マモル編集部が行った国防に関するアンケート調査(ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年に実施)では、「もし日本が侵略されたら戦いますか?」という問いに、Z世代の7割強が「戦わない」と回答した。
こうしたZ世代の姿勢は「日本では戦争は起こらない」という考えに起因しているようだ。 しかし、本当にわが国で戦争は起きないのだろうか?
そこで、やはり戦争は起きないと思っているギャル芸人・エルフ荒川さんが、自衛隊のトップとして日本の安全保障環境を4年半の間見続けてきた元自衛隊 統合幕僚長・河野克俊氏に聞いてみた。
【吉本ギャル芸人/エルフ荒川さん】
1996年、大阪府出身。吉本芸人の人気コンビ「エルフ」のギャル担当。相方ははる。趣味は言語勉強、インスタグラムの更新。特技は空手初段、バスケットボール、即興ギャルあるある、戦国時代をギャル語で語れるなど。よしもと漫才劇場、バラエティー番組、雑誌など幅広く出演中
【自衛隊の元トップ/河野克俊氏】
元統合幕僚長。防衛大卒後、海上自衛隊入隊。2019年の退官まで自衛隊46年、統合幕僚長を異例の4年半務めた。自衛官トップとして、PKO・大規模災害・北朝鮮ミサイル・尖閣など、数々の日本の危機を統合指揮。著書に『統合幕僚長 : 我がリーダーの心得』(ワック出版社)。テレビなどの討論番組やニュース番組などにも多数出演
今の日本って危ないの?戦争は起こらないよね?

2025年1月、ロシアの爆撃機2機と戦闘機2機が、日本の北海道知床岬沖上空に現れ、宗谷海峡の上空を飛行した。このようにロシアや中国はわが国周辺での活動を活発化している 写真提供/防衛省
荒川:日本に違う国が攻めてきたらどうします? って雑誌『MAMOR』の記者さんに質問されたんだけど、平和な日本で戦争なんて起きるわけないですよね?
河野:それはどうでしょう。日本という国の周りを地図で見てみると、北には今ウクライナを侵略しているロシアがありますね。西を向けば北朝鮮があって、日本に対して敵対的な態度を取っていて、日本列島を飛び越してミサイルの発射実験をしています。そして南西を見れば中国。尖閣諸島の領土問題や、台湾への圧力など、周辺国に対して威圧的な態度を取っています。
荒川さん、この3国に共通しているのは、なんだと思いますか?
荒川:う~ん……。なんだろう、ガチで分からないかも!
河野:1人のリーダーが独断で国を統治している、いわゆる権威主義国家であること。そして、軍事力が相当強く、核保有国であること。
日本はこんな国々に囲まれているんです。こんなに危ない環境にある国って世界中見渡してもおそらく日本以外にないでしょう。
荒川: そうなんですか! コワっ! 日本が大変なことになっているじゃないですか!
でも、たくさんの中国人が日本に遊びに来ては爆買いとかして「日本がスキ」って言ってくれてるので、話し合えば、戦争にならない気もするんだけど?
河野:もちろん、話し合い、外交はとても大切です。それが第一。でも、自前で「いざというときには撃退できる」だけの力を持っていることも重要なんです。それが、侵略しようとする人たちを押しとどめる力になるからです。
防衛論って、難しいとよくいわれますが、実はこれ、常識論なんです。人間関係と同じで、「私は何も武器を持っていません、話し合いでいきましょう」と言っても、ルールや理屈が通らない相手だと、いきなり殴られてしまい屈することになるかもしれません。それでは困ります。
「いざ殴り合いになったら、あなたも無事では済みませんよ?」という力を持ってこそ、対等な話し合いになるんです。
今こうしている間にも、日本を守っている自衛隊

ロシア海軍の情報収集艦は2025年2月、数日にわたり、沖縄本島南西沖や鹿児島県の喜界島沖、大隈海峡などを通過した 写真提供/防衛省
荒川:日本の国を守る力って他国にもちゃんと伝わっているのかな?
河野:自衛隊は災害派遣や訓練だけではなく、実は、ニュースにならないところでも日々国を守る活動をしているんですよ。
例えば、他国の航空機がいきなりやってきて、日本の領空を侵犯しようとしているのに対処しているんです。今、この瞬間にも。
荒川:今もなんですか? それってどういうこと?
河野:他国の戦闘機や爆撃機が日本の「領空」に迫ってくるのです。目的は偵察だったり、反応を伺うことだったりするのでしょうが、もしかしたらミサイルや爆弾を抱えて攻撃してくる可能性もゼロではない。そこで、領空に入る前にこちらから戦闘機を緊急発進させて、追い返すわけです。
荒川:私たちの知らないところで、そんなことが行われていたなんて! 知らんかった! ほかにもありますか?
河野:海では、日本の領海に頻繁に中国の船がやってきています。そこで、法的に逮捕権限のある海上保安庁さんが命をかけて守っているんですよ。もちろん相手の国から武力行使があった場合には、自衛隊も即時協力できるように備えています。
ほかにも、他国の潜水艦が日本の周囲をうようよしている。自衛隊はこれらを24時間365日監視し、時には追い返すために出て行きます。弾は撃たないけれども、日々戦っているのです。
荒川:自衛隊の隊員さんたちにホンマ感謝やわ~。
頼りになる自衛隊にも、こんな問題が……。

