地対空誘導弾ペトリオットを装備して、敵の航空機や弾道ミサイルからわが国を守る航空自衛隊の高射部隊。今回紹介する航空自衛隊高射教導群は、全国各地にある高射部隊を、ミサイル迎撃の精強集団へと文字どおり「教え導く」部隊で、高射部隊の戦術戦技に関する練度向上を支援するとともに、空自の高射部隊の最精鋭部隊として模範を示している。
そんな航空自衛隊高射教導群は、静岡県浜松市の浜松基地と北海道千歳市の千歳基地に所在する、航空戦術教導団隷下の部隊だ。今回マモル編集部は高射部隊の練度を上げる教導員を鍛えるための「教導能力向上訓練」を取材。教導員たちがどうやって訓練内容をチェックし、指導しているのかを紹介しよう。
模擬部隊のミスを見逃すな。目を皿のようにする教導員
高射教導群では、隊員を大きく2つのチームに分けている。部隊の教官役「教導員チーム」と、訓練する側の部隊を模擬する「模擬部隊チーム」だ。
教導能力向上訓練では、模擬部隊があらかじめいくつかの「ミス」を仕込んでおく。手順書などで規定された動作から逸脱したり、作業を続行すると隊員がケガをしかねないような間違いをあえて行ったりして、教導員がきちんとそれに気付き、指導できるかをチェックする。油断していると気付かないような細かいミスや、視認しづらい部分にミスを仕込み、教導員を試す場合もあるという。
この日の訓練の流れだが、まずはペトリオットの各種装備を適切な陣地に布置した状態から、撤収作業である「機動準備」を行い移動。再び陣地で各装備を布置しなおすという、一連の「陣地変換」を行う。その後、新たにミサイルを補充する「ミサイルリロード」に進む。
いよいよ訓練が始まった。模擬部隊の隊員たちが担当の装備へ走り、作業を始める。「●●開始!」、「●●よし!」などと、作業の指示や確認のために声を掛け合いながら、手を動かす隊員たち。一方、腕章を着け、チェックシートを準備した教導員たちも、担当装備やチェック対象の模擬部隊隊員ごとに分かれて展開。作業の邪魔にはならないが、確実に隊員の操作や号令をチェックできる位置を確保。模擬部隊の隊員が動くたびに、教導員も見やすい位置に移動する。
その目線は、鋭い。隊員の一挙手一投足を見逃さないようにと、目を皿のようにして見張っている。時折ペンを走らせ、何やらシートに書き込んでいる様子もうかがえる。インカムから流れる無線通信に耳を傾けている教導員もちらほら。こうした動きについて、教導員歴の長い隊員に聞いてみた。
「教導員同士は無線機で連絡を取り合いながら、ここでミスがあったので、このタイミングで止めて確認します、というような話を随時しています。1カ所を凝視するのではなく、隊員間のやりとりや、ほかの器材での作業にも注意を払わなければなりません」
「待て」のタイミングは早すぎても遅すぎてもダメ
発射機(LS)を見てみよう。トラックを連結し、ランチャー部分も下げ終え、作業は順調なようだ。あとはアウトリガーを畳めば終わり、となったそのとき、教導員の鋭い声が飛んだ。
「待て!」
同時に、アウトリガーを操作しようとしていた隊員の肩をポンとたたいた。LSに装備された、発射機を制御するためのアンテナが、きちんと収納されていなかったのだ。「このままアウトリガーを動かすと、アンテナを損傷する恐れがあります」。担当教導員は隊員とともに正確な手順を再確認し、作業の続行を命じる。「声掛けはタイミングが重要です。早すぎると『自分で気付いて手順を見直す』機会をつぶしてしまいますし、遅すぎると隊員の身に危険が及ぶ可能性もあります」。
続いて教導員の声が掛かったのは、アンテナ・マスト・グループ(AMG)の格納作業中。倒したマストに装着されているアンテナを、ある隊員が旋回させようとしたときのことだった。
「待て!」
別の隊員が、アンテナの下をくぐろうとしたのだ。万が一接続部分が折れるなどして落ちてくることもありうる。頭上にアンテナ・マストがあるときは、下にいてはいけないのだ。「隊員に危険が及びそうな場合は、早めに『待て』を掛けます」。同じ「待て」にも、操作手順ミスの指摘や、安全を守るための指摘、装備を壊さないための指摘などさまざまな意味合いがあるのだ。
続いて、射撃管制装置でも「待て」が発生。たわむ材質でできたホイップアンテナを収納しないまま車両を走らせようとしたのだ。長いアンテナを立てたまま走ると、アンテナを壊したりトンネルや橋桁に引っ掛けるなど大きなトラブルにつながる。教導員としても見逃してはならないポイントだ。
無線で状況を報告しあい全体の動きもチェック
ほかにも、教導員がそっとチェックをしていたポイントがあった。
ペトリオット・システムには、それぞれの器材を接続するための多数のケーブルが使われている。これらを動かすときは接地しないように持ち上げ、巻き取るときも複数の隊員で支えながら丁寧に行っていた。ケーブルを傷つけると通信や電力供給に支障が出ることもあるため、引きずらないようにするのだ。教導員は、こうした作業の細部にも目を光らせていた。
機動準備が終わり、いったん各車両は訓練場所から移動。再び、新たな陣地で装備を展開する。レーダー装置(RS)と電源車(EPP)を展開する作業中、教導員の動きが変わり、彼らの表情が険しくなる。ほどなく、声が上がる。
「待て!」、「待て!」
準備が終わったRSに、EPPから電力を供給しようとした瞬間だった。電源のパネルを操作し、送電を始めようとした隊員と、もう1人、器材の熱を逃がす「ファンドア」を開けるためにRSへと近づいた隊員の両方に「待て」の声が掛かった。RSは、目標の方向に合わせて回転する。電源を入れると隊員の意図とは別に急に動く恐れがあるため、隊員が離れた状態でないと送電してはならないという決まりなのだ。
「ここではRS、EPP担当の教導員のほか、全体の動きを確認していた教導員の3人が関わりました。彼らは無線で現在の状況をやりとりしながら、適切な『待て』のタイミングを計っていたのです」
慎重に、かつ素早く行う。ミサイルリロード訓練
ペトリオットではミサイル本体は露出せず、専用の箱型容器「キャニスター」に収納されている。搭載する弾種にもよるが、PAC−3の場合、1基の発射機(LS)には最大4つのキャニスターを搭載でき、1つのキャニスターには最大4発のミサイルが格納されている。つまり、LS1基につき最大16発のミサイルが発射可能なのだ。撃ち終えた後は、キャニスターごと交換する。
今回の訓練でも、陣地変換とともに「ミサイルリロード」、つまりミサイルの再装てんが行われた。訓練では、訓練弾(模擬弾)の入ったキャニスターを使う。
作業は、キャニスターを収納位置まで下げた状態のLSの横に、新しいキャニスターを積んだトラックが横付けするところから始まる。クレーン車で空のキャニスターを降ろし、ミサイル入りのキャニスターに積み替えるのだ。このとき、横付けするミサイル運搬車はできるかぎりLSに近づけ、曲がらず平行に止めるところもポイントだ。クレーンの長さには限界があるからだ。5人の隊員が連携してキャニスターをクレーンでつり上げようとしたとき、教導員の1人が大きな声を上げた。
「待て!」
教導員が制止したのは、作業の指示を行っていたクルーチーフ役の隊員。つり上げようとした際、キャニスターの前後方向の中心が取れておらず、このまま持ち上げるとキャニスターが大きく傾いて危険なのだ。1歩間違えば、隊員のけがや装備の損傷につながりかねないため、若干早めの「待て」コールとなった。その後教導員はポイントを手短に指導し、作業をやり直させたのだった。このミサイルリロードは、戦闘力維持のキーポイントとなるため、できるだけ作業は速いほうがいい。
「リロードについては一定の目標作業時間があります。安全確実かつ短い時間で作業ができるように部隊の教導を行うのも私たちの役目です」と別の教導員が教えてくれた。
実器同様の装置と画面で行う防空戦闘
訓練は屋内でも行われる。多数のモニターを備え、コンピュータで防空戦闘をシミュレートできる「PCOFT教場」に集合した隊員たち。複数個の高射隊を同時に指揮できる「情報調整装置」を持つ「指揮所運用隊」と、4個の「高射隊」に分かれて配置される。操作卓に座っているのが操作員、後ろに立って指示を行うのが各高射隊の「高射指令官」。さらにその後ろにはチェック担当の教導員が陣取る。隊員は隊員同士、教導員は教導員同士、それぞれインカムでつながり、連絡を取り合いながら戦闘訓練を進めていく。
教導員は、指令官の指示の内容や、言い方、用語の選び方などをチェック。操作員に対しても、操作の内容が指示と合っているか、ほかの隊員との連携がとれているかをチェックする。それぞれの担当職種や職位によってチェック内容も異なり、例えば高射群全体の統制や情報共有を行う指揮所運用隊の高射管制官を指導するのは、教導員の中でも幹部、特に教導隊長クラスの人物が務めることも多いという。あるベテラン教導員は、隊員同士の連携の重要性について、このように語る。
「高射隊では、1人だけで全ての操作をすることはできません。また、1つの高射隊単独で戦うこともほとんどありません。全てにおいて連携、意思疎通が非常に重要なのです。戦闘訓練では、主にこの観点に立って監督指導します」
同教導員によると、ペトリオットシステムの性能を最大限発揮できるよう各種設定を正確に行っているか、戦闘機部隊やほかの高射部隊としっかり連携しているかなど戦術戦技に関する事項を教えることは、高射教導群の重要な任務だと語ってくれた。
訓練内容を総まとめ。重要なデブリーフィング
訓練が一通り終わると、すぐに教導員たちが集まって教導準備を行う。まずは「とりまとめ」と呼ばれる会議があり、訓練でチェックした内容を各教導員が持ち寄ってまとめる。その結果をもとに、どのような方針で「デブリーフィング」を行うかを決める。
「各部署の状況、隊員たちがどんなやりとりをしていたかを確認し、評価内容の調整を行います。この場で、デブリーフィングに臨む際の台本や、プレゼン用のスライドなども同時に作ります。内容によっては、分かりやすく侵攻図などを入れて見やすくすることもあります」とベテラン教導員は言う。
教導員たちがとりまとめた評価や指導の内容は、被訓練部隊に伝えられる。どこがよくできて、どこが今後の課題かを示す。それが「デブリーフィング」だ。部隊側からも質問が飛ぶことがある。直接対面で行うのが基本だが、最近の情勢を鑑みてリモート会議形式で実施することもあるという。
今回取材した「教導能力向上訓練」の相手は、教導員を鍛える役割を担う模擬部隊だ。そのため、教導員を試すために仕込んでいたミスの確認など、教導員側の指導内容についても質問や確認があり、教導員側にもピリピリした緊張感が漂っていた。教導員たちは、自分たちが逆にチェックされたポイントを元に、さらなる「デブリーフィングの反省会」を行うこともあるそうだ。これで「教導力」を鍛えるための訓練が1つ、終了となる。
(MAMOR2021年9月号)
<文/臼井総理 写真/村上 淳>