主に敵地に潜入し、敵の目を欺きながら任務を果たす「レンジャー隊員」。そんな彼らが冬山で実践するサバイバル術は、国を守るための究極の術でもある。
ここでは、冬山における「移動の仕方」「ビバーク」「雪崩の対処法」「救急用携帯品」について紹介していく。
雪山はスキーやかんじきを使用して移動する

雪山のプロ、冬季遊撃レンジャーの訓練にて、厳冬期のニセコ山系をスキーで移動する隊員
雪山で活動する際に、冬季遊撃レンジャー隊員は、雪面への圧力を分散し移動しやすくするために、スキーや「かんじき」を履いて移動する。自衛隊で用いるスキー板は、かかとがスキー板に固定されないため、かかとを持ち上げることができる。
また、滑走面にうろこ状の溝があることで、これを雪面にグリップさせて斜面を登ることができる。積雪によって地形が単調になるため、夏山よりも行動範囲は広がる。
ただし、立木の根元周辺に「ツリーホール」(注1)と呼ばれる穴が開いてへこんでいたり、「スノーブリッジ」(注2)という雪の下に水が流れる場所があり、小さな荷重でも雪が崩れることがあるので、地形を見極めつつ安全な経路を選んで行動している。

筋肉ではなく骨格で体勢を支え、疲れずに滑るスキー術を実践する冬季遊撃レンジャー隊員
また、スキー技術については、かっこよくきれいに滑ることよりも、転ばないことをたたき込まれる。転ぶと、起き上がるのに体力を消耗するからだ。自衛隊では、筋肉ではなく骨格で支え、疲れない効率のよいスキー技術を習得させている。
雪山でビバークするときは雪洞を作る
シャベルを使って雪洞を掘る隊員。出入り口は居住スペースより下に作る
冬季遊撃レンジャー隊員が雪山でビバーク(宿営)する場合は、テントではなく雪を利用して「雪洞」を作る。雪の壁が断熱材の働きをし、内部に暖かい空気をためることができるからだ。気密性の高い雪洞を作れば、外気温がマイナス20度でも、内部はおおむね0度をキープできるそうだ。
気体の重さの違いから、暖かい軽い空気は上に、冷たい重い空気は下にたまるので、入り口は居住スペースよりも下側になるよう横穴を掘る。そしてビバーク中は、一酸化炭素中毒にならないよう、火を使って調理をする炊事場は野外に設け、雪洞内に酸素があるかどうかを確認するための小さなろうそくにのみ、常時火を付けておく。
また、換気口を設ける、緊急脱出用に一部薄い壁を作る、などの対策を徹底する。
雪崩の危険があるときはザックのベルトは外す
雪崩の危険があるときは、ザックのチェストストラップとウエストベルトは外し、ストックのバンドにも手を通さない
冬季遊撃レンジャー隊員は、雪崩が起きそうな場所は、そもそも移動経路や休息場所に選ばない。どうしても雪崩の危険がある地域を通過する必要があるときには、各人の距離を取り、上方の斜面を確認しつつ通過する。
このとき隊員は、ザックのチェストストラップとウエストベルトは外し、ストックのバンドには手を通さない。雪崩に巻き込まれた際、道具と共に雪に引きずり込まれるのを防ぐためだ。
雪崩に巻き込まれたときはセルフレスキューを

雪崩に巻き込まれたら、顔の前に両手を当てて空間を作り、生き延びることが重要だ
万が一、雪崩に襲われた場合、冬季遊撃レンジャー隊員は、まず大声や笛で周囲に知らせ、全力で逃げる。雪に流されてしまったら木をつかむ、泳ぐ、蹴るなどの動作で雪の上に出ることを目指す。雪崩の死因の6割は窒息だ。
雪崩の流れが止まる前に、顔の前に両手を当てて、エアポケット(空間)を作る。少しでも酸素のある隙間を作って呼吸ができるようにし、その間に救助者に見つけてもらうためだ。
山で窮地に陥ったら「ピンチ缶」を活用してサバイブする
山岳レンジャー隊員が作戦行動をする時には、「ピンチ缶」と呼ばれる生存自活セットと、「救急ポーチ」と呼ばれる救急品セットを携帯する。どちらも中身は各人が必要なものを工夫して詰め込んでいるというが、ピンチ缶の中身は、一例として、小動物をさばくためのナイフ、火起こし用の防水マッチ、固形燃料、エマージェンシーシート(アルミシートなど保温性が高く薄い素材でできたシート)、信号用の鏡など。
入れ物が缶なのは、ピンチの時に水を入れて火にかけて、湯を沸かすことができるからだ。救急ポーチの中身は、ばんそうこうや点眼薬のほか、捻挫や肉離れなどを起こした場合に、患部を固定し、安静に保つのに役立つ、手で切れるタイプのテーピング用のテープなどだ。山岳レンジャー隊員は、主に山岳地で窮地に陥ったときには、これらの道具を活用して生き延びる術を身に付けている。
ピンチ缶の中身一例

1:テント補修用パッチ
2:結束バンド
3:アルコールシート
4:ダクトテープ
5:ひも
6:防水マッチ
7:ライター
8:エマージェンシーシート
9:鏡
10:予備電池
11:常備薬
12:警笛
13:ナイフ
14:固形燃料
15:防水メモ+筆記具
16:缶
救急ポーチの中身一例

1:救急ばんそうこう
2:点眼薬
3:テーピング用テープ
4:軟こう類
5:常備薬
6:エマージェンシーシート
7:スプリント(固定板)
8:ポーチ
山で暴風雨に見舞われたら「標高を下げる」

山岳レンジャーたちは、作戦行動中に急な暴風雨(雪)に見舞われることも。そんなときは、標高の低い場所に移動し、簡易テントなどに入って一時しのぐ
山岳レンジャー小隊が山で作戦行動中に暴風雨(雪)に見舞われ、一時避難が適当と判断された場合は、まず過酷な環境から離隔する。悪天候の中、むやみに突っ込んでいくのは、作戦が遂行できなくなる恐れがあるからだ。山の尾根は風雨が強いことが多く、標高の高い山の場合、気温も気圧も低くなり体への負担も増える。
そのため山岳レンジャー小隊は、一時的に標高の低い場所に移動して簡易テントを張るなどしてしのぎ、天候の回復を待って作戦行動を継続するか、引き返すかを判断する。
(注1)木は雪よりも黒っぽく、日光を吸収して表面が温かくなるなどの理由から、幹の周りの雪が溶けて穴が開く現象
(注2)氷河のクレバス、雪渓の割れ目などに雪が降り積もり、橋の形状となった雪塊
(MAMOR2025年4月号)
<文/臼井総理 写真提供/防衛省 イラスト/内山弘隆>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです


