自衛官といえども、入隊するまでは、例えば、親元から学校に通う学生など、普通の若者だった。どこにでもいる若者が、ひとたび事が起きれば身をていして人を助け国を守るための任務に就く。
そのための肉体的にも精神的にも厳しい訓練で、くじけそうになった彼らを支えたのは、教官や上司、先輩から送られた“言葉”だった。彼らを強くしたその言葉を集めてみた。
「常に全力」
訓練が終わった後、先輩から「今日は全力でやったか?」と聞かれました。私は「はい」と答えましたが心の中では「まだまだやれる」と思っていました。先輩が言いたかったのは、「何事も全力でやらないと周りの先輩たちに追い付き追い越すことはできない。今のレベルのまま後輩に追い越されていくだけだ」ということだと思いました。
好きで選んだ仕事なのに、なぜ全力を出せず自分に妥協してしまったのかと自分の甘さを感じました。その日から何事にも全力で取り組むようになり、それまでになかった達成感や充実感を得られるようになりました。(3等陸佐)
「海にはプールサイドはないんだぞ」
航空救難員になるための教育訓練で、装備を身に着けて長時間プールで立ち泳ぎをしていたとき、苦しくて無意識にプールサイドに手が伸びてしまいました。そのときに教官からこの言葉を言われ、実際の救助任務ではさらに要救助者を確保しながら泳がなくてはならないという厳しい状況を身をもって感じました。
無意識でも自分の中にあった甘さを自覚し、助けがない中でも任務を完遂しなくてはならないという責任感を持つことにつながりました。(2等空曹)
「『できない』とは言うな。『できる』手段を考えろ」
同時に複数の任務が入りそうになり滅入ったとき、上司から言われました。人はやすきに流れやすく、往々にして「できない」と言いたくなりますが、あらゆる手段を尽くして「できる」方法を追求する前向きな考え方に感銘を受けました。
この言葉を言われてから、常にポジティブな考え方で物事に取り組めるようになり、「あのときもっと頑張っていれば……」といった後悔をしなくなりました。(1等陸尉)
「油断大敵」
ヘリの操縦教育中に教官から、航空機の運航時に油が断たれることは死を意味する、という、一般的な使い方とは違う意味で大事な言葉だと教えられました。燃料や潤滑油などの「油」が無い、または不足している状態は整備不良を意味し、危険な状態にあるということをシンプルにイメージすることができました。
以降、飛行前点検や飛行中の計器点検で燃料や潤滑油について徹底的に点検することが習慣化し、パイロットになって20年間一度も油に起因するトラブルに遭遇したことはありません。(3等陸佐)
「お前の右手には何人の命がぶら下がってると思うんだ?」
ホバリング中の救難ヘリコプターで要救助者をつり上げる訓練中、ヘリを要救助者の直上に誘導するのに手間取っていたとき教官に言われた言葉です。強い風にあおられてただ焦ってばかりだった自分を落ち着かせるために、あえて厳しい言葉を投げかけられたように感じました。
燃料を多く消費するホバリングは長時間行うことはできないため、自分が手間取ればそれだけ1回の飛行で救助できる人数が減ってしまいます。この言葉を胸に、同様の状況でも風や周囲の状況を冷静に見ることができるようになりました。(3等空曹)
「まずは驚け。次いで対処しろ」
操縦の教育中に、先輩パイロットから言われた言葉です。緊急事態が突然発生したとき、驚くのは人間として当然の反応で、重要なのはその後いかに速やかかつ冷静に対処できるかである、ということを教えられ、感銘を受けました。日ごろから何かあったときは素直に驚くことで速やかに冷静な思考ができるコツとして心掛け、おかげで今までに遭遇した緊急事態にも冷静に対処することができました。(3等陸佐)
「人は転んだ時の起き方が最も大事」
自分が異動するときに、上司から体験談とともにこの言葉を贈られました。上官であっても失敗することがあり、そこから立ち直って今があるということに新鮮さを感じ、うまくいかないときや失敗したときはこの言葉を思い出して頑張っています。(1等陸尉)
「同じことを100回繰り返せ」
訓練中、なかなか正しい動きが身に付かず手間取っていると、上司にこの言葉で指導されました。何度も同じ動きを繰り返すことによって自然と身に付くことを実感し、以降、反復演練を繰り返し、できるまで頑張れるようになりました。(3等海曹)
(MAMOR2021年4月号)
※写真は全てイメージで文章の内容とは関連していません
<文/MAMOR編集部 撮影/近藤誠司>