•  昨年、MAMORが実施したアンケート(※)の結果を見ると、日本の若者の国防意識は決して高くないようです。しかし、わが国にも、国防のために役立ちたいと10代から自衛官になるための学校に自ら入学する若者もいるのです。

    ※「日本が侵略されたら戦う?」戦わないは7割、若者の意識に変化はあったのか(2022-11-02配信)
     
     同年代の者が青春を謳歌する“遊び盛り”の若者たちが、なぜあえて苦難の道=厳しい訓練、団体生活、規則に縛られた生活を選んだのか。元海上自衛官の作家、時武里帆さんが学生の秘めた思いに迫ります。

    現場リーダーを育成する「陸上自衛隊高等工科学校」

    画像: 校舎の入り口には式典などを行う講堂と校風「明朗闊達(かったつ)・質実剛健・科学精神」が刻まれた石碑が

    校舎の入り口には式典などを行う講堂と校風「明朗闊達(かったつ)・質実剛健・科学精神」が刻まれた石碑が

     神奈川県横須賀市にある陸上自衛隊高等工科学校は、自衛隊唯一の中学卒業者を対象とした学校
    (男子のみの全寮制)。卒業後の任官を目指し、高校の勉強と合わせ自衛官になるための教育も受けている。

    現場で活躍する人材を10代から育てる学校

    画像: 「システム技術(増幅回路基礎)」の授業。教官である自衛官は自身の部隊経験も生徒に伝える

    「システム技術(増幅回路基礎)」の授業。教官である自衛官は自身の部隊経験も生徒に伝える

     陸上自衛隊高等工科学校は、中学校卒業生を対象にした高等学校卒業資格も得られる防衛大臣直轄の3年制の男子校だ。

     授業内容は普通科高校と同等の一般教育(英語や国語など)、工業高校に準じる専門教育、自衛官として必要な基本を学ぶ防衛基礎学などが行われる。3学年には関心・特性に応じた専門科目の選択ができ、2021年からはプログラミングや情報セキュリティーなどを学ぶ「システム・サイバー専修コース」が新設された。

    画像: 生徒にとって食事は楽しみの1つ。ご飯のおかわりはできないが、盛り付けは好きなだけすることが可能だ

    生徒にとって食事は楽しみの1つ。ご飯のおかわりはできないが、盛り付けは好きなだけすることが可能だ

     生徒の身分は特別職国家公務員で、月額10万3700円の手当と年2回の期末手当が支給。入学金や授業料、食費や居住費、制服などは全て無料だが、3年間を通して校内の学生舎での居住が義務付けられている。

    画像: 授業後の自由時間には、趣味や仲間同士の談笑など思い思いの時間を過ごすことができる

    授業後の自由時間には、趣味や仲間同士の談笑など思い思いの時間を過ごすことができる

     卒業後は陸士長に任官し、陸曹になる教育・訓練を経て3等陸曹になり、各部隊へと配属。生徒の中には防衛大学校や海上・航空各自衛隊の航空学生を受験する生徒もいる。

    高等工科学校生187人に聞きました

    画像: 高等工科学校生187人に聞きました

     志望動機について75パーセントが「自衛官になりたい」と回答。入学後に国防意識が上がった理由を聞くと、多くが自衛官になるための訓練を挙げている。小銃の貸与や射撃訓練など具体的な内容を挙げた生徒もいた。

    なぜ中学校を卒業してすぐに国防の学校に?

    画像: 隊舎で規則正しい集団生活を送る生徒たち。その素顔は街中で見掛ける10代の若者と変わらない

    隊舎で規則正しい集団生活を送る生徒たち。その素顔は街中で見掛ける10代の若者と変わらない

     卒業後は3等陸曹として陸上自衛隊に入隊できる高等工科学校。15歳で自身の人生における大きな決断をした彼らは、いつこの学校を志し、どんな思いで入学をしたのだろうか?3人の学生に話を聞くと、自衛官になりたいという目標だけではなく、そこには10代の青春をささげるに値する、さまざまな夢の道が広がっていた。

    「どんなつらいことがあっても筋トレと思い乗り越える」

    画像: 「どんなつらいことがあっても筋トレと思い乗り越える」

    【3学年 中川翔馬生徒(なかがわ しょうま)】
    2004年生まれ。20年入学の66期生。愛媛県出身。ドリル部(ライフル銃を用いて教練動作〈ドリル〉を美しいフォーメーションで見せる)に所属

    親元を離れた生活でくじけそうになった

     中川翔馬生徒は全学生のまとめ役・生徒会長(取材時)。人の役に立つ仕事に就きたいと考え、消防士か自衛官を希望していた。中3の進路選択時「そういえば、こんな人がいる」と父親から高等工科学校を出た従兄の話を聞き、この学校を知った。中川生徒は姉2人弟1人の4人姉弟。ここなら高校から専門的なことが学べ、親に学費の負担をかけずに済む。それが決め手で、自衛官の道を選んだ。「人と違うことができるのも魅力でした」と振り返る。

     親元を離れ愛媛県から出てきた当初は自信満々だったが、3日で帰りたくなった。きつかったのは何事も時間で管理される厳しい集団生活や先輩たちの指導。そして教育隊委員長(生徒は3つに分かれた教育隊に所属し委員長は各教育隊のまとめ役)を務めるにあたっては皆を取りまとめるのに悩んだ。先輩や職員から「同期への注意は上から目線にならぬように」と助言され、なんとか務めあげた。

     中川生徒のストレス解消法は筋トレ。「つらいことがあっても筋トレにぶつけます。デカくなった筋肉を見て『お、成長してるな』と」。休日は仲間とカラオケ店で尾崎豊の曲を熱唱する一面も。意外に古い選曲は姉の恋人の影響。中川生徒自身も彼女を作りたい気持ちはなくはないが今はそれより自分のことに集中したいという。

     現在、防大の推薦入試に向けて受験勉強をしながら、体力検定1級の取得も目指す。7月に行われた富士野営訓練では実戦に近い戦闘訓練を経験し、国防に対する意識も上がった。「電子戦に興味があるので、陸自でサイバー関係の任務に就きたい」と語る中川生徒。その目は希望に満ちていた。

    「憧れの兄を追いかけ同じ道へ。いつか兄を超えてみせる」

    【1学年 伊藤涼太生徒(いとう りょうた)】
    2006年生まれ。22年入学の68期生。宮城県出身。2つ上の兄を追いかけ、高等工科学校に入学。銃剣道部に所属している

    東日本大震災で被災。自衛隊を強く意識

     宮城県出身の伊藤涼太生徒は、2011年の東日本大震災時、小学校にも上がっていなかった。それにもかかわらず、当時の記憶は今もはっきり残っているという。

     石巻市に住む祖父母の家は津波に流され、仙台市に住んでいた伊藤生徒の一家も被災し自衛隊の支援を受けた。自衛隊の献身的な救援活動に心を打たれ「将来は自分も自衛官に」という気持ちを抱き始めた。高等工科学校に進むと決めたのは中学2年生の夏。先に入学していた2歳上の兄が別人のように立派になって帰省した姿を見て感銘を受けた。

    「今まではお互い子どもでよくけんかしていたのに、思いがけず大人の対応をされて、びっくりしました。こんなに変われるんだ。兄がかっこいいと思いました」

     自分も兄のようになりたい。気持ちを固め、憧れの兄を追って高等工科学校に入学。最初は同期との団体行動、コミュニケーションに苦労した。仲間内でもめごとが起こると、なるべく巻き込まれないように努めていた。

     伊藤生徒はどちらかというと一歩引いているタイプ。「自分だったらこうする。こうすればもっと良くなる」。頭の中でいつも考えて全体を見ていた。思いが報われたのは内務係(職員からの指示などを生徒に伝える係)の順番が回ってきたとき。3日間ほど教育隊の指揮を任され、その間は自分の考えで周りを動かせる。この期間限定の指揮権行使の機会に、日ごろの分析の成果を存分に発揮した。伊藤生徒のスムーズな指揮を評価してくれる仲間もいて「よし」と満足したという。

