車でドライブするときに使う「道路地図」があるように、飛行機が飛ぶためにも「航空図」がある。自衛隊にはこの航空図を作成する専門の部隊がある。それが、航空自衛隊の飛行情報隊だ。
飛行情報隊が編集している航空図の中の1つに、パイロットや管制官から便利だと重宝されている「航空路図誌」があるが、この役割や魅力について陸・海・空のパイロットや元海自パイロットの津野氏に聞いてみた。
【津野拓士氏】
第一工科大学航空工学部准教授。海上自衛隊でP-3Cの機長などを務め、退職後に民間の航空会社のパイロットを経た後、現職に就く
全国の飛行場の情報がまとめられヘリの離発着のデータも充実

「被災地へ向かって1分でも早くフライトする必要のある災害派遣の際も航空路図誌は役立っています」と語る黒木1尉
CH‐47JA輸送ヘリコプターを操縦している黒木1等陸尉は、「陸自のヘリコプターは、全国にある普通科部隊が所在する駐屯地や演習場を起点に任務につくことが多いため、自身の判断により目視(VFR)で飛行する場合が多いです。
このためVFRの侵入離脱経路や経路間にある高い山や建造物、ヘリスポットの位置などの詳細が1冊にまとめられている、航空路図誌は私にとって欠かせない情報が全て網羅されている必須アイテムですね」と語る。
各飛行場のパイロットに必要な情報がコンパクトに記載された便利な航空図

「硫黄島など離島の基地への食料などの物資輸送や被災地への救援物資輸送と患者の搬送なども行います」と話す佐々木2尉
C‐130RとLC‐90のパイロットである佐々木2等海尉は次のように話す。
「フライトの際には2種類の航空路図誌をよく使用しています。飛行中にルートや着陸する飛行場が変更されたときには、各飛行場に関するあらゆる情報が記載されているので、とても役立っています。
特に初めて着陸する飛行場では、滑走路まで誘導してくれる無線の周波数が書かれているので助かりますね。コンパクトで便利なうえに最新の情報が載っているのでありがたいです」
安全安心にフライトするための「お守り」のような存在
青表紙の航空路図誌を携行するという第304飛行隊の木村2尉は「世界1のF-15パイロットになります!」と意気込む
「航空路図誌は常に携行し、よく使用する那覇基地などのページは切り取ってカードケースに入れています」と語る木村2等空尉。
「急な天候の変化で慣れない飛行場に着陸する際には、その飛行場の着陸進入経路や航法装置の種類、滑走路の長さなどが確認できて便利です。私はアメリカ空軍で約2年間訓練した際、同様の情報が載った現地の『アプローチチャート』を使用していたのですが、それに比べて航空路図誌は見やすく、使いやすい。私にとって『お守り』です」
これが航空路図誌だ!
陸・海・空のパイロットが使用していると語った「航空路図誌」は自衛隊の航空機に関わる航空従事者が利用している。
いったいどんなものなのか。自衛隊新田原基地(宮崎県)への航空機の着陸方法が書いてある実際のページを例にして解説しよう。

(1)「ILS」は航空機が安全に着陸するための、滑走路への進入コースを電波で示すシステムのこと。このシステムを利用して進入する航空機はこの「ILS」のチャートを参照する。
(2)「TACAN」とは運航する航空機に対して連続した方位と距離の情報を送ることができる航法援助施設のこと。パイロットは周波数をこの施設の値に合わせて位置確認を行う。
(3)航空機が進入する方向とエリアを図示している。航空機がこの進入コース(幅と高度)を外れている場合は管制官からその旨、通告される。
(4)新田原基地へ進入する際に段階的に降下できる高度や角度が分かりやすく明記されたグラフ。
(5)新田原基地へ着陸可能な視程や着陸を決心するまでに降下できる限界高度(フィート)の基準が数字で書かれている。この表の数字に満たない際は上空で旋回して着陸を遅らせたり、天候によっては着陸を断念して代替飛行場へ向かうことがある。
(6)天候不良などで滑走路への進入を断念した際の対応方法を記載している。
(7)国際民間航空機関の割り当て規則に従って国が定めるコード。「RJ」は「日本」、「FN」は「新田原」の意味。国際的にどの空港もアルファベット4文字で表記するよう定められている。
(8)自衛隊の航空機が新田原基地へ進入するときのルートが図示されているマップ。進入する方角、高度、通過するポイントなどがふかん図で分かりやすく明記されている。

青色の表紙はブルーインパルスやF-15などの戦闘機パイロットが主に使用し、黄色の表紙は陸上自衛隊や海上自衛隊および、戦闘機以外の航空自衛隊のパイロットが使用する。白色の表紙は民間空港に出入りする政府専用機などのパイロットが使用。パイロットだけでなく、管制官も頻繁に参照する。航空機の運航に関わる人にとってはまるでバイブルのような存在だ。
年に6回発行される自衛隊の空の情報誌
陸・海・空各自衛隊の航空部隊のパイロットが使用する「航空路図誌」。航空機の運航のために必要な情報が記載された「空の情報誌」だ。
そこには、全国各地の飛行場や民間機も自衛隊機も飛行する航空路、航行する航空機の位置の測定や針路誘導を電波によって行う航空保安無線施設、光や色彩などによって航空機の航行を援助する航空灯火施設、飛行場の滑走路への計器進入方式など、さまざまな情報が図示されている。
航空路図誌は年6回、奇数月に発行され、更新された情報を記載している。青色の表紙は主に航空自衛隊の戦闘機、黄色の表紙は戦闘機以外の空自の航空機や陸上自衛隊や海上自衛隊の航空機、白色の表紙は民間空港を利用する航空機が使用する。
航空路図誌の誌面は3種とも本文は青色のインクによって印刷されているのだが、それには理由がある。夜間の航空機機内の赤いランプのみに照らされた暗い操縦席でも、文字が鮮明に浮き上がり、視認性を高めて情報を解読しやすくするためだ。
有視界飛行方式も網羅した航空図
パイロットを目指す学生たちの前で教べんに立つ、元海自パイロットの津野氏に航空路図誌について聞いた。
「自衛隊の『航空路図誌』には、主に目視で航空機を操縦する『有視界飛行方式(VFR)』を行うための情報も掲載されています」と語る津野准教授。
「民間の航空会社は国交省が発行する『航空路誌』をベースにした『ルートマニュアル』を、それぞれが独自に作成しています。ただし、そこに記載されているのは、主に航空機の計器を使用し、常に航空管制官の指示に従う『計器飛行方式(IFR)』による飛行を行うための情報なんです」
なぜ、「航空路図誌」の情報はVFRも網羅しているのか?
「民間の旅客機は、決められた航空路をなぞるようにIFRで飛行します。対して、自衛隊の航空機が主にVFRで飛行するのは有事に対応するためです。例えば災害時、飛行場に損傷や障害物があるなどの場合には決められた航空路以外のルートで、目視で離着陸しなければなりません。
だから『航空路図誌』は、IFRで飛行する際に必要な情報に加え、VFRで飛行するための最適なルートや制限空域を図示するなど、VFRで飛行する自衛隊機の操縦を網羅した航空図で、私も海自パイロット時代は重宝していましたね」
<文/魚本拓 写真/星亘(扶桑社)>
(MAMOR2024年10月号)
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです