わが国の固有の土地と海、そしてその上空は「領域」と呼ばれ、完全かつ排他的な領域主権を有している。
この領域を侵すことは国際法違反であり、日本においては陸・海・空各自衛隊が領域を守るため、1日24時間1年365日、任務に就いていている。
しかし、自衛隊が発足して以来、他国が、日本の領空に侵入したことは49件、領海への侵入はほぼ毎日確認(注)されている(2025年2月28日時点)。
そこで、守りたい私たちの国=領域について改めて基本を知るために、日本の領域に関わる、過去に起こった主な事件・事案を紹介しよう。
(注)『海上保安レポート 2024年版』(海上保安庁刊)より
緊急発進したパイロット永岩元空将が語る事件


航空自衛隊元空将の永岩俊道氏はミグ25事件発生時、空自千歳基地所属のパイロットとしてF−4EJを緊急発進させた。
「不明機の侵入速度が速く『戦闘機かもしれない』と緊張しました。戦闘機なら空戦の可能性もあり、慎重な対処が求められました」と振り返る。F−4EJは自機より低高度を捜索するレーダー探知力が低く、不明機を見失ってしまう。
「不明機襲来の報を受け函館空港に急行、眼下のミグ25を確認した衝撃は今も忘れられない。私たちは目の前で領空侵犯を許してしまったのです」
パイロットのベレンコ中尉はアメリカ亡命を要求し、ミグ25は検査後に旧ソ連に返還された。この事件はわが国の防空態勢の弱点があらわになりその後の態勢整備の教訓となった。
永岩氏は「その後レーダー網の整備やF−15、早期警戒機などが導入され、私自身もF−4のレーダー改良など能力向上の改修に携わりました」と話す。
永岩俊道氏(写真提供/本人)
【永岩俊道氏】
1948年、鹿児島県生まれ。71年航空自衛隊に入隊し戦闘機パイロットとしてF-4、F-15に搭乗。2006年退職。現在シスコシステムズ合同会社顧問
File 002 <1987年>
第3次世界大戦の危機が訪れた 対ソ連軍領空侵犯機警告射撃事件

旧ソ連Tu-16は23ミリ機関砲7基と対艦ミサイル2基を搭載。核兵器の運用も可能な偵察機だった 写真/U.S. Navy
第2次世界大戦後、もっとも危ない日だったといわれているのが1987年12月9日の旧ソ連軍用機による領空侵犯事件。沖縄に接近してきた旧ソ連軍Tu-16偵察機4機に対し、那覇基地からF-4EJ6機が緊急発進。
自衛隊機からの無線による警告で3機は針路変更したが、Tu-16偵察機1機が警告を無視し沖縄本島の航空自衛隊、アメリカ軍基地の上空を通過。自衛隊機は2度にわたり信号弾で警告射撃(警告のため目標近辺に向けて行う射撃)を実施した。
後に旧ソ連政府は該当機の通過は計器故障と悪天候による事故と発表したが、旧ソ連とアメリカ、日本の軍事衝突の可能性もあった。

宮古島南方を通過後に北上したTu-16は沖縄本島上空の領空へ侵入し、沖永良部島、徳之島上空に再び侵入。自衛隊機はそれぞれで警告射撃を行った
File 003 <1999年>
史上初の海上警備行動発令 能登半島沖不審船事件

不審船は日本の漁船にぎ装。アンテナが多く漁具が見当たらないなど漁船には見えない船舶だった
海上自衛隊八戸航空基地のP-3Cが1999年3月23日早朝、能登半島東方沖領海内で北朝鮮の不審船2隻を発見。海上の治安維持は海上保安庁が第一義的に対応するため、海保巡視船が停船命令を発したが応答がなく、威嚇射撃を行うも2隻は巡視船のレーダー探知距離外に逃走。

出動した『みょうこう』。不審船へ立ち入り検査(注2)を行おうとしたが防弾チョッキがなく、事件後に各艦艇に防弾チョッキなどの配備が進められた
翌日0時50分に防衛庁長官より自衛隊初となる海上警備行動(注1)が発令され、舞鶴基地(京都府)から出動した『みょうこう』 、『はるな』 、『あぶくま』が速射砲の警告射撃を、P-3C3機が150キロ対潜爆弾による警告としての爆弾投下を行い監視を続けたが2隻は高速で逃走し防空識別圏外に出たため追跡を断念。
在日アメリカ軍が衛星情報を元に北朝鮮不審船の動きをつかみ、後に能登半島東方沖で自衛隊機が発見した
File 004 <2004年>
2度目の海上警備行動が発令された 原子力潜水艦領海内潜没航行事件

