライナへの支援として非武器である防弾チョッキを提供。ウクライナはロシアの侵略以降、大量の装備品支援を受け世界4位の装備品輸入国となった

     また防衛関連企業の売上高に目を向けると上位は欧米企業が占めている。SIPRIの調査では1位はロッキード・マーティン社の約633億ドル、2位はRTX社(注)で約396億ドル、3位がノースロップ・グラマン社の約324億ドルとアメリカ企業が続くが、「4位の中国航空工業集団、8位の中国兵器工業集団、10位の中国南方工業集団と10位内に中国企業が3社入っている。中国は国ぐるみで軍事企業を拡大させています」と井上氏。

    世界の主な防衛産業企業

    画像: ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の調査を元に編集部で作成

    ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の調査を元に編集部で作成

    世界の主な防衛産業の企業と本社所在地。円の大きさは売上(2022年)の大きさを示す。アメリカ、中国、ヨーロッパの企業が上位を占める。

    世界の軍事支出の推移

    画像: 『令和6年版 防衛白書』を元に編集部で作成

    『令和6年版 防衛白書』を元に編集部で作成

    1998年から2024年までの主要国の軍事費推移(倍率は1998年と2024年の比較)。各国とも支出は増えているが中国の拡大が著しい。

    合併と吸収を繰り返し専業化と巨大化が進む

    画像: アメリカのメリーランド州に本社を置くロッキード・マーティン社。合併や吸収を繰り返し、世界有数の航空宇宙・防衛企業に成長した

    アメリカのメリーランド州に本社を置くロッキード・マーティン社。合併や吸収を繰り返し、世界有数の航空宇宙・防衛企業に成長した

     現在の防衛産業のトレンドは大きく2つあると井上氏は語る。

    「1つは大手企業の専門専業化で、1990年代からM&Aで選択と集中が進みました。もう1つは航空機や艦船など装備品そのものよりも、搭載する機器類が注目されています」

     21世紀に入り装備品のハイテク化、複雑化と開発・製造コストの上昇が続き、大手防衛企業は、専門性の高い企業との合併などで巨大化。得意分野を鮮明に打ち出し、それまでの百貨店的な業態から巨大専門店へと変貌を遂げている。

    「例えばロッキード・マーティン社は、戦闘機や航空機用の各種ミサイルは手掛けていますが、陸上装備品はあまり製造しておらず航空機に強い。

     そして情報通信、宇宙、サイバー、無人機などの分野へは、グーグル、アマゾンなどの大手IT企業からスタートアップ企業まで、従来の防衛産業とは異なる業種からも参入し、有望な新進企業を大手が吸収する構図になっています」と井上氏は続ける。

    深化する国境を越えた企業間のネットワーク作り

    画像: 2023年12月、木原稔防衛大臣(当時、写真中央)はグラント・シャップス イギリス国防相(右)、グイード・クロセットイタリア国防相との間で、次期戦闘機の共同開発に関する政府間機関の設立に関する条約を締結し、協力関係を深めた

    2023年12月、木原稔防衛大臣(当時、写真中央)はグラント・シャップス イギリス国防相(右)、グイード・クロセットイタリア国防相との間で、次期戦闘機の共同開発に関する政府間機関の設立に関する条約を締結し、協力関係を深めた

    「防衛産業でM&Aが行われる背景には企業の生き残り戦略もありますが、航空機や戦車といった装備品より、そこに搭載する電子機器やセンサーなどが価格的に高くなっている現状も影響しています」と井上氏。

    「1社で全てを完結して生産するより、ある企業が生産した機器をさまざまな航空機メーカーの機体に搭載したほうがコストや納期などの点で効率が良い。日・英・伊で共同開発される次期戦闘機のように、国境を越えた国際分業もやりやすい」と新たな潮流を説明する。

    「製造コストが上昇したため複数の企業でリスクと経費を分担し、みんなで作ってみんなで買う構図です」

     現在、防衛産業は世界的に成長期にあるという。ウクライナ戦争以降、各国とも平時から備えが必要だという認識が出てきたためだ。「装備品の生産を通じた国際ネットワークは、盛んになると思われます」と井上氏は予想している。

    (注)旧社名はレイセオン・テクノロジーズ。アメリカのバージニア州に本社を置く航空宇宙・防衛企業

    井上孝司氏

    【井上孝司氏】
    軍事研究家、テクニカルライター。主な著書に『現代ミリタリー・ロジスティクス入門』(潮書房光人新社)などがある

    (MAMOR2025年3月号)

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

    <文/古里学>

    どうなるどうする日本の防衛産業

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