自衛隊を始め、警察や消防などの組織には「階級」があり、民間の会社にも、「社長」、「部長」といった“階級”がある。なぜ、あるのか?
自衛隊好きを自認し、番組ロケで、さまざまな自衛官と関わった経験がある西村和彦氏が、陸上自衛隊の昇任や人事、教育を司る人事教育部長を務める栁裕樹将補に、ダイレクトに質問した。
【西村和彦氏】
1966年、京都府出身。88年、ドラマ『翼をください』(NHK)にて俳優デビュー。『警視庁鑑識班』シリーズ(日本テレビ系)や『緋の十字架』(フジテレビ系)などのドラマで主演を務めるほか、自衛隊を特集したTV番組に出演するなど自衛隊マニアとしても知られている
【栁裕樹陸将補】
1970年、神奈川県出身。94年に防衛大学校卒業。特科連隊や地対艦ミサイル連隊などを経て、大臣官房広報課で初代マモル担当官に。陸上幕僚監部や岩手駐屯地司令、東千歳駐屯地司令などを歴任し、2024年3月より人事教育部長を務める
自衛隊にはなぜ階級があるの?
西村和彦(以下、「西村」):栁さんは今、「陸将補」というお立場ですが、ご自身の階級について何か思うところはありますか?
栁陸将補(以下、「栁」):自衛隊には上は将から下は2士まで16の階級があり、「陸将補」は上から2番目の階級になります。自衛官の階級にはそれにともなう役割があって、幹部自衛官は作戦の企画・立案を行い、その下の准曹士は作戦の実行を担います。
さらにそれぞれの階級で細かく任務や率いる部下の人数に違いがあるのですが、どの階級であっても責任のある立場にいることには変わりはありません。ですので私は常々、「階級」よりも「職務」のほうが重要だと考えています。
西村:では、そもそも自衛隊になぜ階級があるのでしょうか?
栁:任務を遂行する上で、誰かが何かを決めなければならない局面があり、時としてそれは厳しい決断を迫られます。そうした場合にはどうしても上下関係がないと実行できないことがあるからだと思います。
西村:やはり指揮系統が迅速に機能するには、階級が必要になりますね。
「階級より職務が大事」という自衛隊と芸能界の共通点
栁:ところで芸能界にも階級といったものがありますか?
西村:自衛隊のように見える形ではありませんが、先輩後輩などの上下関係は厳然としてあります。ただ演技に関しては対等でなければなりませんし、そこに先輩だからといって遠慮があってはだめですね。やはり良い作品を作るということが大切です。
それと現場においては誰がチームリーダーなのかをはっきりさせる必要があります。監督であれ、プロデューサーであれ、主演俳優であれ、そこからの命令系統がぶれずに意思疎通がはっきりしていることが作品作りでは欠かすことができません。だから仕事をするうえで、リーダー的な存在は絶対必要になってきます。
栁:そこは任務を達成するためには、階級より職務が大事というわれわれと似通ったところがありますね。
西村:われわれは人気商売なので、映画やドラマの最後に出てくる出演者のクレジットの順番があります。ご存じのように主役がいちばん最初に出てきて、2番目、3番目、「トメ」といわれる最後、その前に「トメ前」など、年齢や経験に関係なく、そのときの役者の人気や俳優としての経歴などによって順番が決まってきます。
また、自分1人の名前だけなのか、数人まとめて名前がクレジットされるのか、こだわる人はとてもこだわりますし、ちょっとだけ出演した大物俳優なんかだとクレジットする場所に困って「特別出演」と入れたりすることもあります。
ただ自分にとっても、やはり良い位置にクレジットされるとうれしいですし、次も頑張ろうというモチベーションにもなります。
自分を鼓舞するものとしても目に見える序列は必要なのではないかなと思っています。栁さんは、これまでを振り返って、昇任してうれしかったという階級はありますか?
