心のケアを行う施策の重要性を鑑み、自衛隊では、メンタルヘルスに関する専門的な知識・技術を備えた隊員の育成を自ら広く行っている。その教育内容を、陸上自衛隊の心理担当者養成を例に紹介すべく、東京都世田谷区にある陸上自衛隊衛生学校で行われる、心理課程教育の現場を取材した。
状況を熟知し、対応可能な心理担当者を育てる
心理担当者を養成するシステムは、陸・海・空各自衛隊で異なる。臨床心理士もしくは公認心理師の有資格者を幹部自衛官として公募採用する傍ら、自衛隊中央病院での研修により心理担当者を育てているのが、海上自衛隊。対して航空自衛隊は、幹部自衛官が職種変更をし、一般の大学院で研修を受けることにより資格を取得し、心理担当者となる。同時に有資格者の公募も若干名行っている。海・空いずれも、有資格者の技官採用も進めている。
一方、陸上自衛隊においても臨床心理士の技官採用はあるものの、心理職の幹部自衛官の公募は行っていない。メンタルヘルスの課題に本格的に着手した2000年当初は、「惨事ストレス対処集合訓練」を行って心理担当者の養成を実施していたが、震災などの経験からその重要性が認知されて以降は、数年の試行を経て「心理」が正式な教育課程に採用された。
「さらに21年度からは『心理』が付加特技(MOS)として認められ、実務に対応した心理担当者養成の体制が整いつつあります。具体的な教育内容としては、メンタルヘルス施策の計画および実行のために必要な心理学、精神医学などの基礎知識と、臨床的な手法の修得を目的に、年に1回、幹部自衛官を対象に約12週間の心理課程教育を実施しています」。こう話すのは、課程教育の教官を務める陸上自衛隊衛生学校教育部運用教官室心理教官の千葉奈央2等陸佐だ。陸自が、有資格者の心理担当者を公募せず、あくまでゼロから養成する、その理由とメリットについて、聞いてみた。
「自衛官としての経験を持ち、心理課程で学んだ心理担当者は部隊の運用や置かれた環境、組織風土などに精通しているのが強みです。あくまで隊員に寄り添った視点で、施策の実行や隊員の育成・指導に関わることができる点に、その大きな役割と意義があると思います。隊員にストレスのかかる現場で、柔軟に、しかも即応できる、精神的な支援体制の確立を目指しています」
幅広い職種・年齢層の隊員が心理担当者を目指す
心理課程教育が行われている教室を訪れると、カウンセリングについての座学が行われていた。グループミーティングや実際のカウンセリングを模したグループワークなどを通じ、隊員たちが和気あいあいと、非常に前向きに課題に取り組んでいるのが見て取れた。
今期の心理課程への参加者は19人。北海道から九州まで、所属も職域もバラバラで年齢も幅広い。これほどバラエティーに富んだ隊員が集まる課程教育は、ほかにないという。これも、あらゆる職域、あらゆる年齢層で、いつ何時起こるのか分からない、メンタルヘルスの不調に対応する心理担当者を育成する現場ならではの特性だろう。
水陸機動団に所属し、心理課程の教育を受けている大森健太3等陸尉は、自衛隊仙台病院において准看護学生として医学を学び、普通科連隊などで衛生救護や救急救命に従事してきた。
「肉体的・精神的に厳しい訓練を経た隊員たちは、同時に大きなストレスを受けやすい環境下にあります。屈強な彼らだからこそ、その自信とプライドが傷ついたとき、対応が難しいという側面もあります。適切なストレス処理を行い、彼らが鍛えてきた能力を充分に発揮するための手助けができるよう、心理担当者として必要な知識や技術を身に付けたいです」と話す。
同じく心理課程の学生で、北部方面航空野整備隊に所属する井村正也2等陸尉は、元々、同僚や後輩から相談を受けることが多く、メンタル不調を引き起こしている隊員に対し、「もっと自分にできることがあったのでは」との思いから心理課程の受講を希望したという。
「隊員一人ひとりのメンタルヘルスの維持は、陸上自衛隊全体の強靱さに大きな影響を与えます。私自身、隊員から気軽に相談してもらえるような人材となり、微力ながら組織に貢献できる心理担当者になりたいと思っています」
心理課程を受講するのは医学的な素養を身に付けた隊員ばかりではないため、限られた時間で基本的な実践スキルを習得させるところに、その難しさがあると、千葉2佐は話す。
「目の前の1人の隊員のことから組織全体を見渡せる広い視野を持ち、自分を取り巻く人たちと協調して行動できる、バランス感覚をもった心理担当者を育てていきたいと考えています」
<文/真嶋夏歩 撮影/増元幸司 写真提供/防衛省>
(MAMOR2022年2月号)