自衛隊発足以来、映画やマンガなどのエンタメ作品に自衛隊は多く登場している。かつては怪獣に手も足も出なかった自衛隊は、やがて頼れる組織として実力を発揮し、自衛官が主人公となる作品も登場するようになった。
この記事では当時の作品を例にして、自衛隊史を学生に教える際の教材にしているという防衛大学校の相澤輝昭准教授に、2000年代の国民が抱いていた自衛隊のイメージを語ってもらった。
人間としての自衛官を描く作品が増えた時代
これまでは戦う集団としてエンタメ作品に登場することがほとんどだった自衛隊ですが、2000年代からはさらに違うアングルで描かれることが多くなってきます。
その背景には台風や地震などの災害における自衛官の献身的な活動が大きいでしょう。国際連合平和維持活動(PKO)をはじめとする国際貢献活動などで世界平和のために尽力する姿を目にする機会が多くなったことも、一因です。
特に2011年の東日本大震災において自衛隊は10万人態勢で被災地に向かいました。その結果、国民の自衛隊に対する好感度も向上します。自衛官はより身近な存在となり、エンタメ作品でも自衛官が悩んだり葛藤する「人間としての自衛官」の姿や、広報活動など「守る/戦う」ではない自衛隊の違う側面をテーマにする作品も発表されました。(相澤輝昭氏談)
1995年〜《ノンフィクション》「兵士シリーズ」
兵士に聞け/兵士を見よ/兵士を追え/兵士に告ぐ/兵士は起つ/兵士に聞け 最終章「女性自衛官たち」
素顔の自衛官に迫ったドキュメンタリー
兵士は起つ(ノンフィクション)
発行元:扶桑社
価格:1100円
兵士に聞け(ノンフィクション)
杉山隆男/ⓒ小学館
発行元:小学館
価格:869円
<作品解説>
厳しい訓練を繰り返すも交戦することを禁じられている巨大組織・自衛隊。そこに所属する自衛官は何を思い、日々を送っているのか。ノンフィクションライターの杉山隆男が各地の自衛隊を取材し、隊員たちの声を聞き取ったルポルタージュ。2000年代に多くの作品が発表された。
自衛官を描いたノンフィクション
著者の杉山隆男は、それまであまり知らなかった自衛隊と自衛官について知るため、実際にレンジャー訓練に同行し、戦闘機や外洋を航海する艦艇に乗り込み取材を敢行。
自分の目で見て、耳で聞いた生の声をまとめたシリーズ第1作『兵士に聞け』は、大きな衝撃をもって読者に迎えられ、新潮学芸賞を受賞。この作品で自衛隊や自衛官を知った読者が入隊をするなど、現役の自衛隊員にも影響を与えたシリーズだ。
1999年《小説》2004年《映画》 亡国のイージス
イージス艦の名を知らしめた作品
亡国のイージス(小説)
作者:福井晴敏
発行元:講談社 上下巻
価格:各765円
亡国のイージス(Blu-ray)
発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス
価格:4180円
配給:日本ヘラルド映画、松竹
監督:阪本順治
原作:福井晴敏
出演者:真田広之 寺尾聰、勝地涼ほか
<作品解説>
海上自衛隊のイージス艦『いそかぜ』が工作員と護衛艦の艦長らの反乱で乗っ取られ、東京を攻撃すると政府を脅迫。乗組員の先任伍長仙石は攻撃阻止のため、閉ざされたイージス艦の中で戦いを挑む。1999年に刊行された福井晴敏のベストセラー小説を2004年に映画化。
登場する主な装備品
護衛艦『みょうこう』
劇中のイージス艦『いそかぜ』として登場。高性能レーダーや対空ミサイルなどで弾道ミサイルの迎撃をするのが主な任務。
テロリストとの戦いを描くが過激な表現も多数見られる
この作品でイージス艦について知った人も多いのではなかろうか。
「工作員と護衛艦の艦長(映画では副長)が幹部自衛官を従えて日本政府に対し反乱を起こす」危機を描く一方で「国家としてのありようを見失った日本は、守るに値する価値があるのか?」などのテーマを問いかける。死者が出ても訓練が続行されるなど、自衛隊の行動とはかけ離れた描写も多い。
