必要最低限の道具と、自らの体だけを頼りに登山する「サバイバル登山」を提唱する登山家に、自衛隊のサバイバル訓練の意義や、私たち一般人にも生かせる「サバイバル術」を聞いた。
自然のままの山を自分の力だけで登る

北海道の増毛山塊をサバイバル登山中の服部さん。食料と燃料を現地で調達するため、荷物が軽くなり、安全にスピーディーに行動できるそう 写真/亀田正人
登山家の服部文祥さんは、独自の登山スタイルである「サバイバル登山」を実践している。文明の力に頼らず、自分の力にこだわり、登山道や山小屋なども人工的な要素なので、できるだけ使わないというサバイバル登山に行き着いたきっかけは、フリークライミングの思想に触れたことだと服部さんは言う。
「フリークライミングは、人間の力だけで、余計な道具を使うことなく岩を登るというもの。自然のままの岩を自分の力だけで登ることに、面白いな、創造的だなと感じたのが始まりです。それを、自分のフィールドである登山に応用したのがサバイバル登山です」
服部さんは、装備をできるだけシンプルに、最小限に抑える。ナイフ、鍋、ロープにタープ、釣り具。基本的な装備は10キログラムにも満たない。狩猟期には、これに猟銃と弾薬が加わる。燃料、食料は基本的に現地で調達するが、1日あたり米400グラムと調味料は持ち込む。
「全て現地調達することも可能ですが、それだと生きるだけでギリギリ。きちんと自分の能力を発揮できる状態を保つには、最低限の米は必要ですね。調味料を持っていくのは、取った食材をおいしくいただくため。動物にしろ植物にしろ、命をいただくからには、せめておいしくいただくのが礼儀です」と服部さんは語る。
自衛隊のサバイバルも隊員の能力はキープ

防衛省公式サイト(https://www.mod.go.jp/gsdf/fan/photo/training/index.html)より
自衛隊でも、サバイバル能力を身に付けるための訓練が行われているが、目指すところは服部さんの「サバイバル登山」と同じだという。
「自衛隊のサバイバル術は、単に生き延びるというだけではなく、国を守るため、戦闘に勝つために体の能力を維持することが本質。その点では、私のサバイバルに対する考え方と共通する部分があります。
仮に孤立して補給が受けられない状況にあっても、自分の健康を維持して戦い続ける。それが自衛隊によるサバイバル訓練の意義なのでしょう」
また服部さんは、極限状態をあらかじめ体験しておくことは、精神的な強みになるとも語る。
「人は、生き延びる方法を知っているだけでも希望を持てますし、体験していればなおさらです。登山でも、耐寒訓練やビバーク訓練などを通じて冬山での厳しい状況を体験しますが、そうしたイメージがあるだけで、いざ困難な事態に陥ったときにも生き延びる確率は上がります」
そもそもサバイバルの意味とは「追い込まれないようにする」ことにあると、服部さんは続ける。
「サバイバル力を身に付けることは、最悪の状況に追い込まれないようにするということなんです。無理をしても、次に影響してしまいます。能力を常に一定以上に発揮できるようキープすることが大切です。そのためには、食べる、寝る、そして排せつ、この3つがきちんとできないとダメ。食べ物に関する知識のほか、安全な寝床を確保するための知識も必要です。
寝るときは、落石などの危険が少ない場所を選び、脚を伸ばして横になれる寝床を作ります。平らな所で横になって寝ることで、体力が回復するからです。排せつの点では、食べ物、飲み水に注意し、おなかを壊さないようにする。それも体力の消耗を防ぐために重要ですね」
私たち一般人にもできる「サバイバル術」はあるのだろうか。
「サバイバル術というと大げさですが、例えば、炊飯器ではなく、ガスコンロと鍋で米を炊いてみる。それができたら、たき火で炊いてみる。井戸や湧き水などの水場を散歩がてら探してみる。日常の延長として、ちょっとしたことを知るだけでも防災の備えになりますよ」
【服部文祥氏】
1969年、神奈川県出身。東京都立大学卒業。登山家、著述家。96年から山岳雑誌『岳人』編集部に参加。著書に『今夜も焚き火をみつめながら』(ネイチュアエンタープライズ)、『サバイバル登山家』、『狩猟サバイバル』(共にみすず書房)などがある
(MAMOR2025年4月号)
<文/臼井総理 写真/村上淳 写真提供/防衛省>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