栁:階級というよりも指揮官になれたときがうれしかったですね。幹部自衛官になって目指していたのが連隊長という立場で、連隊長は1佐クラスが務めるのですが、自分が1佐になったとき、当面の目標であった連隊長をさせていただけることは感慨深いものがありました。
部下は階級ではなく、人格や人間性に付いてくるもの
西村:最初におっしゃっていたように、階級よりは重要な職責を担ったときということですね。
栁:そうですね、ほかにも初級幹部のときの思い出があります。役職として小隊長という立場で部下を持つ身であったのですが、まだ若くて自衛官としての知識も経験も浅い私を、自分の親くらいの年齢のたたき上げの曹長や1曹が支えてくれました。
ベテランの部下たちが長く培ってきた経験をもとに、私に自衛官としての基礎を教えてくれたのです。私が昇任したときには、彼らがわがことのように喜んでくれたことがとても印象に残っています。今の自分の原点はそこにあると言えますね。
西村:それは本当に心から良かったなと思ったのですね。階級が上で、憧れたり目標にした人はいましたか?
栁:これも小隊長時代のことですが、同じ駐屯地の1佐の部隊長は人望があって部下からも慕われていて、「この人のような指揮官になりたい」と強く思っていました。私も部屋に呼ばれて個人的にいろいろとアドバイスをもらいましたが、自分がその役職についてみると、忙しくてなかなか同じことはできない。
やはり部下はその人の階級ではなくて、それに伴う人格や人間性に付いてくるものだと思います。だから階級が上がるにつれ、それに見合った人間になるよう己を磨いていかなければならないのではないでしょうか。
西村:自分にも憧れの先輩がいました。本人の演技力だけでなく人気も影響する業界なので、演技力を評価されて起用される人もいれば、一時の人気から主役級に抜てきされる人もいます。
人気には少なからず波があるので、人気を理由に起用された場合は、その配役に見合った演技力と人徳をいかに身に付けるかが大切で、それができる人はおのずと上に行けるし、ほかの人も付いてきます。そういうのを持っている人に私はすごく引かれて、現場でのふるまい方などをマネたりしましたね。
上に立つ人間はコミュニケーション能力と柔軟性が大切
栁:西村さんはこれまでいろいろな人を演じてこられましたが、階級のある役を演じられたことはありますか?
西村:『南の島に雪が降る』(1995年 リバース)という映画作品で旧軍の伍長役を演じたことがあります。6、7人の部下を率いる中間管理職のような立場でしたが、このとき部下を演じたのが、1人を除いて全員ロケ地のフィリピンに住むエキストラでした。
周りのスタッフは忙しかったので、役柄と同じように私が隊長として彼らに「気をつけ」とか号令をかけて、英語、スペイン語、タガログ語などを交えて軍隊の所作の演技指導をすることになりました。そのため、撮影が終わるころにはほかの共演者よりも仲良くなっていました。
このときほど、上に立つ人間はコミュニケーション能力と柔軟性が大切だと実感したことはないですね。
栁:その通りだと思います。部下が自分たちで考えて行動するのが本当に精強な部隊ですし、部下が自らやっていくような統率ができる指揮官がいちばんすごいと思っています。
実際に能登半島地震での災害派遣現場でも、隊員が自発的に動いていました。そうした自ら動く部下を育てるためには、上下関係があっても意見が言える環境、職場でなければいけないし、下からいろいろ意見を具申してもらえるほうがよりスムーズに任務を達成できます。
西村:私たちの世界でも、次は何をやるんだろうとみんなが考えている現場は物事がスピーディーに動きますし、モチベーションをもって演じることができる。逆に言われるまで動かない現場は、うまくいかないですね。
栁:自衛隊は学歴よりも能力を認めて育ててくれますし、いろんな職務・職域があって仕事の幅も広い。自分のやりたいことが見つかりやすい組織です。
私は今、人事教育部長という立場ですが、もっと多くの若い人に自衛隊に来てもらいたいと思っています。
西村:私も、自衛隊が好きですし、その魅力をもっと伝える力になれたらいいと思っています。今日はありがとうございました。
栁:こちらこそ、貴重なお話をありがとうございました。
(MAMOR2024年12月号)
<文/古里学 写真/鈴木教雄 ヘアメイク(西村和彦)/片桐直樹 スタイリング(西村和彦)/川田力也>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです