自衛隊発足以来、映画やマンガなどのエンタメ作品に自衛隊は多く登場している。かつては怪獣に手も足も出なかった自衛隊は、やがて頼れる組織として実力を発揮し、自衛官が主人公となる作品も登場するようになった。
この記事では当時の作品を例にして、自衛隊史を学生に教える際の教材にしているという防衛大学校の相澤輝昭准教授に、1980〜90年代の国民が抱いていた自衛隊のイメージを語ってもらった。
自衛隊へのイメージがプラスに変化する時代
国民の自衛隊に対する見方も変わってきた時代です。1989年の冷戦終結、ベルリンの壁の崩壊、それに続く旧ソ連の解体、湾岸戦争など、世界の紛争などを見聞きする機会が増えてきました。すると、国防を任務とするプロフェッショナル集団として自衛隊に対する関心が相対的に上がります。
さらに95年の阪神・淡路大震災以降、立て続けに発生した大規模自然災害での自衛隊の献身的な活動が、国民の自衛隊への印象をアップさせることになりました。
この時代のエンタメ作品では戦いをリアルに描くにしても、それまでの荒唐無稽な姿ではなく、自衛隊の活動を正しく紹介しようとする傾向が見られます。また、自衛隊を題材にしても装備品だけでなく自衛官自身の姿を描く作品が目立つようになってきたともいえるでしょう。(相澤輝昭氏談)
1978〜84年《漫画》 ファントム無頼
自衛官と空自の実情を描いた娯楽作
ファントム無頼〔漫画〕
史村翔/新谷かおる
発行元:小学館
発売元:グループ・ゼロ 全12巻
価格:各396円(Kindle版)
<作品解説>
史村翔(原作)、新谷かおる(作画)が1978年から84年まで『週刊少年サンデー増刊号』(小学館)で連載。開始は1978年だが80年代に大ヒットした作品。航空自衛隊百里基地第7航空団305飛行隊のF-4EJファントムⅡと、そのパイロット神田鉄雄2等空尉とナビゲーターの栗原宏美2等空尉の活躍を描く。国籍不明機に対する緊急発進など、任務や隊員の日常などが描かれた。
登場する主な装備品
F-4EJ
アメリカ軍のF-4Eを日本での運用に適するように改造した航空自衛隊の戦闘機。飛行訓練や整備など、作品を通してさまざまな場面が描かれた。
自衛官同士の人間模様も描くリアル系自衛隊漫画
原作者の史村翔は元航空自衛官で、その経験を生かして描かれたのが本作。少年漫画によくある世間の空気を無視するやんちゃなキャラクターが活躍する物語だが、旧ソ連の航空機への対処といった当時の情勢、飛行中に鳥を吸い込み、エンジンが損傷するバードストライク、旧式であるがゆえの機体のもたついた動きなど、随所に元自衛官ならではの視点が光っている。
1986〜2001年《小説》 荒巻義雄「要塞」シリーズ
仮想世界での自衛隊を描く
荒巻義雄「要塞」シリーズ〔小説〕
発行元:中央公論新社 全20巻
価格:780円〜
<作品解説>
荒巻義雄作。共産主義国家のスミノフ帝国と資本主義国家のIBM帝国、その傘下にある日本が、列島各地で激戦を繰り広げる。1990年代の架空戦記ブームをけん引し、20タイトルほど刊行されたシリーズ。
冷戦末期の情勢を反映したSF小説
地球に似た人工天体「グロブロー」で起こる戦いを描いた軍事SF小説。自衛隊(作中では日本軍として登場)は、士気は高いが物量で負ける組織として描かれている。20世紀後半の米ソの対立を背景にした設定がリアルだが、終盤では全世界で戦いが勃発し超兵器も登場している。
1988年〜《小説》 大石英司「サイレント・コア」シリーズ
自衛隊の活動の広がりが内容に影響
大石英司「サイレント・コア」シリーズ〔小説〕
発行元:中央公論新社 124巻〜
価格:779円〜
<作品解説>
大石英司作。原発警備のために電力会社の出資で陸上自衛隊内に設立された特殊部隊の活躍を描く。特殊部隊は、初代隊長・音無誠次3等陸佐の名前から「サイレント」のコードネームで呼ばれている。
登場する主な装備品
H&K MP5
命中率が高い、ドイツのヘッケラー&コッホ社が設計した短機関銃。後に陸上自衛隊などで採用されている。
自衛隊の海外派遣で作品の舞台が広がる
フィクションといいながらも、冷戦終結で地域紛争が多発するようになったことや自衛隊が実際に海外に派遣される機会が多くなったことが作品内でも反映されている。物語の展開と現実世界の動きがシンクロした、架空の枠を超えたリアリティーが生まれているシリーズだ。
1989年《映画》 ゴジラVSビオランテ
自衛官が作品の中心人物で登場
ゴジラVSビオランテ〔DVD〕
発売・販売元:東宝 2750円
配給:東宝
監督:大森一樹
特技監督:川北紘一
出演:三田村邦彦、田中好子、高嶋政伸ほか
<作品解説>
平成になって初めて公開されたゴジラシリーズ。ゴジラの細胞を組み込んだ巨大植物怪獣・ビオランテとゴジラ、人類が若狭湾で三つどもえの戦いを繰り広げる。テーマに遺伝子操作や原発問題も加わった大人テイストの怪獣映画。
登場する主な装備品
61式戦車
戦後初の国産戦車。主力火器は52口径90ミリライフル砲。劇中ではさまざまな場所でゴジラに砲撃を行った。
74式戦車
61式の後継となる第2世代戦車。ゴジラとビオランテが最初に対決する芦ノ湖周辺に部隊を展開する場面などで登場。
AH-1S
「コブラ」の愛称で呼ばれる、対戦車攻撃ヘリコプター。若狭湾を目指し進むゴジラに対し、攻撃を行なっている。
護衛艦『ひえい』
海上自衛隊初となるヘリコプター搭載型護衛艦として1974年に就役。東京湾に現れたゴジラを浦賀水道で攻撃した。
自衛官が主役級として初登場しゴジラと対峙する画期的な作品
本作はこれまで脇役であった自衛官が主役級として描かれた作品で、防衛庁(当時)が初めて全面協力した特撮映画。作品の世界観に合わせ「防衛庁特殊戦略作戦室長特佐」という架空の部署や階級が設定され、ゴジラと自衛隊が互角に戦う様子が描かれた。
自衛隊の出動も閣議が開かれ命令が下される場面を採用するなど、以後のリアリティー路線の礎となった作品ともいえる。市街地での避難誘導など自衛官の活動も随所に描かれている。
1989〜91年《漫画》1995年《映画》 右むけ左!
ヤンキー漫画として自衛隊を描く
右向け左!〔漫画〕
史村翔/すぎむらしんいち
発行元:講談社 全6巻
価格:各922円
右向け左!〔DVD〕
発売・販売元:ジーダス
価格:4180円
配給:ケイエスエス
監督:冨永憲治
出演:村上淳、今井雅之ほか
<作品解説>
史村翔(原作)、すぎむらしんいち(作画)が『週刊ヤングマガジン』(講談社)で連載。先輩の恋人に手を出して大金が必要になった主人公が、自衛隊に入って繰り広げる騒動を描く。映画化もされた作品。
明るい組織として自衛隊が登場
自衛官が主人公というと、真面目で正義感が強い人物がイメージされがちだが、本作の主人公は正反対でいい加減な人物。当時人気のヤンキー漫画を自衛隊を舞台に描いたともいえる。厳しい訓練に耐える成長なども描かれ、仲間とともに頑張る楽しさなど自衛隊の印象を変えた作品。
1994、95年《漫画》2000年《映画》 守ってあげたい!
女性自衛官が主人公で登場
守ってあげたい!〔漫画〕
くじらいいく子
発行元:小学館 全4巻
価格:693円
守ってあげたい!〔DVD〕
発売・販売元:アクセスエー
価格:6380円
配給:ゼアリズエンタープライズ
監督:錦織良成
出演:菅野美穂、宮村優子ほか
<作品解説>
くじらいいく子が1994~95年に『週刊ヤングサンデー』(小学館)で連載。彼氏に浮気をされた女子高生の主人公が腹いせに自衛隊に入隊。個性的な仲間と厳しい訓練に耐えながら、成長していく青春コメディー作。
職業選択の1つで自衛隊入隊を描く
国防に全く関心のない一般女子が自衛隊に入り成長する作品。給与が悪くないことや任期制で退職金が出ることなど自衛官の待遇面にも触れられている。青春コメディー作品であるが、命を預け合う仲間同士の連帯責任など、友情や団結などの場面も描かれている。
1995〜99年《映画》 平成ガメラシリーズ 大怪獣空中決戦/レギオン襲来/邪神(イリス)覚醒
リアルな自衛隊像を描いた特撮シリーズ
ガメラ 大怪獣空中決戦〔Blu-ray〕
発売・販売元:KADOAKWA
価格:5280円
配給:東宝
監督:金子修介
特技監督:樋口真嗣
出演:伊原剛志、中山忍、永島敏行ほか
ガメラ2 レギオン襲来〔Blu-ray〕
発売・販売元:KADOAKWA
価格:5280円
配給:東宝
監督:金子修介
特技監督:樋口真嗣
出演:永島敏行、水野美紀、吹越満ほか
ガメラ3 邪神(イリス)覚醒〔Blu-ray〕
発売・販売元:KADOAKWA
価格:5280円
配給:東宝
監督:金子修介
特技監督:樋口真嗣
出演:中山忍、前田愛、藤谷文子ほか
<作品解説>
怪獣によって子どもが危機に陥ると、巨大な亀の姿をしたガメラがどこからともなく現れ、怪獣と対峙する特撮シリーズ。1995年から99年に作られた「平成ガメラシリーズ」は環境破壊などの問題も取り上げている。
登場する主な装備品
OH-6D
「空飛ぶ卵」と呼ばれた陸自の観測ヘリコプター。2020年退役。怪獣レギオンを偵察する場面などに登場。
F-15J
約40年稼働している、航空自衛隊の主力戦闘機。シリーズを通し、怪獣への攻撃場面で多数登場した。
護衛艦『うみぎり』
呉基地に所属する1991年に就役した『あさぎり』型護衛艦の8番艦。三陸沖でガメラと遭遇する場面に登場。
F-1
1977年より運用が開始された初の国産戦闘機。2006年に運用終了。怪獣レギオンを攻撃する戦闘機として登場。
RF-4E
F-4戦闘機にさまざまなカメラを取り付けた偵察機。紀伊半島沖から飛翔したガメラを追跡する場面で登場。
87式自走高射機関砲
飛行中の目標を破壊するための自走式対空砲。飛来するレギオンを迎撃するため防衛線に配備され、砲撃を行った。
自衛隊のかつてない活躍や展開が話題
「平成ガメラ3部作」と呼ばれるシリーズでは、ミニチュアではない本物のF−15J戦闘機や護衛艦、戦車などの射撃映像が多数使用されている。自衛隊出動までのプロセスや法的根拠も丁寧に描かれる。
1作目『大怪獣空中決戦』でも活躍した自衛隊だが、2作目の『ガメラ2 レギオン襲来』では陸上自衛隊化学学校の渡良瀬2等陸佐が主人公となり、3作目『ガメラ3 邪神(イリス)覚醒』では陸・海・空の各部隊が総力戦で怪獣に対処するなど、かつてない規模でリアルな戦いが描かれた。
1988〜96年《漫画》 沈黙の艦隊
リアルな安全保障問題が国会で話題に
沈黙の艦隊〔漫画〕
かわぐちかいじ
発行元:講談社 全32巻
価格:各660円
<作品解説>
日米が極秘に開発した原子力潜水艦『シーバット』の艦長・海江田四郎が、独立国「やまと」を名乗り、日本と同盟を締結してアメリカ、ロシア、国連と対峙するかわぐちかいじのポリティカル・ミリタリー・コミック。
登場する主な装備品
P-3C
日本周辺海域における警戒監視を行う飛行機。原子力潜水艦『やまと』を捜索する場面に登場。
緊迫する情勢を作品に反映
日本の原子力潜水艦が独立国家として、アメリカと一戦交えるというあらすじは荒唐無稽な架空戦記だが、安全保障問題や国際状況などが真に迫っており、雑誌連載時に防衛庁(当時)があった六本木周辺では掲載誌の『週刊モーニング』が売り切れるという都市伝説も生まれ、国会でも作品が話題になるなど、社会現象となった。
1999年《映画》 映画クレヨンしんちゃん爆発! 温泉わくわく大決戦
かつての自衛隊像がオマージュされ登場
映画クレヨンしんちゃん爆発! 温泉わくわく大決戦〔DVD〕
発売元:シンエイ動画
販売元:バンダイナムコフィルムワークス
価格:1980円
配給:東宝 監督:原恵一
原作:臼井儀人
出演:矢島晶子、ならはしみきほか
<作品解説>
臼井義人作。主人公野原しんのすけとその家族を中心に巻き起こるコメディー漫画の劇場版アニメ第7作。温泉撲滅を目指すテロ組織YUZAMEの巨大ロボットに、自衛隊や政府の秘密組織・温泉Gメンとともに野原家が立ち向かう。
登場する主な装備品
90式戦車
1990年就役の戦車で、巨大ロボットと戦った。
自衛隊の活動をコミカルに描く
ロボットがゴルフ場に出現する物語中盤に自衛隊が登場。勇壮な「怪獣大戦争マーチ」とともに90式戦車や74式戦車などが攻撃するが、ロボットは『ゴジラ』のテーマ曲を流しこれを蹴散らす。ここで描かれたのは、かつてのやられ役・自衛隊のパロディー。だが自衛隊の出動が閣議決定されるなどリアルな一面も描かれている。
【相澤輝昭】
海上自衛官として掃海艦 『はちじょう』の艦長などを務めた。退官後は、外務省アジア大洋州局地域政策課専門員、笹川平和財団海洋政策研究所特任研究員を歴任。2020年より防衛大学校准教授
(MAMOR2022年7月号)
<文/古里学>