2021年9月から11月にかけ、陸上自衛隊の全部隊が参加して、過去最大規模の演習が行われた。「令和3年度陸上自衛隊演習(陸演)」だ。
1993年以来約30年ぶりという大規模演習で、九州や沖縄諸島などへの脅威を念頭におき、作戦開始前の「準備」に焦点を当て、約13万8000人の陸自隊員のうち7割以上、合計約10万人もの隊員が動員された「陸演」をリポートしよう。
陸上自衛隊演習「陸演」を行う意義とは?
「陸演」は、1982年に始まった、陸自全体が参加する訓練。過去10回以上実施され、内容は情勢に合わせて毎回定めているが、今回の「陸演」はこれまでのものとは規模も内容も大きく異なるという。果たしてどのような演習だったのだろうか。また、なぜ今、実施されるのだろうか。
いざというとき、大規模に部隊を動かせるのか?
陸自史上最大規模となった今回の「陸演」。南西方面に敵が侵攻する脅威が発生したという想定で実施され、九州に陸自の大部隊を展開。北海道・東北から1個師団ずつに加え四国から1個旅団の合計3個師・旅団、人員約1万2000人を長距離にわたり移動させた。なぜ今大規模な「陸演」を行う必要があったのか。主要な訓練・演習の計画を担当する、陸上幕僚監部運用支援・訓練部訓練課長の庭田徹1等陸佐に聞いた。
「今回のような規模の演習をなぜ今、行うのか、という点については、現在、日本を取り巻く安全保障環境が自衛隊発足以来最も厳しいといえる状況にあるということが挙げられます。このため、作戦準備を陸自全体で取り組み、即応性や、作戦運用の実効性向上を図ることに意義があると認識しています。また、ほかの軍事大国でも行われているような大規模な訓練を行い、対外的に自衛隊の対処能力や機動力を示すことによって抑止力の強化につながると考えています」
では、「作戦準備」の演習に焦点を当てたのはなぜなのだろうか。
「これまで陸自では、作戦準備は完了している前提で、主に攻撃や防御などの戦術行動を中心に演練してきました。しかし、準備がしっかりできていないと戦うことはできません。全国規模で作戦準備の演練を行うことで、より運用の実効性が向上したと認識しています」
史上最大規模の「陸演」。これまでとの違いは
今回の「陸演」では、具体的なテーマを持つ5つの訓練、「出動準備訓練」、「機動展開等訓練」、「出動整備訓練」、「兵站・衛生訓練」、「システム通信訓練」が並行して行われた。過去の「陸演」と比べ、どのような点が変わっているのだろうか。
「『平成31年度以降に係る防衛計画の大綱』にて示された『機動・展開能力』および『持続性・強靱性』の強化に資するよう、作戦地域で円滑に部隊を運用するための基盤整備、全国各地からの部隊の大規模移動、そして部隊出動前の準備を組み合わせた点が特徴です。
さらに、海上自衛隊の輸送艦や航空自衛隊の輸送機のほか、アメリカ陸軍の艦艇といった輸送力も活用し、大規模な機動展開や補給品などの輸送を実現させました。作戦準備は平時という位置づけであり、自衛隊だけでは大量の物資を運ぶ手段に不足があることから、民間の輸送業者約15社にも協力を仰ぎました。加えて、アメリカ軍より日米同盟を基盤とする支援を受け、陸軍の艦艇も訓練に参加しています」
また、防衛省がPFI事業方式でチャーターしている民間船『ナッチャンWorld』や『はくおう』も今回の陸演で活用。努めて実際的な演習が行われたといえるだろう。
コロナ対策を徹底し演習中のあらゆる事態を想定して計画
陸上幕僚監部や陸上総隊など中央の各組織と連携して、「陸演」の統裁や総合調整を担当した、陸上自衛隊教育訓練研究本部総合企画部総合企画課陸演準備室室長の田中広明1等陸佐はこう語る。
「このような大規模演習は近年類を見ず、蓄積された知見も少なかったため、実際に人員や物資を動かすことこそが陸演における大きな狙いでもありました」
訓練中に災害など不測の事態が起きても陸自として対処力を失わないよう、事前調整は綿密に行われたという。
「時季的に、台風による災害が発生することも十分予測されました。あらゆる状況に対応できるよう、事前にさまざまなケースを想定した計画を立てておきましたが、幸い大きな災害もなく、訓練もスムーズに進行できました。新型コロナウイルス対策にも注力しました。コロナ禍での行動を前提として織り込んだ計画を立て、その上で感染対策にも万全を期して演習に臨みました」
教育訓練研究本部は、陸自における教育や訓練評価、研究を一体化するための組織。「陸演」で得た教訓を国防に生かす重要な役割を果たすことになる。
「全国の部隊、予備自衛官、大量の物資を実際に動かした結果、机上の計画では分からなかったことが見えました。ここで得た成果や課題をとりまとめ、今後の国防に生かしていきたいと考えています」
<文/臼井総理 撮影/SHUTO 写真提供/防衛省>
(MAMOR2022年3月号)