潜没した潜水艦と同型と思われる中国原子力潜水艦。中国側は「訓練の過程で、石垣水道に誤って入った」と釈明 写真/Stefan Tsingtauer
能登半島沖不審船事件から5年後、2度目の海上警備行動が発令されたのが、2004年11月10日の中国海軍の原子力潜水艦による領海侵入事件である。
その2日前、P-3Cは石垣島方面に向かう中国原潜を発見し追尾。佐世保基地(長崎県)から『くらま』と『ゆうだち』 が現地に急行し警告を発したが、10日5時50分ごろ、原潜は潜没したまま石垣島と多良間島間の領海内を航行した。
8時45分に海上警備行動が発令されSH-60Jが追尾、12日7時10分に潜水艦は沖縄本島の北西約450キロメートルの位置で日本の領海の外へと出たが、針路を追尾するため15時50分まで行動を監視した。
アメリカ軍や海自が追跡した中国原子力潜水艦の航路。石垣島と多良間島間で潜没したまま領海に侵入した
File 005 <2024年>
3度の領空侵犯に警告を実施 ロシア軍哨戒機領空侵犯事件

「フレア」はミサイルからの追尾を逃れるため放射。強い警告を対象機に発することにも使われ、これは武器使用には該当しない。写真はP-1のフレア発射
2024年9月23日、北海道礼文島北方上空で、ロシア軍のIL-38哨戒機1機が13時から3時間の間に3回にわたり、それぞれ30秒から1分ほど領空を侵犯。
千歳基地からF-15が、三沢基地からF-35が緊急発進し、当該機に無線で通告と警告を発したがロシア機はこれを無視。3回目の侵犯時にフレア(赤外線誘導ミサイルから身を守るため用いるおとりの熱源)を発射し警告した。
これまで領空侵犯事例は49件ある(25年2月28日現在)が、フレアの使用は初めて。その後ロシア外務省は領空侵犯を否定した。空自機が領空侵犯機に対し無線など以外の手段で警告したのはFile002以来2例目。

IL-38哨戒機は北海道西方沖から侵入し、礼文島沖上空でジグザグ飛行を続け、3回にわたり領空を侵犯
File 006 <2024年>
中国軍用機が初の領空侵犯 中国軍情報収集機領空侵犯事件

Y-9は中国海軍と空軍が運用。機体に多数のアンテナがあり自衛隊は情報収集機と認識している
中国による領空侵犯事例はこれまで3件発生している(2025年2月28日現在)。12年は国家海洋局のプロペラ機、17年は海警局のものと思われる無人機だったのに対し、24年8月26日11時29分に長崎県男女群島沖上空で発生した事例は中国軍のY-9情報収集機によるもので、中国軍用機による初の領空侵犯だった。
これに対処するため、空自西部航空方面隊のF-15とF-2が緊急発進し警告を発し、中国軍機は領空外へと飛び去った。
その後、日本側からの抗議に対し中国は「気流の妨害により不可抗力で領空に入ったものであり、侵入する意図はなかった」と説明している。

Y-9は男女群島付近上空を約2分旋回しながら領空を侵犯後、中国方面に飛び去っていった
File 007 <2024年>
鹿児島県沖で領海に侵入 中国海軍測量船領海侵入事件

シュパン級測量艦は全長約130メートル、基準排水量約6000トン。潜水艦の航路となる海底の地形などを調査する船とされている
中国軍の情報収集機による領空侵犯(File006)から5日後の2024年8月31日6時、中国海軍のシュパン級測量艦1隻が鹿児島県口永良部島南西の領海に侵入、およそ2時間弱にわたり領海内を航行した。中国海軍艦艇が領海侵入をしたのは今回で13回目、測量艦は23年9月以来で計10回目となる。
これに対し海上自衛隊は『ししじま』とP-1が対応にあたり、警戒監視・情報収集を行った。
領海侵入に対する日本政府の抗議に対し中国政府は「トカラ海峡は国際海峡であり、中国艦艇は通航権を行使したのであって正当で合法である」と主張した。
測量艦は口永良部島の西から屋久島とトカラ列島の間の領海に侵入。約2時間滞在した後に領海外へと航行していった
(注1)海上で不審船が発見された場合、不審船に直接乗り込んで船内を検査する行為。自衛隊の場合、海上警備行動発令後に立ち入りができる
(注2)海上における人命もしくは財産の保護または治安の維持のため特別の必要がある場合、防衛大臣(当時は防衛庁長官)の命令で自衛隊を海上で行動させること
<文/古里学 写真提供/防衛省(特記を除く) 漫画/ほりこう>
(MAMOR2025年5月号)
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです





