•  陸上自衛隊には、地図を独自に作製して、それを必要とする部隊に提供する専門部隊があるのをご存じだろうか? 作戦で使用する「地図」には、国を守るための情報が満載なのだ。今回はそんな地図を作る、唯一無二の部隊を紹介しよう。

    地理情報隊の歴史が語る 自衛隊の地図情報の変遷

    画像: 演習場で測量を行う測図中隊の隊員(写真提供/防衛省)

    演習場で測量を行う測図中隊の隊員(写真提供/防衛省)

     東立川駐屯地(東京都)にある地理情報隊は、水陸機動団や第1空挺団などが集まる防衛大臣直轄の陸上総隊で、各部隊の情報業務を支援する中央情報隊に属する。その歴史は、自衛隊における地図情報の位置づけと重なる。

     戦前の旧日本軍の地図製作は、1871年からはじまり、84年に参謀本部測量局、88年に陸地測量部が編成され、日本における地図製作を担った。戦後は現在の国土地理院の前身である内務省地理調査所に引き継がれた。一方、現在の自衛隊の地理情報隊の前身は、警察予備隊福知山駐屯地の第502測量中隊と舞鶴駐屯地の第565地図中隊(いずれも京都府)が1954年の自衛隊発足を契機に統合し、防衛庁長官直轄部隊の第101測量大隊となったことに始まる。95年には、地図製作が紙からデジタルへと転換していくのに対応し中央地理隊へと改編、部隊内に電子地図中隊が設けられた。

    画像: 複製補給中隊では、ほかの中隊が作製した地図を、必要に応じて大型の印刷機で印刷。刷り上がった地図の印刷にズレがないかなど、細かくチェックする

    複製補給中隊では、ほかの中隊が作製した地図を、必要に応じて大型の印刷機で印刷。刷り上がった地図の印刷にズレがないかなど、細かくチェックする

     2007年には新たに発足した中央情報隊の隷下部隊である地理情報隊へと改編。単なる地形を表した地図に対し、地図上の自然物、人工物などのさまざまな情報を3Dなど先端技術を駆使して収集・分析した「地理空間情報(GEOINT)」を求められるようになったことを背景に、特定の地域が農地なのか工業用地なのか、交通の状況はどうなのか、といったデータを地図上に盛り込み、その地域の特色を明らかにする「地誌」の作製を行う地誌中隊を加える。そして10年には、それまで施設科職種だった地理情報隊は、新設の情報科職種へと移行する。

    機能別に分かれた中隊がそれぞれ専門任務を担当

    画像: 汎用大型トラック「3½トントラック」をベースに、パソコンや印刷機など、野外で地図作製作業を行えるようカスタムした「野外地図作成車」の内部

    汎用大型トラック「3½トントラック」をベースに、パソコンや印刷機など、野外で地図作製作業を行えるようカスタムした「野外地図作成車」の内部

     現在の地理情報隊は、地図・航空写真などの作製・補給、3Dモデルの作製、地誌資料の整備・提供や各種測量支援を行うことを任務としている。具体的には、演習や訓練、防衛警備、災害派遣など自衛隊が行動する際に現地の地図、海図、航空図、3Dモデル、地誌データなど必要な地図情報の作製と、それを各部隊へ提供する補給業務を行っている。

     その編成は、隊本部以下、航空写真を処理する「本部管理中隊」、紙地図の編集と測量を行う「測図中隊」、電子地図の編集と情報の更新を担当する「電子地図中隊」、地誌資料作製を専門とする「地誌中隊」、それらの地図を印刷して保管・提供する「複製補給中隊」と、機能別中隊で構成されている。

     市販されている地図の縮尺は2万5000分の1が一般的だが、自衛隊の場合、部隊の規模や所属、任務によって求められる縮尺や地域が違う。例えば中隊だと行動する範囲が限られているので、その狭い範囲の縮尺の大きい地図を用意しなければならない。またヘリコプターが着陸可能な場外離着陸場や任務に関連する建物などの情報を載せたり、任務を補助するために河川や高地を着色したり、3Dモデル化するなど、自衛隊だけに必要な情報が入った地図を作製する必要がある。なお電子地図が普及する今でも、現場ではデバイスの故障やバッテリー切れ、通信障害などが起こり得るので、紙の地図の必要性はなくならない。

    「われわれが作製した地図を、実際に現地で使用するユーザーは指揮官や部隊の隊員たちです。ユーザー目線を意識して地図の作製にあたっています」と話す仁科1尉

    「地図作製業務は非常に専門性が高く、高度な知見が必要なので、中隊ごとに専門的な任務に分かれています。特に10年から情報科職種となってからは、災害現場の3Dモデル化、訓練シナリオに応じた地図の作製といった、指揮官や部隊のニーズに即応することを求められています」と、隊本部第3科研究班長の仁科素良1等陸尉は地理情報隊の特殊性を語る。そのため最近では、長期的・体系的に専門知識を持つ隊員の育成を強化している。また国土地理院や民間の地図会社など外部とも連携し、最新技術を収集するようにしているそうだ。

    事態発生時に編成され、現場に駆け付ける地理分遣隊

    地図情報の更新のため、5年計画で全国地図を作製することも地理情報隊の業務。「5年経つと、建物や道路などがかなり変わります。経年変化はけっこう激しいです」と歌川2尉

     このように平素は各中隊がそれぞれの専門の技術、能力をもって地図、地誌の更新、整備に携わっているが、事態発生時、特に大規模災害が起こったときは、必要な機能を集約して「地理分遣隊」を編成し、特殊車両である野外地図作成車で現地に赴いて被災地の地図製作業務を行う。被災地では道路が寸断されていることも多く、現場に近づく別のルートを見つけたり、被災前と被災後の地図を重ね、どこを重点的に捜索すべきかなどを判断しなければならないので、現地で最新の状況をもとに早急に地図を作製しなければならない。

     車両の中には、パソコンや印刷機など地図作製に必要な器材一式が用意されており、迅速にその場で対応できるようになっている。実際に20年7月の熊本豪雨の際に分遣隊として派遣された第3科企画班の歌川泰弘2等陸尉は、「西部方面隊の災害派遣活動支援のため、東立川駐屯地から28時間かけて熊本駐屯地まで前進しました。それでも、災害対応に特化した地図を臨機応変に作製し、現場でそれが活用されているのを見たときは、大きなやりがいを感じました」と語る。

    ドローンを使った地図作製も

    駐屯地の航空祭に出向き、ドローンでの撮影支援を行ったという福本2曹。「本番の途中で映像が切れてしまう場面があり、何ごとにも絶対はないと改めて勉強しました」

     この災害発生時の地図作製に、災害用のドローンという大きな武器が加わった。18年に導入され、「令和元年台風19号に伴う災害派遣」のときから実際に運用が始まっている。このときドローンを操縦した本部管理中隊ドローン班の福本圭太2等陸曹は、「ドローンにより得た情報を地図に重ね合わせ被害状況を一目で把握できるような3Dモデルを作製するのですが、導入初期のころは訓練内容も手探りの状態で、民間の学校に行って操縦の仕方を学習し、部隊で知識を共有したりしていました。訓練内容を決め、安全に飛ばせる技術を獲得するまでにかなり時間がかかったと思います」 と当時を振り返る。

    画像: 「令和元年台風19号に伴う災害派遣」では地理情報隊として初めてドローンを運用。現場を上空から撮影し、被害状況の情報収集を行った。「撮影中はドローンが墜落するリスクに備えて救助作業を中断するため、迅速な情報収集作業が求められます。緊張感が高まる任務でした」と福本2曹は振り返る

    「令和元年台風19号に伴う災害派遣」では地理情報隊として初めてドローンを運用。現場を上空から撮影し、被害状況の情報収集を行った。「撮影中はドローンが墜落するリスクに備えて救助作業を中断するため、迅速な情報収集作業が求められます。緊張感が高まる任務でした」と福本2曹は振り返る

     現在ドローン班は、班長以下複数の組でローテーションできるように常時態勢を取っている。操縦士は技術の維持・向上のため、定期的にドローンを操縦しなければならない。21年の熱海市土石流災害のときにも、ドローン班が派遣された。

    「民間の最新技術の動向を踏まえ、今後は普段の地図更新でもドローンの技術を活用できないか研究中です。陸自においては現在、各種のシステムの統合が進展しており、今後は地理情報隊もリアルタイムで現場のニーズに応えることができるようになっていくと思われます」と仁科1尉は語った。

    (MAMOR2021年11月号)

    <文/古里学 写真/江西伸之 写真提供/防衛省>

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