2004、5年《小説》 有川ひろ「自衛隊3部作」塩の街/海の底/空の中
自衛官×恋愛を描いた初の作品
塩の街(小説)
2004年発売
発行元:KADOKAWA/角川文庫
価格:734円
空の中(小説)
2004年発売
発行元:KADOKAWA/角川文庫
価格:776円
海の底(小説)
2005年発売
発行元:KADOKAWA/角川文庫
価格:776円
<作品解説>
自衛官がメインの登場人物となっている有川ひろ(当時、有川浩)の3部作。SF的な災害に自衛隊が派遣されるというストーリーが共通している、恋愛要素がかなり強い自衛隊小説である。スピンオフ作品に『クジラの彼』がある。
自衛官の恋バナ!? 新ジャンルを開拓
自衛官が恋愛の対象となるエンタメ作品は、有川ひろの自衛隊3部作が初めてであろう。SF小説の内容を持ちながら、物語の中では元2等空尉や女性パイロット、あるいは潜水艦搭乗員の恋バナも描かれている。
相手も女子高生や航空事故調査官などバラエティーに富み、かなり甘い男女関係が展開される。自衛隊がより身近な存在になっていったということを象徴する作品ともいえる。
2006年《アニメ》《小説》2006、7年《漫画》2008年《映画》「レスキューウイングス」シリーズ
救難隊員の等身大の姿を描く
よみがえる空-RESCUE WINGS-BD-BOX(アニメ)
発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス
価格:2万5080円
※AmazonおよびA-on STOREの専売商品です
レスキューウイングス(漫画)
作者:トミイ大塚
発行元:KADOKAWA
価格:555円〜(全4巻)
(C)「空へ︱救いの翼 RESCUE WINGS︱」製作委員会
空へ ー救いの翼RESCUE WINGSー(映画版DVD)
発売:KADOKAWA
販売元:アミューズソフトエンタテインメント
価格:4180円
配給:角川映画
監督:手塚昌明
出演者:高山侑子、渡辺大、三浦友和ほか
<作品解説>
航空自衛隊小松基地に所属する救難ヘリコプターの新人パイロットが、厳しい訓練や実際の救助活動のなかで成長していく物語。もともとはアニメで、漫画、小説、映画とメディアミックス展開された。
登場する主な装備品
UH-60J救難ヘリコプター
赤外線暗視装置、気象レーダーなどを搭載した救難ヘリ。映画主人公の川島遥風 3等空尉が女性初の救難ヘリコプターパイロットとして搭乗。
航空自衛隊が全面協力。隊員の成長を描く
航空救難団のヘリコプターパイロットが主人公の成長ストーリー。警察や消防などによる救助が困難な状況でも救難活動を行う救難隊員たちの等身大の姿を描いている。
映画主演の高山侑子は訓練中に殉職した空自の救難員の娘。真に迫る演技が話題になった。航空自衛隊と海上自衛隊が強力にサポートし、UH−60Jが護衛艦『はるさめ』に着艦する場面など、自衛隊ヘリコプターの活躍が全面的にフィーチャーされている。
2012年《小説》2013年《テレビドラマ》 空飛ぶ広報室
自衛官がゴールデン枠ドラマの主役に
空飛ぶ広報室(小説)
2012年発売
発行元:幻冬舎
価格:847円
空飛ぶ広報室(DVD)
発売元:TBS
販売元:TCエンタテインメント
価格:3万1680円(Blu-ray)、2万5080円(DVD)
出演:綾野剛、新垣結衣、柴田恭兵ほか
<作品解説>
有川ひろが2012年に発表した小説。事故で飛べなくなり航空幕僚監部広報室に異動になった元戦闘機パイロット・空井が、あくの強い同僚やテレビ局の女性ディレクター・リカと出会い、広報官として成長していく。13年に綾野剛主演でテレビドラマ化された。
登場する主な装備品
T-4 ブルーインパルス
T-4は空自のパイロット養成などに使われる練習機でブルーインパルスも使用。テレビ番組の体験登場など、随所に登場。
U-125A
捜索レーダーや赤外線暗視装置などを搭載した救難機。隊員のプロモーションビデオ作成の場面で登場した。
航空自衛隊全面協力で撮影。広報の視点で自衛隊を紹介
この小説が誕生するきっかけは、有川ひろが空幕広報室長から空自を舞台にした小説を書いてほしいと言われてのことで、日曜9時のゴールデンタイムに、豪華俳優陣が演じる自衛官が主人公のテレビドラマが放送されるという、エポックメイキングなエンタメ作品となった。
防衛省の空幕広報室だけでなく、毎回各地の空自基地や装備品が登場。航空機や隊員はもちろん、松島基地のブルーインパルスと本物のパイロットも出演しており、貴重な映像だ。
2013年《映画》 名探偵コナン 絶海の探偵
海上自衛隊がバックアップした映画
名探偵コナン 絶海の探偵(DVD)
発売元:小学館
販売元:ビーイング
価格:5720円
配給:東宝 脚本:櫻井武晴
原作:青山剛昌
出演:高山みなみ、小山力也、柴咲コウほか
<作品解説>
青山剛昌作。犯罪組織に少年化させられた高校生探偵・工藤新一が江戸川コナンと名乗り、事件を解決する推理漫画の劇場版アニメ第17作。コナン一行が体験航海で乗艦していたイージス艦に不審船が近付く。艦内で身元不明の人間の腕が発見され、事件は大きな陰謀へと発展する。
海上自衛隊の全面協力で作成。護衛艦の細部描写が話題になった
制作には防衛省と海上自衛隊が企画から協力。制作スタッフは実際に護衛艦『あたご』や『きりしま』に乗り込み、戦闘指揮所などを取材。アニメとはいえ細部まで忠実に再現されている。
また海上の爆発物などの処理を任務とする水中処分隊など、あまりエンタメ作品では取り上げられなかった部隊もエンディングに登場。映画の最後に本作はフィクションだというテロップが流れたほどリアルだった。
2014〜19年《漫画》2019年《映画》 空母いぶき
Ifの世界で自衛隊が出動
空母いぶき(漫画)
かわぐちかいじ/ⓒ 小学館
発行元:小学館 全13巻
価格:607円〜
空母いぶき(DVD)
発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス
価格:4180円
配給:キノフィルムズ
監督:若松節朗
原作:かわぐちかいじ
出演:西島秀俊、佐々木蔵之介、本田翼ほか
<作品解説>
かわぐちかいじ作。自衛隊初の空母『いぶき』を旗艦とする海上自衛隊の部隊の演習中、中国軍(映画版は東亜連邦)が日本へ侵攻を始める。日本政府は防衛出動を下令し『いぶき』は現場へと急行、領土奪回作戦が始まった。
登場する主な装備品
護衛艦『あたご』
ステルス性能や防空の管制能力を高めたイージス艦。劇中で相手国と対峙する護衛艦として戦闘場面が描かれている。
C-2
100人以上の人員を乗せることができる国産の輸送機。劇中でも自衛隊員や物資を輸送する任務などで登場した。
架空シミュレーション戦記だが、実在の自衛隊装備が多数登場している
『沈黙の艦隊』、『ジパング』に続くかわぐちかいじの軍事・ポリティカルコミック。メインとなる装備品などは架空のものだが、それを取り巻く状況は非常にリアル。
護衛艦『いずも』、『あたご』、『こんごう』、潜水艦『けんりゅう』、『せとしお』などの艦船、水陸両用車AAV7、82式指揮通信車、C−2など、自衛隊が運用している装備品が多数登場する。
【相澤輝昭】
海上自衛官として掃海艦 『はちじょう』の艦長などを務めた。退官後は、外務省アジア大洋州局地域政策課専門員、笹川平和財団海洋政策研究所特任研究員を歴任。2020年より防衛大学校准教授
(MAMOR2022年7月号)
<文/古里学>