緊急発進をする航空自衛隊のF-15J戦闘機。国民の暮らしを守るため、自衛隊は24時間365日いつでも対応できるよう万全を期している 写真提供/防衛省
荒川:自衛隊の皆さんの頑張りで、私はギャル芸人もできるし、国民も安心して暮らせてるんですね。ありがたいです~。
河野:ところが自衛隊にもいろいろ問題があります。一番大きいのは隊員の数ですね。
荒川:人数が足りひんのですか?
河野:そうです。自衛官の人数って、これだけ必要ですよね、という「定数」が定められています。
全部で25万人くらい。でも実際に今いるのは22万人くらい。自衛隊は常に若い人を求めているのですが、その募集にとても苦労しています。
荒川:そうなんですね。
河野:例えば500人欲しい、というときに、本当は600人くらい来てもらって、選別できたらいいのですが、実際には500人来ない、そんな状況です。
あとは、差し迫った危機を考えると、日本も継戦能力が必要になります。継戦能力とは、いざ戦争になったときに継続的に国を守り抜く力のことですが、これを考えると、実は弾薬や燃料、装備品の数が現在の自衛隊においては必ずしも十分じゃないんです。
ロシアのウクライナ侵攻も長期化していますが、日本の国民をしっかり守り抜くために、自衛隊が粘り強く活動できるぐらいの弾薬、燃料、装備品の確保が必要だと感じます。
荒川:ほんとにそうやと思うわ。国は取り組んでるの?
河野:防衛費を増やしていくなかで、だんだんと取り組んでいかねばということで、今防衛省・自衛隊として頑張っていると思います。
日本人は本当に戦わない⁉ 若者だって国を守るはず!
荒川:雑誌『MAMOR』がやったアンケートで、「侵略されたら戦う?」という質問に「戦う」と答えた人が少なかったそうです。
河野:同じ質問を世界中の若者に投げたときに、これだけ低い数字が出るのは日本だけなんですよ。でも、私は全然悲観していません。
荒川:なぜですか?
河野:例えば中国とか韓国、ベトナムの人とかにアンケートを取ったらきっと数字は逆転するはずです。それらの国と、日本との違いは「環境」です。
太平洋戦争以降日本は戦争を経験していませんし、徴兵制も布かれていない。学校で「あなたたちも何かあったら国を守るために戦いましょう」なんていう教育も絶対にしません。「国のために戦う」といっても戦う方法も教わりません。
そんな日本で「戦います」なんて答えると、ヘンな人だと思われてしまうかも……と思っているのかもしれませんね。
荒川:それはヤバイですねえ。
河野:しかし、私は、いざ日本が危機に見舞われ、追い詰められることになったら、若い人たちも立ち上がるんじゃないかと思っています。日本人は卑怯に思われたくないとか、家族のため、友達のためには頑張る、という気持ちは結構強いですから。
荒川:なぜ、河野先生は、そう思うのですか?
河野:その理由は、若い自衛官たちにあります。彼らの多くは、別に「国を守る志に燃えて」自衛隊に入るわけではなく、1つの就職先として選んで入った普通の若者たちです。
それが、1年2年と自衛隊で過ごす中で、訓練などで経験を積む中で、あの災害派遣で身を投げ出して被災者の方々を救う隊員に成長するわけなんです。
じゃあ、日本を守るために私たちは何をすればいい?
荒川:河野先生に教えてほしいのは、今後も平和な日本でいるために、私たち一般の若者がどうすればいいのか、ということです。
河野:簡単です。興味を持つこと。関心を持つことです。それは、軍事マニアのように詳しくなるということではありません。
スマホで国防や安全保障についてのニュースを見かけたら、スルーするのではなく、ちょっと読んでみる。「どうなってるんだろう」と関心を持つ。それだけで変わります。
荒川:自衛隊の人を見かけたら全力で応援するとか?
河野:特にしなくても大丈夫です(笑)
よく「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」などといいますよね。国防のこと、防衛省・自衛隊のことが好きでなくてもいいんです。「ただ、日本の国防にちょっとでも関心を持ってほしい」。そこに尽きますね。
若い世代にも国防に興味を持ってもらえるように、荒川さんの力もぜひ貸してくださいね。
荒川:そういう役目なら頑張れそうです。今日は、ありがとうございました。
(MAMOR2025年6月号)
<文/臼井総理 写真/星 亘(扶桑社)>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです