そもそも国の主権が及ぶ領域というのは、どのように決まるのだろうか?
自衛隊が守る日本の領域について理解を深めるため、海洋政策や海洋安全保障などを専門とする東海大学の山田吉彦教授に話を聞いた。
国際的に認められた日本の領域イメージ

防衛省の資料を元に編集部で作成
日本の国土面積はドイツやベトナムとほぼ同じ約37万8000平方キロメートルで世界61位の広さだ。しかし排他的経済水域と領海を合わせると、その面積は約450万平方キロメートルで世界で6番目の広さとなる。
国の領域を構成するのが、領土・領海・領空と排他的経済水域。「防空識別圏」とは他国の侵入に備えるため国が領空の外側に設定する警戒空域で略称は「ADIZ」。
国際法で認められたものではなく、日本を含め各国が独自に設定をしている。「特定海域」は国際交通の要衝となる海峡での自由な航行を確保するもの。
国を守る防衛線である国境を明確にする「領域」とは?
領土・領海・領空の全てが「国の領域」とされる

領域は「領土・領海・領空」で構成される。それ以外の公海および大気圏外は特定国家の主権が及ばない人類共通の財産で、原則として通行は自由となる。主権には、ほかの国に支配されたり干渉されたりしない権利や、ほかの国と対等である権利などがある
国の領域は陸地の「領土」、領土周辺の海洋「領海」、その上空「領空」の3つからなる。このうち領土とはその国の法の支配が行き届き統治されている地域のことで、統治の範囲内であれば無人島もその国の領土とされる。
領海は領土の沿岸から12海里以内(約22.2キロメートル)(注1)の海域のこと。沿岸は最干潮時の海岸線が基準だ。そして領空はこの領土、領海の上空部分にあたり、大気圏外は含まれない。高度80~120キロメートル上空までがその国の領空とされ、宇宙にはその国の主権はない。
この領域の境界が国境だが、その起源は主権国家の概念が生まれた1648年のウェストファリア条約(注2)とされ、国家は自らの領土、国民に対する権利と責任を持ち、それを守るため国家間の領土問題が生じてくる。
(注1)海で用いる長さの単位のこと。1海里は約1852メートル
(注2)1618年にドイツのキリスト教新旧両派の宗教内乱からヨーロッパの各国が介入して国際的な戦争となった「三十年戦争」の講和条約。国家における領土権、領土内の法的主権などが確立された。
領海と密接に関係する排他的経済水域とは?
領海という考えが生まれたのは18世紀初頭で、自国内に侵入しようとする艦船を砲撃する大砲の射程から当時は沿岸から3海里(約5.6キロメートル)とされていた。現在は1994年の国連海洋法条約の発効から12海里以内と決められ、全ての国が航行可能だ。
さらに領海の外、沿岸から24海里(約44.5キロメートル)までは「接続水域」とされ、その国の国内法が及ぶ海域としている。接続水域も基本的に公海と同じで、全ての国が航行できる場所。だが、伝染病や犯罪者などが領海に侵入してくることを防ぐエリアとして規制や警告をする権限がある。
さらに国連海洋法条約に基づき接続水域の外側、沿岸より200海里(約370キロメートル)までを「排他的経済水域(EEZ)」と設定できる。EEZ内では沿岸国が海洋資源の調査・開発や漁業などを自由に行え、これらを保護する義務も生じる。他国の船舶や航空機の通航を禁止することはないが、他国が海洋調査などを行う際は沿岸国の同意が必要な区域である。
国際海洋法における海域の区分

領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)を図式化したもの。EEZは沿岸より200海里内だが、それより沖合に大陸棚(陸地の周辺に広がる平らな海底の地形)が広がっている場合、国連の審査により認定されれば350海里まで権益を拡張することができ、日本は2012年に拡張が認められている。
現在の日本の領域は、いつどのように決まったのか?
サンフランシスコ平和条約で決められた

1951年9月8日、48カ国との平和条約に署名する吉田茂首相(当時)。締結した場所から「サンフランシスコ平和条約」と呼ばれ、正式名称は「日本国との平和条約」という 写真/Artanisen
山田教授によると「現在の日本の領域は、日本が決めたものではありません。また国内法でも規定はありません。では誰がどうやって決めたのか。1952年に発効されたサンフランシスコ平和条約(注3)によって決められたのです」ということだ。
第2次世界大戦前の日本は台湾や朝鮮、サハリンなどを植民地とし、南洋諸島を委任統治領(注4)にするなど、広大な領域を勢力圏に置いていた。
しかし終戦後、各国間で領土や賠償について協議が重ねられ、日本の場合は43年のカイロ宣言(アメリカ、イギリス、中国が対日戦争の方針と戦後処理方針を発表したもの)で、第1次世界大戦後に獲得した太平洋諸島や台湾、満州などの放棄・返還が求められ、最終的にサンフランシスコ平和条約で日本の領土が定められた。
(注3)第2次世界大戦中、日本と戦争状態に入った連合国48カ国の代表と終戦後に交わした調印で日本が主権国家として独立を回復した。この条約で、日本は朝鮮の独立を承認し、台湾・澎湖島(ほうことう)、千島列島・南樺太を放棄することを規定している
(注4)第1次世界大戦後、国際連盟に委任された国家が一定の地域を統治した領地のこと
領域(領海・領空)侵入とはどのような行動なのか?
悪意を持った侵入が領海・領空侵犯となる

潜水艦が他国の領海内を通過する場合は、浮上して国旗や軍艦旗を掲げての航行が国際ルールとなっている。そのため潜没して通過した場合は領海侵入となる
航空機が他国の領空内に入る場合は、事前に国籍や飛行経路、目的地などを記した飛行計画の提出が義務付けられている。
これを怠り領空内に入るのは国際法違反で最悪の場合、武力攻撃される恐れがあり、近年の事例として2015年にトルコとシリアの国境付近でロシア空軍機がトルコ軍に撃墜された事件がある。領空侵犯に対し、わが国では領空周辺を囲む形で「防空識別圏」を定めている。これは対領空侵犯措置を実施するため、防空上の観点で設定している。
一方領海は、全ての船舶には「航行の自由」があり「無害通航権」が国際的に認められている。そのため領海内はたとえ他国の軍艦といえども、通過を妨害することはできない。
「ただしそれはあくまで悪意のある行為を行わない限りで、武力による威嚇・攻撃、軍事訓練、害を及ぼす情報収集・調査活動、漁業活動や測量などは領海侵入とみなされます。通過に際し害を及ぼさないことを示す意味でも、不審な行動は起こさず通過することが決まりです」と山田教授は説明する。
※潜水艦が他国の領海内を通過する場合は、浮上して国旗や軍艦旗を掲げての航行が国際ルールとなっている。そのため潜没して通過した場合は領海侵入となる
山田吉彦氏
【山田吉彦氏】
1962年、千葉県出身。東海大学海洋学部海洋理工学科教授。海洋政策、海洋安全保障、公共経済学などが専門。著書に『日本の領土と国境』(小社刊)などがある 写真/本人提供
<文/古里学 写真提供/防衛省(特記を除く)>
(MAMOR2025年5月号)
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

