2022年春、新しく3匹の犬が航空自衛隊入間基地に入隊した。その警備犬の運用・管理を担当するのが警備犬管理班だ。
まっさらな新人犬は、人と一緒に遊ぶことから始め高度な任務を遂行できる警備犬になるまで、徐々に訓練のハードルを上げていく。ここでは、任務遂行に欠かせない実践的な訓練の数々を紹介しよう。前回は、Step.1「入隊式」からStep.4「警戒訓練」を紹介した。今回はStep.5「襲撃訓練」から。
入間基地に着任した新警備犬とそのバディ
2022年春に入隊した新人犬と担当ハンドラー(警備犬専属の担当者)。まだまだ失敗したり叱られたりすることもあるけれど、どの犬も訓練によってどんどん成長しつつある未来のホープだ。
警備犬 クロ
犬種:ジャーマン・シェパード・ ドッグ
年齢(取材時):2歳10カ月
性別:オス
性格:無邪気、ドジ
好きなもの・こと:コング(知育おもちゃ)
入隊日:2022年2月
【ハンドラー 鎌塚正敏】
階級:3等空曹
ハンドラー歴:2年
主な任務:クロ号の訓練のほか、車両係として車両の調整などを行う
相棒の第一印象:愛きょうがありつつも少し生意気な印象でしたが、あえて訓練・管理の難しそうなクロを相棒に選びました。神経質なところもありますが、最近はよくこちらの顔を見てくれるようになり、集中して訓練に臨めるようになっています。
警備犬 ジュリアス
犬種:ベルジアン・シェパード・ドッグ・マリノア
年齢(取材時):1歳11カ月
性別:メス
性格:甘えん坊
好きなもの・こと:ボール遊び、シャンプー
入隊日:2022年2月
【ハンドラー 河村慎吾】
階級:2等空曹
ハンドラー歴:13年
主な任務:ジュリアス号の訓練のほか、訓練係長として、全国のハンドラーに対する技術指導なども行う
相棒の第一印象:ジュリアスは人見知りで臆病な性格で、最初は寄り付かなかったりリードを付けようとすると逃げたりしていました。でもボールにいちばん興味を示したので「こいつは伸びる」と感じました。
警備犬 アネラ
犬種:ジャーマン・シェパード・ ドッグ
年齢(取材時):3歳2カ月
性別:メス
性格:元気はつらつ
好きなもの・こと:遊び、おもちゃ
入隊日:2022年2月
【ハンドラー 椎名拓弥】
階級:3等空曹
ハンドラー歴:2年
主な任務:アネラ号の訓練のほか、警備犬の管理および訓練
相棒の第一印象:最初に出会ったときの印象は「顔がカワイイ」です。初対面ですぐこの子と組みたいと思いました。最初のうちは甘やかしすぎて指示を聞かないこともあったので、最近は褒める・叱るにメリハリをつけるようにして訓練しています。
警備犬の教育・訓練の流れを紹介
Step.5 襲撃訓練:不審者に飛びつきかみついて制圧
襲撃訓練は、不審者を制圧するための訓練だ。ハンドラーの命令で犬は不審者の腕にかみつき、振り回されても離してはいけない。しかし、いったん「やめ」の命令が出たら速やかに攻撃を中止しなければならない。
訓練では不審者役に同じ部隊の隊員が扮しているが、かまれたときにやみくもに体を動かしていると犬の歯が折れたりすることがある。そのため犬を傷つけないように、なおかつ訓練の練度を上げていくのには経験とテクニックが必要なのだという。
Step.6 人員捜索訓練:嗅覚を活用して災害現場で行方不明者を捜す
犬の嗅覚の能力は人間の3000〜1億倍も優れているといわれ、それは高度な訓練によりさらに発達していく。この能力を生かして、潜伏している不審者や、被災地での行方不明者の捜索を行う。がれきや土管、タイヤなどが積まれた災害現場を模した訓練所に隠れた人間を、犬はハンドラーの命令により捜し出す。
がれきの下など外から見えない場合でも、犬はにおいだけを頼りに捜索し、見つけるとほえる。訓練を繰り返すことで、短時間で複数の人間を捜すことができるようになり、その犬の能力の高さは人間や機械ではとても太刀打ちできない。
Step.7 爆発物探知訓練:20種以上もの爆発物を嗅ぎ分ける
警備犬の優れた嗅覚は人員捜索だけでなく爆発物の探知にも活用される。爆発物探知訓練では5、6個の箱の中の1つに爆発物の臭気を発する袋を入れ、犬にそれを探知させる。
同じ嗅覚能力を使う任務でも、人員捜索の場合は発見時にほえるが、爆発物の場合は音を感知して起爆する爆弾もあるため、見つけたらその場で座るよう教え込まれる。
ひと口に爆発物といっても、黒色火薬、TNT、ニトログリセリンなど爆発物の種類によって臭気が違うが、訓練を積んだ警備犬では、20種類以上の爆発物を嗅ぎ分けることができる。
Step.8 ホイスト訓練:被災地に一刻も早く舞い降りる。最難関の災害救助訓練
警備犬の訓練の中で最高難度ともいえるのが、空中で停止(ホバリング)しているヘリコプターからつり上げ装置のホイストを使って警備犬とハンドラーが地上に垂直降下するホイスト訓練だ。
陸路が使えない状況でいち早く空から災害現場に到達するための災害救助訓練である。犬は元来足場が不安定な場所や未知の環境に恐怖を抱く。さらにヘリコプターから生じる爆音や暴風など、犬にとって不安要素ばかりに囲まれた中、ハーネスを装着しハンドラーに抱きかかえられ、15メートルの高さを降りなければならない。
訓練では、最初に地上に駐機したヘリコプターからのホイスト降下、次にヘリコプターに乗り込んでフライトし、着陸後ローターを回転させたままホイスト降下、最後に空中からのホイスト訓練という流れとなる。信頼関係はもちろん、大型犬を空中で保持する体力もハンドラーには必要となるため、ハンドラーは日ごろから体力錬成も欠かさない。
FINAL Step 任務開始
銃を構えながら前進するハンドラーの動きに合わせ、ぴったりと股下に寄り添う警備犬。日ごろの訓練のたまものだ。
救助犬の資格試験合格を目指して、特別訓練も実施
EXTRA Step RDTA訓練
警備犬管理班では、災害現場で警備犬がより高度な能力を発揮できるよう、毎年3回行われる国際救助犬連盟主催の国際救助犬試験を受験している。
試験は3つの難易度があり、最も難しい段階では1200~1500平方メートルの敷地内で30分以内に3人の行方不明者を発見しなければならない。犬の嗅覚や体力などだけでなく、ハンドラーの指示などの操作性や周囲の救助隊員とのチームワークなど、人と犬両方の能力の高さが判断基準となる難関だ。
この資格試験に臨むにあたり受験する警備犬とハンドラーは、長野県・八ヶ岳の麓にあるRDTA(NPO法人救助犬訓練士協会)の訓練センターで特別訓練を行っている。毎回5日間にわたり本番さながらの密度の濃い訓練が繰り返される。
<文/古里学 写真/増元幸司>
(MAMOR2022年10月号)