本誌MAMORにて、連載『女性自衛官たち』を執筆する作家・杉山隆男氏が、これまでに行ってきた女性自衛官インタビューを通じ、感じ取った率直な思いを寄せてくれた。
防衛省へ子連れ出勤。自衛隊の思いがけない寛容さ
自衛隊取材が病みつきになるのは、毎回、驚きの不意打ちを食らうからだ。
『女性自衛官たち』でも、初っぱなからやられた。子供を預かってくれる先が見つからないときはどうしてたんですか。そう聞くと、あっさりこんな答えが返ってきた。「子連れ出勤してました」。ものものしい警備で固められた市ケ谷防衛省のゲートを、幼子の手を引いて母親自衛官が入っていく。それは最も想像しがたい光景だった。だが、母親自衛官が仕事をしている間、「お子さんは?」と聞くと、これまた実にあっけらかんとした答えが返ってきた。「そのへんで静かに遊んでました」。
いかめしく近寄りがたいというのが自衛隊のイメージ。そこからしたら、何という懐の深さだろう。私の先入観はものの見事にまた1つ打ち砕かれた。だが、自衛隊の思いがけない懐の深さは、実はこの組織にもともと文化として根づいているものなのかもしれない。
自衛隊は国防に必要な人材を「育てる」学校
言うまでもなく自衛隊は日本を守る唯一無二の存在だが、同時に、国防に必要な人材を「育てる」巨大な学校、育成機関としての側面を併せ持つ。自衛隊ほど人材を「育てる」ことに時間や手間や投資を惜しまない組織はない。とりわけグローバル経済の下で民間企業が目先の利益に走るあまり、人材を育てるどころか専ら使い捨て、即戦力だけを求めるようになった現在、自衛隊の懐の深さは際立つ。
自衛隊員は入隊して新隊員教育や幹部候補生学校などを終えた後も、部隊と「学校」を行き来する。こんなにも学校に通う社会人もまずいないだろう。将官に上り詰める高級幹部たちも机を並べて講義を受けるし、定年間近の熟年隊員には再就職の支援プログラムが用意されている。人材を長い時間をかけてじっくり育てる風土がここにはある。
人材育成の原点たる子育てへの懐の深さも、だからだろう。利益至上主義の民間企業より理解は生まれやすい。それは男女格差解消にもいえる。何しろここは性別よりスキルがものをいう職能集団だからだ。
【杉山隆男氏】
1952年東京生まれ。読売新聞社記者を経て作家に。代表作の自衛官を描いた『兵士』シリーズの後に、弊誌で自身初の女性自衛官を描く「兵士シリーズ 令和伝 女性自衛官たち」を執筆中
(MAMOR2021年3月号)
<文/MAMOR編集部 撮影/山田耕司(扶桑社・杉山氏)>