•  生と死の狭間で、過酷な試練を乗り越え戦わなくてはならない兵士たち。彼ら彼女らのメンタルヘルスは、一般的なものとどのように違うのだろうか。かつて陸上自衛隊でメンタル教官として隊員の心のケアにあたり、退職後の現在もメンタルヘルスの専門家として活躍する下園壮太氏に話を聞いた。

    任務に「命をかける」からこそ必要なメンタルケア

     一般的なものと比較して、軍隊におけるメンタルヘルスケアの特徴は、どのような点なのだろうか。

    「軍隊のメンタルヘルスケアを行うために一番重要なことは、施術者に軍隊の経験が必要なことです。例えば、『頑張れ』とひと声掛けるだけの行為でも、一般的な心理療法士が口にするのと、軍隊に所属した経験を持つ心理のプロが声掛けするのとでは、全くの別物です。その理由は、軍隊の仕事がほかの一般的な仕事とは、全く異質のものであるから。

     最大の違いは、軍人たちが『命をかけて』仕事をしていることです。軍人のメンタルヘルスケアには、施術する側にも軍人としての要素が必要不可欠。軍隊においては、組織内部で心理のプロを育成する必要があるのは、このためです」

    “命をかけて”働く仕事といえば、警察や消防も含まれる。しかし、警察庁や消防庁にしても、メンタルヘルスケアへの取り組みは、防衛省のそれに遠く及ばないという。

    「自衛隊には、精神科医はもちろん、高い専門性を有する臨床心理士や、隊員へのカウンセリングを行える数百人規模の部内カウンセラーが所属しています。心理幹部という専門的な人材を育てている上に、外部カウンセラーまで招請していますから、その規模は隊員100人に約1人の割合といわれています。民間企業など到底かなわない数字です。

     では、なぜこれほど強固な態勢を取っているのかといえば、国防を担う組織のメンタルが崩壊したとき、その国は『終わる』からです」

    画像: 訓練検閲 ヘリボン行動(出典:陸上自衛隊HPより引用)

    訓練検閲 ヘリボン行動(出典:陸上自衛隊HPより引用)

     実際、警察や消防が機能しなくなった国というのは、世界にいくつか存在する。しかし、国を守る軍隊が機能しなくなった瞬間に、国は体を成さなくなるのだ。

    「国防とは、国民の生命財産を守ること。実は、戦争というのはどれだけ物理的に負けていたとしても、その国の軍隊が『降参』と言わない限り、国は存続しているものです。例えばベトナム戦争において、被害は圧倒的にベトナム側が大きかったのですが、彼らはゲリラ戦で戦い続け、決して『負けた』とは言わなかった。だから最終的には、アメリカが敗戦国となったのです。つまり、軍人のメンタルヘルスの堅持は、国家の存亡を左右する、国防そのものなのです。

     一般的なメンタルヘルスはあくまで個人の問題。軍隊におけるメンタルヘルスケアとの重要性の差は、言わずもがなでしょう」

    SNSなどによる心理攻撃から心を守るのが課題

    画像: 平成26年度米国における米陸軍との実動訓練・射撃訓練(出典:陸上自衛隊HPより引用)

    平成26年度米国における米陸軍との実動訓練・射撃訓練(出典:陸上自衛隊HPより引用)

    「もう1つ、軍隊におけるメンタルヘルスケアの大きな特徴は、そこに生と死が関わるがゆえに、宗教と非常に密接な関わりを持っていることです。

     アメリカ軍には、軍内部で聖職者として活動する軍僧、“チャプレン”という職種が存在するのは、よく知られた話です。一方、特定の宗教を持つ人が少ないといわれる日本人が、入隊して感じる強烈なストレスから己を守るために自然と生まれてくるのが、『みんなで頑張れば困難を克服できる」という、同僚との一体感や“絆”であるといえるでしょう」

     今後、軍隊におけるメンタルヘルスはどう変化していくのだろうか。

    「現代は、兵士全員がSNSを使い“発信”できてしまう時代です。情報の入手も容易。これは裏を返せば、巧妙な心理戦によって、兵士の戦意を喪失させることが充分に可能だということです。メンタルが弱まれば、根拠のない隠謀論をはじめ、敵からのメンタルへの攻撃のダメージを一層受けやすくなります。不安が強まることで仲間を信じられなくなり、兵士同士の疑心暗鬼も生まれやすい。軍隊の団結がいとも簡単に崩れてしまうリスクすらはらんでいるといえるのです。

     こういった、さまざまな情報からいかに兵士の心を守っていけるか。そういう意味で兵士のメンタルヘルスはますます重要になり、心の“保全”が、今後の課題となっていくと思われます」

    【下園壮太】
    陸上自衛隊初の心理幹部として、多くの自衛官のカウンセリングを実施。2015年に退官し、現在はメンタルレスキュー協会理事長として活躍。『とにかくメンタル強くしたいんですが、どうしたらいいですか?』(サンマーク出版)など、著書多数

    国守る隊員の心を守れ!

    <文/真嶋夏歩>

    (MAMOR2022年2月号)

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