    兄を超える。決意と将来への強い思い

     地元で高校生活を送る友人と話すと「自分と全く違うな」と驚いた。しかし彼らをうらやましいとは思わない。まだ将来の道が定まらぬ不安を抱える彼らに対し、自分は卒業後は自衛官になるという道が定まっているからだ。授業で自衛隊の使命を学ぶうち「わが国の平和と独立を守る」国防意識も強まった。伊藤生徒にとって、高等工科学校は自身の青春を懸けるに値する学校のようだ。

    「この学校を選んで正解でした」と伊藤生徒は言い切る。格闘技が好きな彼の目標は、将来陸上自衛隊の格闘き章を着けること。そして自衛隊について調べるうちに興味を持った、陣地や障害の構築、道路敷設などを行う施設科の職種に進むこと。さらにもう1つ。兄がなれなかった銃剣道部の部長になること。
     
    「俺を超えろ」

     現在3年生の兄は違う区隊の模範生徒(1年生の生活指導をする生徒)である。憧れの存在である兄から出された課題に、伊藤生徒は全力で挑んでいる。

    「7人兄妹の長男として弟妹に強いところを見せたい」

    画像: 「7人兄妹の長男として弟妹に強いところを見せたい」

    【2学年 半井寛太生徒(なからい かんた)】
    2007年生まれ。21年入学の67期生。千葉県出身。7人兄妹の長男。バスケットボール部と英会話部に所属している

    最前線に配属される高等工科学校に関心

     自衛隊に興味があった半井寛太生徒が高等工科学校に入校する決意をしたのは、地方協力本部の説明会。一般の高校を卒業して自衛隊に入るより早く部隊で活躍でき、長く働けると聞いたからだ。

     学生舎の生活で行う日々の整理整頓や時間管理は得意だったが、きつかったのは食事だった。最初は味わう間もなくかきこまねばならず、気持ちが悪くなってしまった。出身地が違う同期の方言も、頭を悩ませた。しかし全国各地から集まっているだけあって、お国自慢など全国の話題には事欠かないのは楽しい。

     地元の元同級生と話をして驚かれるのは手当のこと。一般の高校生の収入源は主にアルバイトだが、高等工科学校の生徒は特別職国家公務員としての手当が毎月支給される。そのため貯蓄額も同世代の友人たちより多い。学費がかからないのも、入校を決めた理由の1つだ。

    「兄妹が多いですし自分は長男なので家族の負担を減らせると思いました。弟も高等工科学校に興味を持っているようで楽しみです」

    パイロットと学校長、2つの憧れの道のり

     自衛官になるための訓練では2年次に行われる小銃の射撃訓練が印象深い。まだ射撃姿勢を取るだけだが、自衛官らしい訓練だと思った。貸与された小銃は想像以上にズシリと重く、命に関わる責任の重さを実感したそうだ。

     好きな授業は体育と英語。男子校らしく体育の授業は皆本気だ。競技などは闘争心全開でぶつかっていく。英語は教官のジェスチャーを交えた授業が面白い。英会話部に所属し、洋画も好きな半井生徒は最近観た『トップガン マーヴェリック』の影響で、陸自のヘリコプターパイロットや空自の戦闘機パイロットに気持ちがグッと傾いた。「防衛大に進学して、空自のパイロットを目指したいと思うようになりました」。

     その一方で陸上自衛隊に進み、高等工科学校の学校長として母校に戻りたいという夢もある。現在の校長も前校長も高等工科学校の前身である少年工科学校出身。式典などでは学校長が一番輝いて見えたからだという。半井生徒は将来、陸自と空自、どちらの制服を着るのだろう。

    【時武里帆】
    1971年神奈川県生まれ。94年、海上自衛隊入隊。練習艦『みねぐも』(現在は除籍)に
    勤務後、退職。2014年小説家デビュー。最新作は『試練 護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧』(新潮社刊)

    <文/時武里帆(学生インタビュー)、古里学 写真/伊藤悠平>

    (MAMOR2022年12月号)

    若者はなぜ国を守るための学校に入ったのか?

    This article is a sponsored article by
    ''.