陸上自衛隊で第一線部隊の一員として任務に就く「即応予備自衛官」。以前は自衛隊を退職した“元自衛官”しか志願できなかったが、2019年に制度が改正され、自衛隊での勤務経験がない「一般公募予備自衛官」にも、「即応予備自衛官」への門戸が開かれた。仕事や学業を続けながら、常備自衛官と一緒に第一線で国防に携わろうと志すのは、どのような人たちなのだろうか。
そこでマモルでは、制度改正後の早い時期に応募された方々の中で、取材協力を承諾していただいた田中貴章さんに密着取材し、サラリーマンが仕事を続けながら、自衛官として国を守ろうとする、その強い意志、その仕事、その人生、それを支える家族、職場の人々を描いて、令和に生まれた、この新しいタイプの“防人”の姿に迫りたいと思う。
※予備自衛官について詳しくない方はこちらからお読みください
基本特技教育訓練中の田中予備陸士長に密着!
「即応予備自衛官」は最前線部隊の一員として自衛官と同じ任務を行うため、「一般公募予備自衛官」は「基本特技教育訓練」を受けなければ「即応予備自衛官」になれない。田中さんが参加した基本特技教育訓練は、「常備自衛官」、「即応予備自衛官」、「一般公募予備自衛官」が参加して行われた。その訓練の様子を報告しよう。
2020年9月。第31普通科連隊の出頭先である東京都、埼玉県にまたがる陸上自衛隊朝霞駐屯地に、18人の一般公募予備自衛官が集結した。
普段は社会人として企業などで勤務している彼らは、これまでに「予備自衛官補」として50日間の訓練を終え、その後は毎年5日間の「予備自衛官」訓練を続けてきた。そして19年、即応予備自衛官に志願し、現在は即応予備自衛官となるための基本特技教育訓練を行っている。約40日間の基本特技教育訓練は日程の半分を消化し、いよいよ後半戦へ。これから彼らは、東富士演習場での防御訓練に挑む。
一般公募予備自衛官が即応予備自衛官になるために必須となる、基本特技教育訓練。この訓練の必要性は、予備自衛官と即応予備自衛官との違いにあるといえる。
その根本は「任務」の違いだ。災害や有事の際、予備自衛官の任務は主に後方支援。一方、即応予備自衛官は第一線部隊の一員として、常備自衛官と同じ任務を行う。そのため、予備自衛官は災害や有事で招集されると、状況に応じて必要とされる部隊の補充要員として配置されるが、即応予備自衛官には所属する指定部隊があり、訓練も災害・有事での活動も、所属するコア部隊の一員として行う。
コア部隊とは、平常時はコア(中核)となる隊員のみで構成されている部隊のこと。常備自衛官のみで編成されているほかの部隊とは違い、コア部隊には、常備自衛官+即応予備自衛官が配置されており、即応予備自衛官が招集されていない平常時は、部隊にコアとなる常備自衛官しかいないため、コア部隊と呼ばれている。
即応予備自衛官になるための必須課程、基本特技教育訓練
今回、取材した第31普通科連隊もコア部隊の1つで、即応予備自衛官の招集訓練を行うと同時に、即応予備自衛官を目指す一般公募予備自衛官の基本特技教育訓練も実施している。
基本特技教育訓練の訓練日数は約40日間を基準としており、第31普通科連隊では第1期生に対し、2年間にわたって4〜5日間の訓練を8回行う、計36日間の計画で訓練を進めている。この期間内に、一般公募予備自衛官は「特技」と呼ばれる部隊での活動に必要な専門資格のうち、「基本軽火器」、「基本迫撃砲」(注)のどちらかの特技を取得する。そして即応予備自衛官に任用後は、第31普通科連隊に正式に配置される。
(注)基本軽火器、基本迫撃砲:特技の「基本軽火器」とは、小銃や軽機関銃など比較的重量の軽い火器の、また「基本迫撃砲」とは、普通科部隊が装備する81ミリ迫撃砲L16などの基本的な取り扱い技能のこと
2夜3日かけて、部隊行動の経験を養う
基本特技教育訓練の主目的は、特技の取得。加えて、当訓練を担当する第31普通科連隊第2中隊長の桐木平隆1等陸尉は、「部隊行動」を挙げる。
「一般公募予備自衛官は、予備自衛官補で自衛官としての基礎的な教育訓練を受けています。また予備自衛官に任官後も毎年訓練を続けてきており、自衛隊での勤務経験がないとはいえ“ど素人”ではありません。
しかし、自衛隊での勤務経験がないゆえの弱点は『分隊、小隊、中隊といった単位での部隊行動』の経験がないことです。即応予備自衛官は部隊単位で任務を行うので、任官するまでの基本特技教育訓練で、部隊としての行動ができるようにならなければなりません。
これまでの訓練では、小銃、機関銃、対戦車火器の取り扱い、空包を使用した射撃訓練を行ってきました。今回の訓練では、部隊行動に慣れさせるため、2夜3日にわたる防御戦闘訓練を実施します」
多様な背景を持つ隊員が一体となって訓練に挑む
今回、一般公募予備自衛官の基本特技教育訓練は、部隊に所属する常備自衛官、即応予備自衛官の訓練と合同で行われる。
参加する即応予備自衛官も、数カ月前に常備自衛官を退職したばかりの人、退職後に予備自衛官を数年続け、今年度から即応予備自衛官になった人、即応予備自衛官歴10年以上のベテランとさまざまだ。職種も、常備自衛官時代から普通科だった人もいれば、常備自衛官では他職種で勤務し、即応予備自衛官になってから普通科連隊に配属された人もいる。
さらには、常備自衛官時代は航空自衛官として勤務し、退職後に陸上自衛隊の予備自衛官となり、即応予備自衛官として第31普通科連隊に配属された経歴を持つ人も。今回は、そこへ新たに自衛隊勤務未経験の一般公募予備自衛官が加わる。
参加する一般公募予備自衛官にとっては初の演習。一方で、年に30日間という限られた訓練日数しかない即応予備自衛官にとっても重要な演習だ。一般公募予備自衛官への基本特技教育訓練を行いつつも、即応予備自衛官に対する訓練の質を落とすわけにはいかない。
そこで今回の演習は、第2小隊、迫撃砲小隊、対戦車小隊、狙撃班はこれまで通り常備自衛官、即応予備自衛官で部隊を編成し、第1小隊は一般公募予備自衛官全員に数人の常備自衛官、即応予備自衛官を加えるという形で部隊編成し、第2小隊が攻撃、ほかの小隊は防御を行う対抗戦が組まれた。
2020年9月24日21時20分、、急激に気温が下がった東富士演習場。さまざまなバックボーンを持つ隊員が一体となり、状況開始が告げられた。
過酷な突撃訓練に挑むサラリーマン
暗闇には冷たい雨が降ったりやんだりしていた。頬を伝う雨水は体温を奪い、あごから滴り落ち続ける。常備自衛官、即応予備自衛官、一般公募予備自衛官で編成された第1小隊の隊員たちは、ぬかるみに足を取られながら1歩ずつ山道を分け入っていく。
夜遅くに行進を開始した第1小隊は20キログラム以上ある装備品を携行したまま約17キロメートルを歩き、まだ漆黒の闇に包まれた午前3時30分ごろ、防御地域に到着した。最後の上り坂で後れを取った1人の一般公募予備自衛官が、体調を気遣う常備自衛官から「車両に乗りますか?」と声を掛けられたが、「いえ、歩きます」と歯を食いしばり、全員で最後まで歩ききった。
防御地域に到着すると、小隊員はそれぞれにえんぴ(シャベル)を手に持ち、小銃用のえん体やえん壕を掘り始める。攻撃部隊が現れると予測された時間は迫っている。普段は旅行会社に勤務し、ここに来なければ今ごろは妻と幼い息子と3人で寝息を立てていたはずの田中さんも、迷彩服に身を包んだ「田中士長」となり、薄暗い土にえんぴを突き立てた。雨水をたっぷりと含んだ土は、重く腕に、腰にのしかかる。
「田中士長、一定のリズムで掘り進めると疲れにくいですよ」
一緒に対戦車火器のえん体を掘っていた塩沢雅之2等陸士が「こんな感じで」と手本を見せる。塩沢2士は、この春に入隊したての常備自衛官。新隊員教育を終え、第31普通科連隊に配属されたばかりだが、陣地構築は後期教育で修得済み。23歳の塩沢2士は人懐っこい笑顔で、しかし礼節を持って、40歳の田中士長に穴掘りの技を伝授する。そして田中士長も敬意を払い、教えを乞う。
コア部隊の隊員の胸にある合言葉は「常・即・公、一丸」
コア部隊には、常備自衛官、即応予備自衛官、一般公募予備自衛官という立場も、年齢の垣根もない。知っている者が知識を伝え、知らない者は素直に聞く。「敵の攻撃を阻止する」という任務を前に、彼らはただ「仲間」だからだ。
夜を徹して防御地域まで歩き、明け方前に陣地を造り始め、昼すぎには対戦車火器のえん体を完成させた田中士長。仮眠を取りながら機関銃、小銃のえん体も掘り続ける。2日目の日も暮れ、歩哨(武装してパトロールし、敵の襲来などを見張ること)と仮眠を交代で繰り返していると、3日目の明け方に茂みの向こうから攻撃部隊が現れた。
分隊員はそれぞれ持ち場のえん体に入り、小銃や機関銃など担当する武器を構え、敵を警戒する。田中士長もえん体から頭を出して小銃を構えていたが、敵の様子を分隊長に伝えたり指示を受けるための通信機と銃を同時に扱うのに手間取ってしまう。すると、背後から分隊長の佐々木勝己即応予備2等陸曹が近づき、通信機の位置を助言する。分隊長に従った田中士長は、銃から右手を離すことなくスムーズに通信機に左手を伸ばした。
「状況終了」
遠くから声が響き、一般公募予備自衛官にとって初めての演習が終わった。次回以降の基本特技教育訓練、そして即応予備自衛官に任官してからの訓練では、攻撃訓練や状況や地形に応じた防御訓練など、より実践に即した演習が始まる。中隊長の桐木平1尉は「今回は、部隊訓練の序の口。今後の即応予備自衛官の訓練に向けての1歩目です。天候には恵まれませんでしたが、雨、寒さ、それによる防寒・防水処置など、いろいろな経験ができました。ある意味“恵まれた”演習だったかもしれません」と、目尻を下げた。
一般公募予備自衛官が訓練に参加するようになり、第31普通科連隊には「常・即・公、一丸」という言葉が生まれた。常備自衛官、即応予備自衛官、そして一般公募予備自衛官。経験も立場も違う隊員たちが一丸となり、部隊をつくり上げ、万が一に備えている。
一般公募予備自衛官を受け入れるコア部隊の思い
コア部隊が一般公募予備自の原隊に
【第31普通科連隊 第2中隊長 桐木平隆1等陸尉】
初めて部隊に来た一般公募予備自衛官たちと会ったとき、大きな熱意を持っていることが印象的でした。自衛官にはそれぞれ、初めて所属し自分の故郷とも呼べる「原隊」がありますが、自衛隊経験がない一般公募予備自衛官にとってはこのコア部隊が原隊になります。
彼らから「原隊を持ててうれしい」という言葉を聞いたときに、がんばって育てよう、できる限りのことをしようとこちらも熱い気持ちを持ちました。
招集時以外の意思疎通はEメールで
【第31普通科連隊 第2中隊小隊長 青木広幸2等陸尉】
未経験の訓練を行う前は誰でも不安があります。常備自衛官の場合は勤務中にすぐ先輩に聞けるのですが、一般公募予備自衛官はそれができません。そこで、中隊では常時Eメールでの質問を受け付けています。
必要な装備や準備など不安なことをメールしてもらい、またその質問・回答を全員で共有できるようにしました。一般公募予備自衛官たちはみんな貪欲で、経験はない分、知識を得ようと高い意識を持っています。
(注)フル連隊:常備自衛官と即応予備自衛官で編成されるコア部隊に対し、常備自衛官のみで編成される部隊を、フル部隊、フル連隊などと呼ぶ
2夜3日の基本特技教育訓練を終えた各立場からコメント
「熱意ある、頼もしい仲間ができました」
【第31普通科連隊 第2中隊 佐々木勝己 即応予備2等陸曹】
一般公募の方が即応予備自衛官になるという新制度を知ったときは驚きましたが、「どんな人が来るんだろう?」と仲間と楽しみに話していました。自衛隊勤務経験がないことに不安もありましたが、初対面で彼らの熱意を知り、不安は払拭されました。
安全管理には気を使いましたが、やる気に満ちた彼らは常に真剣で教えたことは1回で理解してくれます。彼らのような仲間ができ、とても頼もしく思っています。
「積極的で部隊行動がしやすかった」
【第31普通科連隊 第2中隊 小銃手 渡邊将斗3等陸曹】
フル連隊からコア部隊に配属されて、一般公募予備自衛官の方と訓練することになり、最初は不安がありましたが、皆さん自衛官としての基本・基礎がしっかりできていて、さらに分からないことは積極的に聞いてきてくれて熱意を感じました。
また指示したことは必ず行い、報告・連絡・相談を欠かさず、部隊行動がしやすかったです。まだ即応予備自衛官に志願していない予備自衛官の方も、ぜひ志願してほしいです。
「仲間と、より貢献できるように」
【濵田実予備3等陸曹】
10年間予備自衛官を続けてきましたが、過去の災害派遣では招集されずボランティアとして被災地で活動しました。そこで、即応予備自衛官になればより貢献できると思い志願しました。
即応予備自衛官は第一線で自衛官と同じような能力が求められるため、予備自衛官とは立場が変わってきます。一般公募予備自衛官の仲間はみんな意識が高くて真面目です。フォローし合いながら、みんなで訓練をやり遂げたいです。
「教えを受け、新鮮な学びが面白かった」
【田中貴章予備陸士長】
寒さがひどく、もっとしっかり防寒対策をすればよかったと痛感しました。しかし、これも経験を積み重ねて少しずつできるようになるのかな、と思います。常・即・公が一丸となった分隊で、常備自衛官や即応予備自衛官の方がアドバイスしてくれたりと、とても勉強になりました。そして同時に、新しいことを学ぶことがとても面白かったです。残りの訓練で、即応予備自衛官にふさわしい人になりたいです。
(MAMOR2021年1月号)
<文/岡田真理 撮影/江西伸之>