日本の海を守る海上自衛隊にも、外敵の脅威に対処するために陸上で戦う部隊がある。それが海自の港湾などの警備を担う陸警隊(りっけいたい)だ。
海上自衛隊の横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊各地方隊には、それぞれ警備隊が置かれ、地方総監の指揮監督を受ける警備隊司令が、各部隊を統括する。陸警隊は警備隊隷下の部隊となり、警備対処掛(注)警備犬運用掛、庶務掛、庶務掛で構成されている。
警備対処掛(以下、対処掛)では敵との戦闘に備え、格闘術やガンハンドリング(小火器を使用するときの動作)、といった警備に関わる動作などを日々、訓練している。技術や心得を隊員たちはどのように磨き上げているのか?対処掛の掛長(リーダー)・井㟢1曹に話を聞いた。
(注)掛とはその任務・業務にかかわる組織上の名称
法令を順守しながら自ら判断して不審者に対処
「ボクシングの選手は、セコンドから無線機で指示を受けながら戦うことはできませんよね? それと同じで、われわれ対処掛有事の際、今、現場で起きている事態に対して明確な指示命令を受けている余裕はありません。刻々と変わっていく状況に自ら判断し、行動することが求められるのです」
対処掛の掛長・井㟢亮太1等海曹はそう話し始めた。しかし、陸警隊の活動には制限がある。刑事訴訟法上の司法警察権はなく、逮捕の権限はない。確保した不審者はその後、警察に引き渡さなければならない。
また、拳銃や小銃などの使用にも厳しい条件がある。与えられた任務を行う上で、関連する法令を順守しなければならない。
「われわれは、武器の使用に関する自衛隊法第95条の3や、逮捕の要件に関する刑事訴訟法を理解し、警察官の職権に関する警察官職務執行法などを参考にしながら、任務を遂行しなければなりません。そのため、これらの法令を学び、対処掛に何ができて何ができないのかを会得するための講習会などを定期的に開催し、任務への理解を深めています」
井㟢1曹は、対処訓練後に「振り返り」と呼ぶ反省会を綿密に行う。
「振り返りでは、訓練中、各隊員がどう判断し、なぜその行動をとったか、その結果どうなったかについて、いわば実況見分を実施し、掛長の私を含め、全員が意見を交換します。これを繰り返し、隊員相互の理解を深めることで、連携をよりスムーズにしていくのです」
対処要員3大素養
陸警隊の対処掛では、実戦の場でも着実に任務を遂行できるよう、隊員に対して次の3大素養を身に付けることを求めている。
所在できること
有事への対処にあたり、現場では部隊、そして各隊員が「居てほしい」適切な場所に居ること。また、その場にすぐに駆け付けられるよう努力すること。
脅威を排除できること
あらゆる戦術や技能などを確実に身に付け、実戦の場でもそれらを駆使し、有事が起こった際に冷静沈着に任務を達成できるように日ごろから訓練すること。
協調できること
「天のもたらす幸運は地の有利には及ばず、地の有利は人心の一致には及ばない」。この孟子の言葉どおり、コミュニケーションを密に取り互いを尊重すること。
これが基地を守る横須賀陸警隊の装備品だ!
陸警隊の隊員、なかでも対処掛に所属する人員は海自のほかの部隊とは異なる装備品を身に着けている。場合によっては武装した敵との戦闘になる可能性があるため、武器を携行し、装備品を着用しているのだ。
携行・装着する装備品は想定される敵の状況によって変わってくるというが、ここでは基本となる装備一式について見てみよう。
89式5.56ミリ小銃
自衛隊で1989年に制式採用された国産の自動小銃。陸上自衛隊でも空挺部隊など、1部の部隊にしかない軽量な折り曲げ銃床型が配備されている。
警棒
隊員の護身用・不審者確保のためのこん棒。伸縮式で携帯性に優れている。
9ミリ拳銃
自衛隊で1982年に制式採用された自動式拳銃。スイス製の拳銃を自衛隊の仕様に変更し、国内でライセンス生産。安全性の高さが特徴だ。
警備犬
人間より優れているといわれる嗅覚と聴覚で異変を察知する警備犬は、基地内の不審者の発見や、その威嚇などに活用。陸警隊で運用している犬種は全てジャーマンシェパードだ。
防弾衣
防弾衣(防弾ベスト)には雑納ポーチが装着できるウェービングテープが取り付けられている。89式5.56ミリ小銃や9ミリ拳銃の弾倉、監視用の単眼鏡などをポーチに収納し、ベストに装着している。警備中の万が一の負傷に備え、止血帯も携行。大量失血した場合に使用すると、死亡率が8割以上も減少するといわれている。
ニーパッド
膝立ちの姿勢での射撃など、屋内外での活動で膝を外傷から守るため、ニーパッドを装着。
防弾盾
敵からの打撃や投てき物、銃弾から隊員を守るための盾。チームでの移動では、この盾を持った隊員が先頭に立つ。
<文/魚本拓 写真/村上由美>
(MAMOR2023年6月号)
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです