高度約6000メートル上空を、時速約700キロメートルで飛びながら、約15メートル離れて飛ぶ受給機の直径約20センチメートルの給油口に、給油ブームを差し込んで給油する「空中給油」。航空自衛隊初の空中給油・輸送部隊として編制されたのが第404飛行隊だ。国際情勢が緊迫する中、空中給油だけでなく、人員や物資の輸送にも取り組み、マルチな活躍をする部隊の重要性と部隊への国民の期待は年々高まっている。
世界の安全保障環境に対応する部隊
国際状況と時代の変化が空中給油部隊を生んだ
航空自衛隊小牧基地(愛知県)に所在する第1輸送航空隊隷下に、第404飛行隊が新編されたのは2009年。その主な任務は、KC−767を運用して、「戦闘機および輸送機への空中給油」、そして「人員や物資を運ぶ航空輸送」を行うことである。
KC−767専用の部隊が生まれた背景には、当時のわが国周辺の安全保障環境の変化と自衛隊の国際派遣の増加が挙げられる。国籍不明の航空機による領空侵犯の恐れがある場合には、空自の戦闘機が緊急発進するのだが、その回数も増えてきた。
また、輸送機も頻繁に国外へと派遣されるようになった。これらの戦闘機や輸送機の飛行時間と距離を拡大し、各種事態への対応能力を向上させるためには、空中での給油が必要となったのである。
空中給油機能だけでなく、約200人の人員、最大約30トンの貨物を輸送する能力と長い航続距離をもつマルチパーパス機であるKC−767は、国際貢献や災害派遣の空輸任務に適任なのだ。
KC−767は世界に8機しかない航空機。飛行隊長である丹羽卓治2等空佐(取材当時)は、運用するにあたってはさまざまな難しさがあると語る。
「機数が限られているということは、1機にかかる期待や負担も大きくなります。また故障が発生した場合、代替機を確保しづらいというのも事実です。KC−767はアメリカ空軍にも導入されていないので、何かあれば自分たちで対処していかなければならない。上空において機材に不具合が生じた場合でも、可能な限りその場で復旧させ、任務を続行させる必要があります」
KC−767の整備は、同じ小牧基地に所在する第1輸送航空隊整備補給群が担当している。
「配備当初の整備、補給の担当者は前例や経験がなく大変だったでしょうが、彼らの技量も確実に上がったはず」と丹羽2佐は言う。
こうした自主性は、クルーにも必要だ。空中給油だけでなく輸送も行うという任務の性格上、KC−767は国内外を問わず、輸送先は民間航空機が飛行する空港であることが多い。
丹羽2佐は、操縦士には空中給油のような戦術的な知識、技量に加え、民間航空機の操縦士に求められる能力、ブームオペレーターには空中給油装置の操作だけでなく貨物搭載に関わる高い能力、さらに両者ともに外国語による高いコミュニケーション能力を求めるという。
そのため第404飛行隊には、飛行経験を十分に積んだ、中堅からベテラン隊員が多く集まっている。
ただし、経験豊富なベテランであっても、KC−767の操縦、空中給油などの業務については新人同様のスタートであるため、皆一様に謙虚であるという。
「イメージとして戦闘機がモーターボートなら、KC−767は大型船。力任せの操縦ではうまくコントロールできませんし、先を見越して動かさなければなりません。そうした航空機を上手に運用するため、ほどよいバランス感覚を意識して物事を行うように、指導しています」と丹羽2佐は語る。
「ブームオペレーター」の教育・訓練を実施
空中給油を行う際にはマルチな操作が求められる
空中給油業務に欠かせないブームオペレーターは、現在第404飛行隊と、新型の空中給油・輸送機KC−46Aを運用する美保基地(鳥取県)の第405飛行隊にそれぞれ十数人程度しかいない。
この給油業務を、ブームオペレーターは両手のジョイスティックを操作して行う。
ジョイスティックは、右手側が給油ブームとラダベータの操作を、左手側がテレスコーピングチューブの出し入れを主に担うのだが、それぞれのジョイスティックにはボタンやトリガーが多数あり、例えば左手の親指だけでも3つのボタンの操作をしなければならない。
また、いったん給油ブームを操作し始めたら、給油ブームが接近している受油機に接触するなどのアクシデントが発生しないよう、ブームオペレーターは右手をジョイスティックから離してはいけない決まりになっている。
