開発中の製品呼称に「X」を付ける習わしは自衛隊にもあり、最近では「P-X」がP-1哨戒機、「C-X」がC-2輸送機として開発された。「X」を装備化するためには、試験機で性能を実証する必要がある。陸上自衛隊でその役目を担う部隊を紹介しよう。その名は「飛行実験隊」だ。
「UH-X」を例にして知る自衛隊新装備品導入までの流れ
自衛隊では、新しい装備の導入をどのような手順で行っているのか。2021年の運用開始を予定している、陸上自衛隊の新型ヘリコプター「UH-X」を例にとって説明しよう。
構想段階:「将来の部隊の戦い方」から導入する装備品の構想を練る
自衛隊が新たな戦車や艦艇、航空機などの装備を導入するまでには長い年月を要する。新装備の開発は、部隊運用上のニーズや、将来自衛隊がどのように戦うのかという「未来の戦い方」を研究することから始まる。
求められる運用をするため、どのような装備品を持ち、どのように部隊が編制されるのかという自衛隊の在り方そのものにまで踏み込んで考えていく。こうして策定された「将来の戦い方」において、開発が必要な装備品を見極め、それらの性能について概略をまとめていくのだ。
UH−Xは、現在陸上自衛隊で運用中の多用途ヘリコプターUH−1Jの後継機種であり、UH−60JAとともに使用されるべき航空機として構想された。UH−1Jより高性能で、部隊の空中機動や航空輸送、そのほかの各種任務と、多方面で使い勝手も良く、しかも比較的安価なヘリ。それがUH−Xの目指す姿だ。
研究段階:新装備品に必要な技術的研究を重ね、民間の成果も活用
研究段階では、構想段階から引き続きさまざまな技術的研究、運用面における研究が行われる。その際、防衛装備庁が一括して進めている基礎的技術の研究や、自衛隊や日本を取り巻く環境の将来像を想定し、先行して研究されていた技術のほか、民間企業による研究・開発の成果を活用。新しい装備品の開発に反映させる。
そして、装備品開発に向けた「装備研究」として、前段階でまとめた性能案の概略をもとに、新装備品への「要求性能案」を策定し、要求事項を固めていく。
UH−Xの場合、調達コストの低減や開発期間短縮などを狙い、民間機をベースに転用することを模索。開発事業者の選定は入札で決められるが、民間各社が提出した案を比較した結果、2015年7月、SUBARUとアメリカの航空機メーカー、ベル・テキストロン社との国際共同による案が選定され、本格的に開発がスタートした。
開発段階:部隊運用を見据えて、試作機を開発。各種試験を行う
開発段階に入ると、研究段階での成果を実際の機体に反映しつつ、装備品としての完成度を高めるため「試作機」を造る。製造は企業側で行われ、各種試験も企業側である程度実施される。
その後、企業による一定の試験をクリアした試作機は防衛省の手に渡る。UH−Xの場合、試作機は2019年2月28日に防衛省へと搬入され、各種試験が実施されることになった。
試験は、防衛装備庁が行う「技術試験(注1)」と、陸上自衛隊による「実用試験(注2)」の2つがある。
飛行実験隊が担当するのは、この実用試験だ。地上試験のほか、実際にさまざまな環境で飛ばし、装備品として「使えるか」を評価。同時に、防衛装備庁の技術試験に協力し、実際の飛行やデータ収集も行う。
(注1)試作された装備品が、設計に合致しているかを評価する試験
(注2)装備品が、使用目的に適合するかを評価する試験
運用段階:開発完了後は量産化され部隊配備、そして運用へ
こうしてさまざまな改良・改善を行い、開発が完了した装備品は、防衛大臣による「部隊使用承認」を得て、型番からは試作機を示す「X」が取れ(UH−X→UH−2)、 企業によって量産される。量産後は各部隊への引き渡しが行われ、教育・訓練、そして実際の運用段階に入る。
部隊での運用が始まっても、飛行実験隊の役割は終わらない。新機種について、各部隊から上がってくる技術的問い合わせに答えたり、部隊からの要望をまとめて上級部隊や防衛省・装備庁、企業に対する提案を行ったりする。ある程度運用が進んだ後に、改修に伴う試験、評価を行うこともある。
飛行実験隊は、陸上自衛隊で使われる航空機や、搭載される器材について、随一の知見を持つ。その知見をより円滑な部隊の活動や任務遂行に役立てるため、新型機の開発・試験以外にも、日々活動を続けているのだ。
これまでに飛行実験隊で試験を行った航空機
EC-225LP
<SPEC>
全幅:16.2m/全長:19.5m(寸法はローター回転時)/全高:4.97m/最大全備重量:11t/巡航速度:約280km/h/乗員:22人
主に天皇皇后両陛下や内閣総理大臣、国賓など、要人の輸送に使用される航空機。2006年から配備された。振動低減のためメインローターが5枚あり、機内が広く、最大20人の乗員を輸送することができる。
TH-480B
<SPEC>
全幅:9.8m/全長:9.2m(寸法はローター回転時)/全高:3.0m/巡航速度:約200km/h/乗員:4人
2013年から学生教育に使用されている、訓練用ヘリコプター。陸自のヘリコプターとしては珍しいブルーの塗装になっている。北宇都宮駐屯地(栃木県)や明野駐屯地(三重県)の教育機関に配備されている。
AH-64D戦闘ヘリコプター
<SPEC>
全幅:14.63m/全長:17.73m(寸法はローター回転時)/全高:4.9m/最大全備重量:約10t/巡航速度:約210km/h/乗員:2人
<搭載武器>
空対空ミサイル、空対地ミサイル、ロケット弾、機関砲
2005年に配備された戦闘ヘリコプター。ローター上部のロングボウ・レーダーにより、地上にある100以上の目標を探知できる。通称「アパッチ・ロングボウ」
現在、飛行実験隊が試験している航空機
UH-X試験機
<SPEC>
全幅:2.9m(ローター含まず)/全長:17.1m(ローター回転時)/全高:3.7m
UH-X技術実用試験機(供試機)として、企業から納入された1号機。取材時点では、UH-Xの試験機はこの1機のみ。エンジンの回転数や機体の振動といった飛行中のさまざまなデータを取得するため、センサーやデータ送信用アンテナなど、各種器材を搭載している。
OH-1試験機602号
<SPEC>
全幅:11.60m/全長:13.40m(寸法はローター回転時)/全高:3.80m/乗員:2人
黒白の独自のカラーリングが特徴的なOH-1観測ヘリコプターの試作機。OH-1は、地上にいる敵の探知を行う陸上自衛隊のヘリコプター。602号機は、飛行時に機体にかかる荷重や、振動を試験するために製造され、データ送信用のアンテナなどを装備している。
OH-1試験機601号
<SPEC>
全幅:11.60m/全長:13.40m(寸法はローター回転時)/全高:3.80m/乗員:2人
赤白カラーが特徴の、OH-1観測ヘリコプターの試作機。OH-1が1999年に運用開始されたことに伴い機体名からXが外されたが、今後の更なる試験・評価に備えて運用中。601号機は飛行性能特性を試験するために製造され、各種計測機器などを搭載している。
(MAMOR2021年4月号)
<文/臼井総理 写真/花井健朗>