•  70年以上、戦争を経験していないと国を守る意識は育たない、という意見がある。一方、教育なくして国防意識は生まれない、という意見もある。世界には義務教育の中に「国防」に関する授業がある国も多いという。

     どちらも正解だろう。いずれにしても教育は大切だ。歴史を学び、今の世界情勢を正しく学べば、自ずと国防意識は芽生えるのではないだろうか。そこで元海上自衛隊海将であり、教育者である太田文雄氏に、日本の国防教育について話を伺った。

    【太田文雄】
    元海上自衛隊海将。統合幕僚学校長、情報本部長などを歴任し2005年に退官。防衛大学校教授を経て、現在は公益財団法人国家基本問題研究所評議員兼企画委員(写真:編集部)

    世界でかなりの差がある国民の国防意識の差

    画像: 出典:陸上自衛隊ホームページより(https://www.mod.go.jp/gsdf/fan/photo/training/index.html)

    出典:陸上自衛隊ホームページより(https://www.mod.go.jp/gsdf/fan/photo/training/index.html)

     国によって国防に対する意識はどのように違いがあるのだろうか。世界各国の国防意識を調査・比較しているプロジェクト「世界価値観調査」が2017~20年に「もし戦争が起こったら国のために戦うか」という設問をしたところ、世界79カ国中「はい」という答えが最も多かったのはベトナムで96.4パーセント。85パーセントを超えるのは10カ国だった。59カ国は「はい」が半数以上で、ベトナム、中国、北欧諸国など、憲法で国防の義務を明記し、それに基づく教育を行う国は戦う意識が強い傾向が見られた。

     では日本はというと、「はい」が13.2パーセントと79カ国中最低、「いいえ」は48.6パーセントで6位という非常に低い結果であった。「分からない」と態度をはっきりさせない答えも38.1パーセントと世界で最も多かった。ただこの数字も時代の流れとその時々の自国を取り巻く国際情勢によって変化が現れる。多くの国はこの5〜6年で、国防意識が上昇している。世界の安全保障環境が混とんとしてきた証明だろう。

    国際的調査「世界価値観調査」に見る、国別の国防意識の差と地域の比較

     世界数10カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べ相互に比較する国際プロジェクト「World Values Survey」が2017〜20年に行った「もし戦争が起こったら国のために戦うか?」の調査結果を元に編集部でグラフを作成。調査は各国ごとに全国の18歳以上の男女1000~2000人を対象に意識調査が行われている。

     第2次世界大戦の敗戦国(ドイツや日本)は「はい」の比率が低く、「はい」の比率の高い国は近年も戦争や紛争が起こっていた傾向が見られる。この調査結果はロシアによるウクライナ侵攻以前のため、今、同様の調査をすると、少し違った傾向が見られるかもしれない。

    「もし戦争が起こったら、国のために戦いますか?」世界の解答は

    日本の回答

    画像1: 「もし戦争が起こったら、国のために戦いますか?」世界の解答は

    旧西側諸国(注1)の回答

    画像2: 「もし戦争が起こったら、国のために戦いますか?」世界の解答は

    注1:冷戦期から現代において、資本主義、自由主義、民主主義国家の総称。ヨーロッパの西側に多くの自由主義、資本主義国家があったことからこう呼ばれる

    旧東側諸国(注2)の回答

    画像3: 「もし戦争が起こったら、国のために戦いますか?」世界の解答は

    注2:冷戦期から現代において、旧ソビエト連邦(現ロシア)を中心とした社会主義などの国家のこと。ヨーロッパの東側に共産主義国があったことに由来

    アジア・オセアニア諸国の回答

    画像4: 「もし戦争が起こったら、国のために戦いますか?」世界の解答は

    国情を反映した徴兵制。復活させる国も出てきた

     このような国民の国防感や教育については、徴兵制の有無の影響も大きい。現在徴兵制を採用している国は64カ国。ロシア、中国、韓国をはじめ、北欧4カ国、北アフリカ、中南米など国際的な緊張関係にある国・地域が多い。このうちイスラエル、北朝鮮、マレーシア、ノルウェー、スウェーデンなどは、男女ともに兵役の義務がある。

     ウクライナはロシアのクリミア併合を受けて2014年に、フランスはテロをきっかけに18年に、スウェーデンも同年にロシアの圧力の高まりと移民の増加により徴兵制を復活させた。脅威の顕在化により徴兵制を再び採用せざるを得なかったのだろう。

     国によって細部には相違があるが、信仰上の理由などで兵役に就かない替わりに社会奉仕活動などに従事する「良心的兵役拒否」制度を法制化している国もある。一方で、北朝鮮とトルコは健康であればいかなる理由であれ徴兵を拒否できない。

     なおアメリカには徴兵制がないといわれるが、18〜25歳のアメリカ国民男性および永住外国人男性は連邦選抜徴兵登録庁への徴兵登録が義務付けられる制度になっている。

    徴兵制を採用している国家とその実情

     アメリカの情報機関である中央情報局(CIA)の調査によると、徴兵制を採用している国家は64カ国ある(国際連合加盟193カ国のうち軍隊を保有する169カ国で調査)。だがその実情は国によってさまざまだ。編集部が調べた世界の徴兵制度を紹介しよう。

     徴兵制のある国は、おおむね対象年齢になると自動的に兵役義務が生じるが、タイの場合はくじ引きで選ばれる。またシンガポールでは永住権を持っている者はすべて徴兵の対象となる。トルコと北朝鮮は健康であれば兵役を拒否できない国民皆兵制度を採用している。中国は志願兵が主となるが、徴収兵も計画的に集められている。

    国防意識が国で違う?世界の士官学校事情

    画像: ベトナム人民軍第7軍区士官学校で訓練を受けている女性新兵。被服の整頓など厳しく指導を受けながら規律正しい生活を送るのはどの国の士官学校でも共通している ©︎ vnexpress

    ベトナム人民軍第7軍区士官学校で訓練を受けている女性新兵。被服の整頓など厳しく指導を受けながら規律正しい生活を送るのはどの国の士官学校でも共通している ©︎ vnexpress

     一般国民への国防教育とともに、多くの国で行われているのが兵士に対する軍事教育。国によって教育体系の詳細は異なるが、基本的に新兵教育と、幹部となる軍人を教育、育成するための士官教育があるのは各国共通だ。

     その歴史について太田氏は「もっとも古い士官学校として知られているのが、1733年に設立された軍艦の士官を育成するイギリス王立海軍士官学校と、41年に砲兵と工兵の将校を養成するために設立されたイギリス陸軍の学校です。産業革命以降の兵器の近代化で、兵士に専門知識・技能が求められるようになった背景があります」と話す。

     軍隊の近代化に伴い、世界中に士官学校は設立されたが「アメリカ、イギリス、フランスなどの士官学校は生徒の自主性が高く、規律正しいなかでも自由な雰囲気があります。逆に社会主義国は教官が強圧的で学生を力で押さえつけているような印象です」と世界の士官学校を歴訪した太田氏。特に印象に残っているのは国防教育も盛んなベトナムの士官学校で、学生の国防意識が非常に高かったそうだ。また韓国の士官学校にも似たところがあり、臨戦態勢の国は学生から切迫感や強い国防意識が感じられるそうだ。

     最後に日本の高等工科学校や防衛大学校のような仕組みは世界の士官学校にもあるのか太田氏に聞いてみた。

    「士官学校には陸・海・空の『軍種別』と、軍種を統合した『統合型』、さらに長期の士官学校(約4年)で基本を教えた後、軍種別士官学校(約1年)での専門教育までをセットで行う『混合型』の3種類があります。

     高等工科学校は陸上自衛隊の曹養成を目的として10代後半の若者を教育する学校ですが、同じ年代を教育する軍学校としてはインドネシアやタイに士官予備校があります。防衛大学校と防衛医科大学校は4年(6年)の学生生活ののち、陸・海・空の各幹部候補生学校に進むため混合型の学校といえます。

     国ごとに教育方式は異なっていて、アメリカ、イギリス、フランス、韓国、ロシア、中国などは軍種別、カナダ、フィリピン、シンガポールなどは統合型を採用しています。即戦力を求めるか、ゆっくり時間をかけて育てるか、国情によって求められる人材が違ってくるのかもしれません」

    <文/古里学>

    (MAMOR2022年12月号)

    若者はなぜ国を守るための学校に入ったのか?

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