給油業務中に、訓練などで経験したことのない不測の事態や不具合が生じた場合には、ありとあらゆる対処法が記載されている英語の手順書に従って対処することになっているのだが、右手はジョイスティックを握ったままなので、左手だけで手順書をめくり、該当する事態と対処法を素早く探し出さなければならない。
そのためブームオペレーターは、日常生活の作業も左手1つでできるように訓練しているという。
マルチタスクが求められるブームオペレーターの教育は、2カ月をかけて行われる(隊内用の航空無線通信士資格は取得済み)。最初の1カ月は座学とシミュレーターを使って地上で、次の1カ月は実機を使っての指導だ。
座学は、航空力学などの基礎講座や各種航空機の説明、給油業務の手順などを、航空機の模型や映像を使って教わる。
また世界に1台しかないボーイング社が開発した「BOT(Boom Operator Trainer)」というブームオペレーター専用のシミュレーターも教育に使用。シミュレーター訓練は、まずその日の訓練内容のブリーフィングから始まる。
次に学生は、KC−767のブームオペレーター席と同じ仕様の座席に座り、教官がHMDにさまざまな機種の受油機、気象条件、時間帯の映像を流すので、それを見ながらジョイスティックを操作して給油作業を行う。
そして、最後はしっかりと振り返りと反省を行う。この一連のシミュレーション授業は1回約2時間ほどで、1カ月の間に十数回実施。その後BOT検定を受けて、合格者のみが実機訓練へと進むことができる。
実機訓練では、月に5回のフライトを経験する。シミュレーター授業のときは基本的な状況設定のみの学習となるが、実機の場合は、上空に飛んでみないと実際にどのような状況なのかは分からない。
両手を動かす操作要領が難しい上に、毎回、臨機応変な対応を求められるので、学生たちは訓練当初はかなり四苦八苦するという。
心身が安定し、常に冷静沈着であることが求められるこの実機訓練を経て、合格者がブームオペレーターの任務に就く。
輸送任務でも国際貢献を果たすKC-767
人員、物資の輸送のために世界各地へと派遣される
空中給油業務に脚光が当たりがちなKC−767だが、輸送任務でも大きく貢献していることを忘れてはならない。
2010年にハイチへの国連平和維持活動派遣に従事したのを皮切りに、13年のフィリピンでの台風被害に対する自衛隊の国際緊急援助活動で医療器具や医療スタッフを輸送し、ジブチには海賊対処活動の物資を輸送した。
最近では、ウクライナへの支援物資をポーランドへ輸送し、スーダンで紛争勃発時には邦人を避難させるためジブチへ飛ぶなど、グローバルな活動を行っている。
ウクライナへの支援物資の輸送任務に携わった飛行隊長の丹羽2佐は、「日本国民を代表して国際的な役割を果たせたことは、身に余る光栄でした」と語る。
コロナ禍での運航となったが、細心のコロナ対策の結果、1人の感染者も出すことなく、任務を完遂できて安堵したと、当時を振り返る。
国際貢献だけでなく、国内の災害派遣においても、11年の東日本大震災や16年の熊本地震などで、人や物の運搬を行い、重要な役割を担ってきた。
このようにさまざまな輸送任務を任されるのも、KC−767の航続距離の長さと積載量の大きさという特徴があってこそだ。
KC−767の航続距離は約7200キロメートルで、航空自衛隊の主力輸送機であるC−1の約1700キロメートル、C−130Hの約4000キロメートルよりはるかに長く、最新鋭のC−2の約7600キロメートルとそん色ない距離である。
また最大速度も、C−2の約マッハ0.82より速い、約マッハ0.84を誇る。
KC−767はC−2やC−130Hのような戦術輸送機ではないため、貨物を載せて上げ下げできる器材(ハイリフトローダー)がないと機内に物資を積載できないが、30トンの貨物が積載可能である上に、最大搭乗人員はC−2の110人に対し、200人。
その乗り心地も、改造前の母機が旅客機だったため、壁際の席を除けば、ほかの輸送機よりはるかに良いといわれている。
そうした航空機としてのスケールメリットを生かした能力の高さが海外でも高く評価され、12年には航空自衛隊機としては初めて、世界最大の軍事航空機エアショーであるイギリスの「ロイヤル・インターナショナル・エア・タトゥー」に招待され、これまで3度参加している。
また、日米豪の共同訓練である「コープ・ノース」をはじめ、世界各国の共同訓練や部隊間交流にも参加している。今後もKC−767が国際的なステージで活躍していくのは間違いない。
(MAMOR2023年8月号)
〈文/古里学 撮影/山田耕司(扶桑社) 写真提供/防衛省〉