•  自衛隊には国を守るために、小銃からミサイルまで、さまざまな“飛び道具”がある。

     どれほど道具が高性能でも、敵に当たらなければ用を成さない。そこで、必要なのが隊員による射撃訓練だ。さらにその射撃訓練に必要なのが、標的。

     一口に標的と言っても、陸地に設置する・走らせる、海に浮かべる・航行させる、空を飛ばすなど、さまざまな標的がある。

     それがどの射撃装備品のための標的なのか、どのような工夫が凝らされているのか、今回は艦艇などの射撃訓練で使われる、海上自衛隊の4つの標的を紹介する。

    高速小型水上標的Ⅰ型(海):艦艇の大砲の標的

    <SPEC>全長:4.3m 全幅:2.2m 全高:5m(マスト含む) 重量:330kg

     海上を航行する目標への射撃訓練用の標的。護衛艦などに装備されている大砲を用いる射撃の命中率を向上させる訓練や大砲自体の性能検査に使用される。小型軽量で運用が容易であり、護衛艦や多用途支援艦に積載、訓練時には艦艇でえい航する。

     トリマラン型といわれる主胴体から張り出した2つのフロートを持つ特殊な船形で、高速えい航に耐えられる頑丈な構造になっている。

    帆を張り、洋上に浮かべられた高速小型水上標的Ⅰ型

     繊維強化プラスチック製船体内部には水に浮く発泡素材が充填され、被弾などによる外板損傷時の浸水、沈没を防ぐ構造になっている。

     収納時は高さが1メートルにも満たないサイズだが、訓練時には帆を張って運用する。訓練では事前に訓練実施部隊と連携し、射撃法、射撃間隔、発射弾数、針路速力など、綿密に打ち合わせを行い、標的投入後は射撃の弾着観測や評価データを訓練実施部隊に送る。

    画像: 高速小型水上標的Ⅰ型を狙うのは、護衛艦などに搭載された大砲だ

    高速小型水上標的Ⅰ型を狙うのは、護衛艦などに搭載された大砲だ

    正確に着弾位置を観測しています

    【川口裕嗣1等海曹】
    多用途支援艦『えんしゅう』の射撃員長として小火器、弾薬、標的などの管理・整備を行っている

    「訓練時は自艦がえい航する標的との距離をレーダーで確認し、距離を一定にして訓練実施部隊が正確な射撃訓練をできるように心がけるとともに、正確な弾着観測に努めます。

     こうしたことが確実に行えるよう、『えんしゅう』では普段から標的を安全、確実、迅速に投入、揚収できるように訓練しています。高速小型水上標的Ⅰ型を扱う隊員には小型船舶1級免許と自衛隊内の船舶を扱うための資格「操縦小型級」が必要です」

    自走式水上標的(海):艦艇の大砲・機関銃の標的

    画像: 自走式水上標的(海):艦艇の大砲・機関銃の標的

    <SPEC>全長:7.23m 全幅:2.75m 全高:6.1m(マスト含む) 最高速度:時速約67km 航続距離:約550km 重量:約2t

     12.7ミリ重機関銃や護衛艦搭載の大砲の射撃訓練に使用する自走式の水上標的で不審船舶に対する対処や警告射撃の訓練として用いられる。船体に針路や速力を遠隔操縦できる標的管制装置(UTCS)が搭載され、訓練支援を行う多用途支援艦に積載・管制される。

    画像: 艦艇に搭載され、訓練時はクレーンで降ろして使用する

    艦艇に搭載され、訓練時はクレーンで降ろして使用する

     マストの中央部分に反射板が設置されていて、射撃を行う艦艇は射撃用のレーダーで反射板を狙う。自走式水上標的には弾着観測カメラが搭載されているため、標的への着弾だけでなく周囲の着弾点も確認できる。

     また、遠隔操作による2隻同時の運用が可能で、繰り返し使用するため消耗品の射撃用標的を取り付けてえい航させることもある。

    画像: 護衛艦などに搭載されている機関銃の射撃訓練で自走水上標的を使う

    護衛艦などに搭載されている機関銃の射撃訓練で自走水上標的を使う

    不備がないよう細部まで検査します

     自走式水上標的についても、川口裕嗣1等海曹に話を聞いた。

    「訓練を実施する1週間前に外観検査、バッテリー、機器点検を行い、起動確認や通信接続を確認し、同様のチェックは訓練実施1時間前も行います。訓練実施部隊の要望に沿った訓練ができるように、事前の計画通りに自走式水上標的が航行するよう針路や速力、相手艦との距離に気を付けています」とのこと。

    超低高度曳航標的(海):敵ミサイルを撃ち落とす艦艇の標的

    画像: 超低高度曳航標的(海):敵ミサイルを撃ち落とす艦艇の標的

    <SPEC>全長:248cm 全幅:約60cm 重量:45kg

     艦艇を狙って低高度で飛来してくるミサイルを大砲で迎撃するための射撃訓練を支援する標的。訓練支援機UP‐3DおよびU‐36Aに搭載され、左右の翼につり下げた標的えい航装置から延びる約5000メートルのケーブルの先にぶら下げる。

    画像: UP-3Dの翼に取り付けられた超低高度曳航標的。射撃訓練時には、つなげられたワイヤーを延ばしえい航する

    UP-3Dの翼に取り付けられた超低高度曳航標的。射撃訓練時には、つなげられたワイヤーを延ばしえい航する

     最大時速約556キロメートルで艦艇に対し高度を変えながら低高度で飛来してくるミサイルの動きを模擬する。

     射撃を行う艦艇の要望に合わせて標的の通過位置を調整するため、超低高度曳航標的を扱う隊員は航空機の通過点を計算し、操縦士に伝える。岩国航空基地(山口県)にある第81航空隊が運用している。

    画像: 射撃を行う護衛艦の大砲。射撃を担当する隊員らは、航空機にえい航された超低高度曳航標的を狙い射撃する

    射撃を行う護衛艦の大砲。射撃を担当する隊員らは、航空機にえい航された超低高度曳航標的を狙い射撃する

    艦艇の実弾射撃を支援します

    【笠原輝大郎2等海尉】
    訓練統制員として超低高度曳航標的を搭載した航空機に搭乗し、UP-3Dの頭脳として任務にあたる

    「訓練では、艦艇は実弾射撃を行い、標的は非常に高速で飛行するため、安全管理には非常に気を使います。撃墜後の標的が艦艇に当たらないように、射撃する海域と標的・艦艇の位置関係に気を配り、民間船舶などに危険が及ばないよう監視も行います」

    高速曳航標的(標準型・反射型)(海):敵ミサイルを撃ち落とす防空システムがロックオン

    画像: 高速曳航標的(標準型・反射型)(海):敵ミサイルを撃ち落とす防空システムがロックオン

    <SPEC>全長:約209cm 全幅:約55cm 重量:25kg

     超低高度曳航標的と同じく、UP−3DおよびU36−Aによってえい航され、近接防空システムなどの艦船の射撃訓練に使用される。

    画像: 意図しない落下などを防ぐため、慎重に航空機に搭載する

    意図しない落下などを防ぐため、慎重に航空機に搭載する

     基本的な使用方法は超低高度曳航標的と同じだが、違いは標的をえい航させる高度差だ。高速曳航標的には標準型と反射型の2つのタイプがあり、反射型には、艦艇のレーダー波を反射してレーダー画面に対艦ミサイルとして表示される機能がある。

     標準型では、これに加えて、標的の近くを通過した弾数を計測できるスコアリング機能があり、直接着弾させなくても射撃評価(命中判定)を行うことができる。

    画像: 高速曳航標的を狙うのは艦艇に搭載された近接防空システムだ

    高速曳航標的を狙うのは艦艇に搭載された近接防空システムだ

    安全面に注意し、実戦を再現します

    【梶野雅之2等海尉】
    訓練統制員として高速曳航標的を搭載したUP-3Dに搭乗し、任務にあたる

    「周辺住民や海域を使用する団体などに対する訓練の告知・周知徹底、当日の注意事項など、とにかく安全面に関しては常に細心の注意を払うようにしています。

     近年のミサイルは、艦艇の対空レーダーに感知されにくくなるように設計されており、射撃部隊に対してはそうした実戦と同じような状況を再現できるようにしています」

    (MAMOR 2024年5月号)

    <文/古里学 写真/防衛省提供>

    自衛隊射撃訓練の標的にロック・オン!

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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