防衛駐在官(以降、防駐官)は、語学力はもちろんのこと、コミュニケーション能力、情報収集力、異国での環境に対する順応能力など、マルチタスクに対処する力が求められる。
基本は家族を帯同するために、妻や子どもも、外交の一翼を担うことがある。そこで、赴任が決まると、準備に、われわれが知らない苦労があるようだ。
防駐官は、どのようにつくられるのか、その一端を紹介しよう。
なぜ制服を着る自衛官を各国に派遣しているのか
「印象に残っている防駐官といえば、ロシアの侵攻直前にウクライナに赴任した1等空佐ですね」という安藤課長。「無事に帰国したときは、心から安堵しました」
各国の駐在武官にあたる役職を自衛隊では防衛駐在官と呼ぶが、現在53カ国2代表部(注)に80人が派遣されている。
防駐官は制度上、防衛省から外務省に外務事務官として出向するため、上司は派遣先の大使になるが、公の場では自衛官の制服を着用し、儀式上必要なときは儀礼刀を帯刀することもある。
防駐官の主任務は、防衛に関する各国の軍事情報などの収集だ。軍に関する情報は極めて専門性が高く、軍関係者しか軍部にアクセスできないこともあり、一般の外交官では対応が難しい。
またその国に派遣されている他国の駐在武官と交流を行うことも、防駐官にしかできない重要な役割である。
ただ、任務はそれだけにとどまらない。防駐官の派遣を担当する防衛省防衛政策局調査課の安藤課長は、事務や交渉事が非常に多いと語る。
「赴任国との防衛交流の調整のほか、防衛装備・技術協力の話が持ち上がれば、まずは先方のニーズを聞き取り、交渉が必要であれば、アポ取りから議論する中身の調整まで行います。
また自衛隊機が赴任国に飛来する場合には、事前に派遣先の空港使用の交渉・調整も行います。さらには外交官でもあるため、日本文化を紹介する目的で各国の駐在武官を自宅に招き、パーティーを主催したりもします」
防駐官は表に現れない細かい仕事も多いと関澤防衛部員。「防駐官の業務は複雑多岐に及ぶ激務です。任期を終えて帰国するまで、期待と不安な気持ちが半々です」
日本の安全保障環境が厳しさを増す昨今、防駐官の仕事量は年々増えているという。
同じく調査課の関澤防衛部員は、「日本の首相が他国を訪問する際、その国に赴任している防駐官は政府専用機の到着時に、タラップの下で待機して首相を迎えるので、ニュース映像などでその姿を目にした方も多いと思います」と、防駐官ならではの華やかな一面もあると話す。
任期は基本的に3年。海外では、レセプションなどには配偶者を同伴するのが一般的なので、紛争当事国を除いてはファミリーで赴任することが多いという。
(注)国際連合日本政府代表部と軍縮会議日本政府代表部で、前者はアメリカ、後者はスイスにある
どんな自衛官が選ばれ、どんな準備をするのか

2024年度末に新たに任地に赴任する防駐官が、中谷防衛大臣(前列左から4人目)に出国を報告し、記念撮影を行った
防駐官として派遣される自衛官の階級は、アメリカの将補を除き多くが1佐で、国によっては2佐や3佐もいる。
陸・海・空のどの軍種から派遣されるかはその国の軍事事情などにも合わせており、2025年4月現在、アメリカ、オーストラリア、フランス、ケニア、エストニアの5カ国には、女性自衛官も派遣されている。
基本的に防駐官職を希望している自衛官の中から、本人の希望と相手国の状況を考慮して赴任の1~3年前に本人に派遣を内示する。
安藤課長によると、語学力、コミュニケーション能力に加え、探求心や好奇心が旺盛な人が選ばれることが多いという。
赴任が決まると、防衛省と外務省で1年ほど研修を実施する。
研修の内容は、英語をはじめ現地語の学習、日本の防衛政策、国際軍事情勢、情報収集の実務、国際法から、相手国の歴史、文化的背景、政治・経済・軍事情勢、さらには日本の伝統文化についてまで、と多岐にわたる。
一方で、防駐官に帯同する配偶者に対しても、防衛省主催の「配偶者勉強会」が、出国の半年前から3回ほど実施される。こちらは元防駐官やその配偶者が講師となって、防駐官の基礎的な情報や外交儀礼、体験談などを講義する。
「防駐官の業務は、人との会話の中から情報を引き出すことが基本になりますから、語学力はもちろんのこと、相手の表情や態度からもメッセージをくみ取り判断する洞察力も必要になってきます。とにかくマルチタスクをこなせる人間であることが求められますね」
安藤課長はそう強調する。
理想的な防駐官はこんな人!?
【愛国心】
日本の平和を守るためにいかなる国へ赴任しても国のために頑張る
【体】
どんな国の食べ物も食べられる丈夫な胃腸を持っている
【性格】
何事にも好奇心や探求心を覚える
【能力】
複数の作業を同時にこなせるマルチタスク力がある
【企画力】
ホームパーティーを開き他国の武官らをもてなす企画を立てる
【社交性】
情報共有や意思疎通を図れるコミュニケーション力がある
【頭脳】
英語と日常会話程度の現地語を話せる語学力がある
日本の防衛政策を熟知している
(MAMOR2025年6月号)
<文/古里学 イラスト/ナカニシリョウ 写真提供/防衛省>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです




