沈没した潜水艦から乗員を救出することを任務とした潜水艦救難艦。
深海に沈んだ潜水艦の最後の希望であり、大規模災害が発生したときにもいかんなく力を発揮する。また日本だけでなく、要請があれば他国の潜水艦事故に対して出動することもあるという。
大砲や魚雷などの兵装を持たない海上自衛隊の潜水艦救難艦『ちよだ』は、特殊な装備品を搭載し、救出活動に特化した構造となっている。「助ける」を最大の武器にした『ちよだ』の特徴を解説する。
望まれれば他国にも救難に向かう、遭難した潜水艦乗員の最後の命綱

潜水艦救難艦の任務は3つ。主任務は、遭難した潜水艦からの乗員の救出だ。それは日本の潜水艦に限らず、要請があれば他国の潜水艦も対象になる。
2つ目は大規模災害が発生したとき、現地に向かい被災者の収容や医療支援を行う。
3つ目は潜水艦の訓練時の支援。具体的には、修理した潜水艦の海上確認運転の際の警戒活動や、潜水艦の魚雷発射訓練における魚雷の回収作業などだ。
こうした多目的な任務に対応する潜水艦救難艦は現在、横須賀基地(神奈川県)を母港とする潜水艦隊第2潜水隊群所属の『ちよだ』と、呉基地(広島県)が母港の第1潜水隊群所属の『ちはや』の2艦がある。
2018年に就役した現在の2代目『ちよだ』は、00年に就役した2代目『ちはや』と全長、最大幅とも同サイズだが、搭載している各種装備品が最新型にバージョンアップされている。
潜水艦の乗員にとって命綱ともいえる潜水艦救難艦だが、幸いなことにこれまで日本での潜水艦遭難事故への出動例はない。
05年にロシア海軍の深海救難艇が航行不能となった際に先代『ちよだ』が派遣されたが、自力浮上したため救難活動は行われなかった。また01年のえひめ丸事故(注1)では、『ちはや』が船内の捜索や遺体の収容に参加している。
「こうした過去例からも分かるように、潜水艦救難は国際的な取り組みであり、近隣諸国の潜水艦が遭難した場合、本艦が救難活動を行うことは当然あり得ます」
そう語る『ちよだ』艦長の喜多村1等海佐は、多国間の協力の必要性を実感するという。そのため、4年に1度行われる「パシフィック・リーチ」(注2)という多国間潜水艦救難訓練にも参加している。
(注1)2001年2月10日に、ハワイ州オアフ島沖で愛媛県立宇和島水産高等学校の練習船『えひめ丸』が、緊急浮上したアメリカ原子力潜水艦『クリーンビル』に衝突され、
沈没した事故。乗員35人中9人が行方不明となった
(注2)日本、オーストラリア、韓国、シンガポールが持ち回りで開催しており、アメリカやマレーシアのほか、オブザーバーとして約20カ国が参加している
潜水艦救難艦『ちよだ』の装備品を解説

潜水艦救難艦『ちよだ』<SPEC>基準排水量:5600t 全幅:20m 全長:128m 速力:約37km/h 深さ:9m 喫水:5.2m
A:艦橋

艦の操縦などを行う場所で、艦長の指揮所となる。
『ちよだ』の艦橋には、GPSを使って位置を特定し、常に艦首の方位をプラスマイナス5度以内、艦位を半径15メートル以内に保持する「自動艦位保持装置」が備わっている。
これにより、海中で作業するダイバーや深海救難艇などが浮上しても艦を見失うことがない。
B:DSRV電池室
『ちよだ』のDSRV(深海救難艇のこと)の電源はリチウムイオン電池が使われており(『ちはや』は酸化銀亜鉛蓄電池)、その電池を格納する部屋がある
C:潜水艦乗員用艦上減圧(再圧)タンク

潜水作業中に急速に浮上すると血液内の窒素が気泡化して体を傷つける潜水病にかかることがある。その場合、この減圧(再圧)タンクで再圧治療を行う。
遭難潜水艦から救出・脱出した乗員の治療に使うことも想定している。
D:飽和潜水(注3)用艦上減圧(再圧)タンク

水深100メートル以上潜水する飽和潜水員には、体に過度の水圧がかかってくる。そのため潜水前にこの減圧(再圧)タンクで加圧して、あらかじめ水中の水圧と同じ気圧に体を慣らしてから水中に入る。
高圧下では空気中の窒素が体内に溶け込んで障害を引き起こすため、減圧(再圧)タンク内には体内に溶け込みにくいヘリウムと大気の混合ガスが充満している。
(注3)深海の水圧に耐え、長時間作業ができるよう、高い圧力環境を再現・維持できるカプセルに入り、作業現場と同じ圧力までカプセル内の気圧を上げて高圧下に順応したのち、水中へと移動する潜水技術のこと
E:医務室

診療室、手術室、2つの寝室からなる医務室。

手術台が2台あるほか、10人までの患者を収容することができる。
F:飛行甲板(ヘリポート)
『ちよだ』後部甲板には掃海・輸送ヘリコプターのMCH-101が発着できるヘリポートがある。医務室からの通路とエレベーターが直結しており、患者を素早く運び込むことができる。
G:潜水艦乗員居住区
救助された潜水艦の乗員が一時的に居住するための、3段ベッドが置かれた部屋。幹部用の2段ベッドが置かれた部屋もある。
H:機関室

艦を動かす中枢のコントロールルームである機関室。艦橋がハンドルだとすれば、こちらはエンジン機能をつかさどる。

モニターや各種計器類で艦内のエンジンや発電機、ポンプなどを監視するのはもちろん、火災や浸水が発生してもすぐに分かるようなシステムになっている。
I:ROV格納庫
無人で深海を探査する遠隔操作無人探索装置(ROV=Remotely Operated Vehicle)の繊細な機能を守るために、格納庫の中は一定の低温度に保たれている。
出動するときは、格納庫から引き出し、架台につり下げてげん側から水中に投下し、切り離す。
【ROV】
<SPEC>全幅:約1.9m 全長:約3m 高さ:約1.9m 重量:約3.8t 速力(前進):約7.4㎞/h 潜航深度:2000m カメラ:6台 水中投光器:7台 ソーナー:マルチビーム(前方)、スキャニング(後方)
J:PTC格納庫
飽和潜水員が『ちよだ』から遭難潜水艦まで搭乗する人員移送用カプセル(PTC=Personnel Transfer Capsule)は、DSRVのすぐ後方に格納されている。
DSRVと同じく艦底のセンターウェル(ハッチ)を開いて、そこから水中へと降下していく。
【PTC】
<SPEC>直径:約2m 高さ:約3m 乗員:3人
K:DSRV格納庫

深海救難艇(DSRV=Deep Submergence Rescue Vehicle)は艦の中央よりやや前方に格納されている。

出動するときは格納庫よりスライドさせて艦艇中央部にまで移動。

乗員はDSRV上部から搭乗し、その後『ちよだ』艦底の「センターウェル」(注4)と呼ばれるハッチが開いて水中に潜航していく。
(注4)『ちよだ』は、DSRVが艦底から発進するため、船の背骨ともいわれる「キール(竜骨)」がない。そのため艦内に鉄骨を組み合わせて艦艇全体を支える特殊な構造になっている
【DSRV】
<SPEC>基準排水量:45t 全幅:3.2m 全長:12.4m 高さ:5.5m 速力:約7.4km/h 航続時間:5時間 操縦者:2人 収容人員:16人

【ラムテンショナー】
DSRVとPTCをつり下げるための装置
【ウインチ】
ROVの上部に取り付けられたケーブルを巻き取ることで、つり上げやけん引ができる装置
【スタンスラスター】
艦を横に動かすために必要な、艦尾に設置された推進装置
【機械室】
エンジンや発電機など、艦の動力源が置かれているスペース
【スタビライザー】
艦底近くの両げんに魚のひれのように突き出した金属板で、航行時の揺れを最小限に抑える装置
【バウスラスター】
艦を横に動かすために必要な、艦首に設置された推進装置
(MAMOR2025年11月号)
<文/古里学 写真/増元幸司 イラスト/坂本明>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです





