•  開発中の製品呼称に「X」を付ける習わしは自衛隊にもあり、最近では「P-X」がP-1哨戒機、「C-X」がC-2輸送機として開発された。「X」を装備化するためには、試験機で性能を実証する必要がある。陸上自衛隊でその役目を担う部隊を紹介しよう。その名は「飛行実験隊」だ。

     新型装備品の開発が完了するまで、飛行実験隊では多種多様な試験を行い、内容を評価することを繰り返す。取材班は、実際に同部隊の飛行試験に密着。どのような手順で行われているのかを紹介しよう。

    1:飛行計画の作成

    試験全般の計画を練り、各方面と調整や申請などを行う

    画像: 飛行試験に備え、格納庫から明野駐屯地の滑走路脇エプロンに引き出されるUH-X試験機。1機しかない試験機の扱いは、ほかの機体にもまして慎重に行われる

    飛行試験に備え、格納庫から明野駐屯地の滑走路脇エプロンに引き出されるUH-X試験機。1機しかない試験機の扱いは、ほかの機体にもまして慎重に行われる

     飛行試験を行う前に、まず「どのようなデータが必要で、どのような試験をするのか」を定めた「試験方案(試験計画のこと)」を立案する。この試験方案に基づいて、飛行空域や使用する演習場の設定と調整、支援部隊との連絡などを行い、試験準備を整える。

     また、自衛隊機ならではの手順に国交省への「航空法適用除外申請」の提出がある。民間の航空機とは機体も与えられた任務も異なるため、自衛隊機は「空の道路交通法」ともいえる航空法の条件外で飛行することも多い。例えば、「地上からわずか数メートルの高度で飛行する」といった、航空法で定められた高度以下で試験を行う場合など、特殊な飛行を行うこともあり、この申請も必要不可欠なのだ。

    2:ブリーフィング

    行われる飛行試験の内容や、当日の注意事項などを確認

    画像: 飛行試験前のUH-X試験機のそばで最終チェックを行う、担当パイロットや整備員たち。機体の状態や進捗状況などをあらためて確認していく

    飛行試験前のUH-X試験機のそばで最終チェックを行う、担当パイロットや整備員たち。機体の状態や進捗状況などをあらためて確認していく

     飛行試験の前には、パイロットや整備員のほか、データ解析を行う隊員などが集まり事前ミーティング(ブリーフィング)が行われる。飛行経路や時間はもちろん、今回のフライトでの試験内容や、トラブルが起きた場合の対処などを確認する。

     試験機を準備した後、パイロットが乗り込む前にも、現場で整備員など地上要員も交えて再度直前のブリーフィングを実施する。何が起こるか分からない試験飛行だけに、慎重に慎重を重ねて打ち合わせを行う。

     パイロットが機体に乗り込み行う飛行直前のチェックも、通常の航空機の2倍くらい時間をかける。試験機だけに、チェックすべき項目自体も多い。

    3:試験開始

    いよいよ試験開始。フライト中はやるべきことが山積みだ

     飛行前のチェックが終わったら、いよいよ試験開始だ。試験は、事前に作成した試験方案に基づいて行う。大きく分けて地上試験と飛行試験があるが、飛行試験では、一般的なフライトとは大きく「飛び方」が異なるという。

     例えば、第一線部隊のパイロットの場合、安全に飛ぶことに加えて「敵に見つからないように」とか「時間内に到着できるように」など、与えられた任務を遂行することが第一となるが、試験飛行ではこれとは全く違うスキルが要求されるのだ。

     ここで重要なのは、何より「データを取ること」。自分なりに上手に飛べたとしても、必要なデータが取れなければ意味はない。担当するパイロットは、普段要求されないような「一定の速度で真っすぐ飛ぶ」、「一定の高度をキープし続ける」など、非常に限られた条件のもとで高い精度を要求されるのである。加えて、気象条件にも左右されやすい。ただ飛ぶだけなら余裕のある状況でも、試験飛行は中止されることも多いのだという。

     さらに、生まれて間もない航空機を扱うため、企業でも想定していない状況やデータがどんどん出てくる。飛行試験には、繊細な操作を行える技術と、鋭敏な感覚が必要とされ、着実にデータを取ることを要求される飛行実験隊のフライトは、ベテランパイロットであっても難しい。

    夜間飛行試験

    画像: 夜間飛行試験

     昼夜問わず任務を果たす自衛隊。当然、夜であっても任務に支障がないかテストを行う。計器類の動作や、暗くなってからの計器類の視認性など、部隊の使用に支障がないかをテストしていく。

    寒冷地飛行試験

    画像: 寒冷地飛行試験

     気温が低い状態は、航空機にとって過酷な環境。低温下ではエンジンは始動しにくく、機体に雪や氷が付着すると飛行性能も落ちてしまう。そこで、寒冷地でも十分な性能を発揮できるかテストする。写真はOH-1試験機602号機で行われた信頼性などの研究時のもの。寒冷地飛行試験は、真冬の北海道にて実施された。

    酷暑地飛行試験

    画像: 酷暑地飛行試験

     寒さも過酷だが、暑さへの対処も重要な試験項目の1つ。気温が上がると空気の密度が下がり、飛行特性にも影響を及ぼすほか、エンジン出力が下がることもある。写真はOH-1試験機601号機で行われた飛行試験の模様。沖縄県などの空域で行われ、エンジン出力や排気温度など、各種飛行データを計測した。

    任務適合試験

    画像: 任務適合試験

     自衛隊機は、単に飛べるだけでなく「隊としての任務に使えるか」といった能力も求められる。この「任務で使えるか」をみるテストが任務適合試験だ。任務で使用するさまざまな荷物を積んだり、不整地での離着陸を行ったりと実任務を想定した多種多様な試験を行う。写真は、武器を搭載する試験の一こま。

    その他試験

    画像: その他試験

     飛行実験隊では、試験機だけでなく、航空機に搭載する機器や、性能向上を図り改造を行った現行機の試験も行う。写真は、国際任務対応機(注)として改造された輸送ヘリコプターCH-47JAで行われた、フレア射出装置(多数の熱源を発射しミサイルの追尾を妨害する装置)の機能試験。

    (注)地域紛争に対処して国際社会の平和と安全を維持するため行われる国際連合平和維持活動(国連PKO)や海外の大規模な災害に対応する国際緊急援助活動といった、海外派遣などで使用することを想定して改良が加えられた機体のこと

    4:機体のモニタリング

    飛行中の機体から得られるデータをパイロットと共有

    画像: モニター室にて、飛行中の試験機から送信される各種データをモニタリングする隊員たち。取材時のUH-X飛行試験では、メーカーから派遣された技師も参加していた

    モニター室にて、飛行中の試験機から送信される各種データをモニタリングする隊員たち。取材時のUH-X飛行試験では、メーカーから派遣された技師も参加していた

     試験飛行では、数多くのデータを収集する。例えば機体性能の試験では、稼働中のエンジンの出力や排気温度、飛行高度など。機体の特性試験なら、飛行時の機体の傾きや、パイロットが操作したかじのデータなどを取得する。

     飛行中の各種データは、機内に搭載された装置に記録されるほか、試験機の「テレメータ送信機」を経てアンテナから発信された電波によって地上にも送られ、地上では受信したデータをリアルタイムでモニタリングしている。パイロットが機上で見ている計器類よりも多くのデータを確認することができるため、パイロットが気付かないような情報をいち早く得てパイロットの判断をサポートしている。

    5:デブリーフィング

    新多用途ヘリコプターを運用する部隊のことを考え、徹底的に問題点を洗い出す

    画像: 各部署の隊員らが集まり、試験結果を振り返る。得られたデータだけでなく、各担当者の観点から気付いた点を積極的に発表して全員と共有する

    各部署の隊員らが集まり、試験結果を振り返る。得られたデータだけでなく、各担当者の観点から気付いた点を積極的に発表して全員と共有する

     飛行後に行われるブリーフィング(デブリーフィング)では、実施した試験の内容や得られたデータ、さらに担当者が気付いたことなど、徹底して確認が行われる。印象的だったのは、皆が「運用部隊が使う姿」を想定して議論に及んでいたこと。各隊員による自分なりの着眼点や改善案が、どんどん出てくるのだ。こうして長い時間をかけ、闊達な意見交換や疑問出しが行われていく。

    6:試験データの解析・評価

    各種器材で集めた情報を解析し、今回行った試験内容の評価をする

    UH-Xに搭載される「フライト・データ・レコーダー」。機体各所に配されたセンサーからデータを収集している

     試験飛行後、機上の計測装置や、飛行中のパイロットによる操作や機体の状態を記録する「フライト・データ・レコーダー」からデータを抜き出し、数値解析用のソフトウエアなどを用いて、必要なデータ処理・分析を行う。

     こうして処理した定量的なデータに加え、飛行を担当したパイロットや、整備員たちから得られた感想などの「定性的データ」も交えながら、実施した試験の評価を行う。

     評価は、あらかじめ設定した基準を満たしているかどうかで確認する。もしも、求められる性能が得られていないと判断された場合、試験方式などに問題がないかなど徹底的に検討を行い、それでも問題点が見つかれば、装備庁や企業に対策や処置を検討するよう要請を行う。

    (MAMOR2021年4月号)

    <文/臼井総理 写真/花井健朗>

    Xを実証する熟練集団、その名は

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