•  「防衛計画の大綱」は、およそ10年間の日本の安全保障政策の基本方針や、自衛隊の体制・主要装備の整備目標を定めた国の基本方針だ(2022年に新たな「国家防衛戦略」が策定され、防衛計画の大綱は発展的に解消)。策定までの経緯について、元防衛大学校防衛学教育学群准教授の相澤輝昭が解説する。

    「防衛計画の大綱」策定までの経緯

    「基本的防衛力構想」が掲載され反響を呼んだ、昭和51年版『防衛白書』(写真提供/防衛省)

     中曽根構想などを契機とする「平和時の防衛力の限界」を巡る議論ですが、背景には「財政重視の漸進的な防衛力整備」という方針とは裏腹に、1~4次防の予算規模が「倍々ゲーム」で増加してきた実態がある中、デタント(注1)認識とも相まって、「防衛力はどこまで拡大するのか?」という懸念がありました。

    (注1)1962年10月に、旧ソ連が社会主義国となったキューバに核ミサイル基地を建設していたのを、アメリカ軍の偵察機が発見し、核戦争寸前まで達した「キューバ危機」を契機として、当時冷戦と呼ばれる対立関係にあったアメリカと旧ソ連の緊張状態が緩和していった状況を指す。核戦争のリスクが高まる中、両超大国が互いの利益(破滅回避)のために、外交交渉を通じて関係改善を図った。

     1972年10月、4次防の「主要事項」決定後、田中角栄首相(当時)は防衛庁に、「平和時の防衛力の限界」の検討を指示します。その結果が国会で報告されますが、これを巡り議論が紛糾、最終的に防衛庁の説明は撤回されます。このように新たな防衛力整備構想の策定は困難を極めました。

     その後、坂田道太防衛庁長官の就任を機に本格的検討が開始。75年4月、計画作成に向けての長官指示が発出されますが、この段階でも意見は十分に整理されず、「防衛力の在り方については追って示す」という異例の形となりました。

     そして同年10月、第2次長官指示で、「常備すべき防衛力」の性質は、「必要とされる各種の機能および組織を備え、配備においても均整のとれた基盤的なもの」とするという考え方が示されます。76年6月にはこれが『防衛白書』(注2)で「基盤的防衛力構想」として発表され、国内外で大きな反響を呼ぶこととなりました。そして同年10月、「防衛計画の大綱(51大綱)」(注3)が国防会議決定、閣議決定されることとなるのです。

    (注2)わが国の防衛の現状と課題、およびその取り組みについて多くの人に知ってもらうために防衛省が作成し、閣議で了承を得て1970年に初刊行され、76年以降は毎年刊行されている書物。

    (注3)1970年代のデタントを背景として策定されたもので、わが国が保有する防衛力については、①防衛上必要な各種の機能を備え、②後方支援体制を含めてその組織および配備において均衡のとれた態勢をとることを主眼とし、③これをもって平時において十分な警戒態勢をとりうるとともに、④限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処することができ、⑤さらに情勢の変化が生じ、新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには、円滑にこれに移行できるよう配慮されたものとすることとした。51大綱で導入した「基盤的防衛力構想」は、このようにわが国への侵略の未然防止に重点を置いた抑止効果を重視した考え方である(『令和6年版防衛白書』より)。

    「脱脅威論」と「基盤的防衛力構想」との関係は?

    出典:防衛省・自衛隊Webサイト(https://www.mod.go.jp/j/press/wp/index.html#list)

     「51大綱」と「基盤的防衛力構想」については、中曽根構想当時から前述の「平和時の防衛力の限界」の検討の途中まで防衛局長を務め、後には事務次官となる久保卓也氏が庁内に配布した「防衛力整備の考え方」という文書が「KB個人論文」と呼ばれ、一般に「基盤的防衛力構想」のルーツとして理解されています。

     久保氏はこの論文で、「日本を巡る軍事的紛争の要因は差し当たってない」と述べ、「予想される将来の脅威(軍事的能力)に十分応じ得る防衛力、またはそれに近いものを整備の目標とはしない」と主張しているのですが、こうした考え方が従来の脅威対抗型の防衛構想へのアンチテーゼとして「脱脅威論」と呼ばれています。ただし近年の研究では、久保氏の「脱脅威論」が「基盤的防衛力構想」に直結したものではないとする学説も出てきています。

     以上、「51大綱」の策定経緯と久保氏の「脱脅威論」について述べてきましたが、これを要するに筆者自身は、「基盤的防衛力構想」を防衛力の規模を「現状維持」とする政治的な考え方と理解しています。

     また、このことにも関連して先に述べた「脱脅威論」との関係について言えば、「大綱」で想定されている「限定小規模侵略独力対処」の状況下で、まさに「現状」の防衛力を対抗させてみれば、結果的に脅威対抗型の防衛力が担保されているという理論であり、この考え方は「検証論」と呼ばれているところです。

    【元防衛大学校 防衛学教育学群 准教授 相澤輝昭】

    海上自衛官として掃海艦『はちじょう』の艦長などを務め、退官後は、外務省アジア大洋州局地域政策課専門員、笹川平和財団海洋政策研究所特任研究員を歴任。2020年より現職で、専門は自衛隊史など。

    (MAMOR2026年4月号)

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    相澤准教授の自衛隊史リモート講座

    ●本稿は著者の個人の見解です

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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