自衛隊の航空部隊では、航空機を運航する際、航空路図誌(※)などの飛行情報関連の出版物を使用している。
これらの出版物の原稿を作成するための情報収集や編集・校正を行い、印刷を発注する業務に従事しているのが、飛行情報隊の図誌班だ。
※航空路図誌:年に6回発行される自衛隊の空の情報誌

1年間で6種類の飛行情報出版物を編集・校正

飛行情報隊の図誌班が編集・校正作業を担当する出版物は6種類。「航空路図誌」、さらに「訓練・試験空域図」、「自衛隊航空図」、「航空路要図」、「飛行計画要覧」、「特別な臨時訓練空域図」だ。各出版物は使用目的が違い、発行時期が異なる。
例えば、年4回発行される「飛行計画要覧」は、航空機を運航する際の規則などの基本情報が網羅されていて、飛行計画を立案する際などに活用。また、年1回発行される「特別な臨時訓練空域図」は、空自などが大規模な訓練や演習を実施する際に使用する空域を図示。訓練や演習期間中にその周辺の空域で飛行する自衛隊の航空機に注意を促す。
編集・校正された原稿の印刷を、各出版物で異なる部隊や印刷業者へ発注するのも図誌班の仕事だ。「飛行計画要覧」であれば空自第4補給処木更津支処 へ、「特別な臨時訓練空域図」は陸上自衛隊の地理情報隊 へ印刷を依頼する。印刷された各出版物はその後、陸・海・空各部隊に配布され、飛行計画の立案や、パイロットが飛行の際に携行し、飛行場への進入方式などを確認する際の資料となる。
図誌班では、発行時期の異なる6種類の出版物を締め切りに間に合うよう、1年を通して綿密なスケジュール調整を行っている。その作業の流れを見てみよう。
図誌班のおおまかな作業の流れ
1年間に発行時期の異なる6種類もの出版物の編集と校正作業を担当する図誌班。その任務の内容とはどのようなものなのだろうか。
図誌班の任務における、一般的な作業の流れを追ってリポートする。
(1)国交省発行の航空路誌などで変更箇所や追加情報を確認

企画係から渡されたオーダーをパソコン上で編集する編集係の隊員
航空関連事業を管轄する国土交通省では、航空機の運航に必要な規則や施設などが記載された「航空路誌」の更新情報「航空路誌改訂版」を、28日周期の「エアラック日」と呼ばれる日に発行し、同省のホームページで公開している。
この航空路誌改訂版や官報、通知文書などを図誌班の企画係がチェック。図誌班が制作する6種類の出版物に記載された情報に変更がないか確認する。
また、各航空部隊からの記載情報の要請なども精査し、変更箇所や誌面に盛り込む新規の情報がある場合は、企画係がその情報を基に作業のオーダー票を作成し、編集係に誌面や図面の作成を指示する。
(2)更新された情報を出版物に記載

パソコンで修正した図面は部隊にある大型プリンターで仮印刷している
企画係から作業のオーダーを受けた編集係は、コンピュータの飛行情報編集用ソフトを使用し、既存の出版物の変更箇所や新規に追加する情報を誌面や図面に書き加える作業を行う。作業し終えた原稿のデータは、飛行情報隊に備えつけられた大型のプリンターで試し刷りを実施。
誤字や脱字などの誤りがないかをチェックし、間違いのある箇所があった場合は修正を行う校正作業に入る。作業の進ちょくについては終業時に班内で共有。締め切りまでのスケジュールを全員で確認し、調整する。
(3)入念な校正作業の後印刷所に送付

文章の校正とは違い、英数字だけの文字列を校正する作業は集中力と根気のいる仕事だ
図誌班が作成する飛行情報は航空機の安全な運航に影響するため、間違いは許されない。例えば、飛行高度の数字を間違えて記入した場合、パイロットはその数字に従って飛行する可能性がある。
そこで、情報の正確性を担保するため、校正作業ではダブルチェックが必ず実施される。まずは編集係の隊員がチェックを行い、続いて企画係の隊員が確認し、間違いのある箇所に赤字を入れる。

校正作業では図誌班特有の略字を使用する。配置の移動を表す「M」と矢印を使い、地図上に赤字を書き込む企画係の隊員
その際、図誌班では同班特有の略字を使用。「削除(Delete)」を示す(D)、文字などの「配置の移動(Move)」を示す(M)、文字などの「追加(Addition)」を示す(A)、「変更(Change)」を示す(C)などの赤字が、図面上に記され、それを基に修正が行われる。
その後、完成した原稿データを製本を担当する部隊へ送付。「航空路図誌」は空自の教材整備隊 へ、「飛行計画要覧」は第4補給処木更津支処へ、「特別な臨時訓練空域図」と「訓練・試験空域図」、「自衛隊航空図」は陸自の地理情報隊へ、「航空路要図」は防水加工が施されており、特殊な印刷が必要になるため民間の業者へ送付される。完成した出版物は補給部隊などを通じて陸・海・空の各部隊に配布される。
図誌班が作っているモノ
飛行情報隊の図誌班が編集・校正する出版物は、用途別に作成されている。航空路図誌以外の5種類を紹介しよう。
特別な臨時訓練空域図

自衛隊で大規模な臨時の訓練などが行われる際に発行する空域図。空域が使用できる期間と時間が左上に図示されている。
自衛隊航空図
年1回発行される、日本全国と各地のものを合わせて全41図ある航空図。山の標高や地形の起伏などが詳細に記載されていて、主にヘリコプター部隊などが飛行高度の把握のために使用する。
訓練・試験空域図

自衛隊が航空機の訓練を行う際に使用する空域を図示したもので、年1回発行。その空域と重なる航空路などを示すことで、周辺を飛行する予定の航空機に注意喚起する。
飛行計画要覧
飛行計画の立案の際に必要なさまざまな資料や、航空交通管制に関する知識などを網羅的に掲載した、年4回発行の冊子。航空機を運航するための基本情報が載っているため、航空学生も使用する。
航空路要図

国交省発行の航空路誌を基に、自衛隊の航空部隊用に編集した、年2回発行の航空図。パイロットが携帯しやすいように折り畳める仕様になっていて、防水加工が施され、耐久性もある。
隊員に聞きました!
「誰でもミスをする」という意識を持ち入念にチェック

能登半島地震の際は、被災地で活動する管制部隊のための空域図を急きょ半日で作成したという村上2曹
以前は飛行隊の隊員として、航空路図誌などを使用する側だったという村上2等空曹。
「『人間は誰しもミスをする』という意識を常に持ち、校正作業では必ず2人以上の複数の目を通し、元情報と照合しながら思い込みでミスをしないようにチェックしています」
そうして発行された飛行情報出版物に対し、パイロットから「使いやすくなった」という声が届くことが励みになっている。
「それが、飛行情報隊の隊員になって良かったと感じる瞬間ですね。今後も、パイロットや管制官を支えられるよう業務を遂行し、空自の進化のための一助となれればと思っています」
班員が一丸となってチームプレーでデータ作成

任務を行う中で1番気を付けているのは「正確な数字を記載することと締切」と語る須田1曹
「初めて配属されたときは戸惑いがありました。でもこの部隊はさまざまな部隊を経験した隊員が集まっていて、互いに助け合いながら運営されています。私も助けられることが多く、恵まれていて感謝しかありません」
その“隊風”は業務にも生かされていると、須田1等空曹は言う。
「図誌班の業務にはチームプレーが欠かせません。1人でも違う方向を向いて作業をしていると、年間で6つの出版物をスケジュールどおりに発行するという目標が達成できないからです。班員が一丸となってデータを作成し、全ページの校正作業を終えたときは毎回とてもうれしいですね」
<文/魚本 拓 写真/星 亘(扶桑社)>
(MAMOR2024年10月号)
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです