日々、厳しい任務に取り組む自衛隊員の健康と鋭気を生み出す隊員食堂。
マモルでは連載ページ「隊員食堂」で全国の隊員食堂の自慢メニューを紹介しているが、本記事では、その調理場に注目!
陸・海・空さまざまな任地の中から、特徴のある調理場に潜入してみた。
砕氷艦『しらせ』の調理場:暑くて寒くて揺れる艦艇で大人数の食事を提供する

【『しらせ』隊員食堂情報】
喫食数/最大260食
特徴/60席ある食堂は、小窓があるため明るく、外の光を感じながら食事ができる
雰囲気/食事時間はにぎやかだが、食堂には多くの本も置いてあるため、食事以外の時間には本を借りに来る隊員もいる
人気メニュー/特に寒い環境で作業した後の、熱々のラーメンやうどん

食事を楽しみにしている隊員たち。クリスマス、お正月、節分、ひな祭りなど各種行事の際には、普段とは違う特別な料理が振る舞われるそう
砕氷艦である『しらせ』の給養員には、ほかの自衛艦にはない苦労がある。まず目的地が南極で、航海が5カ月間と長いうえ、行動する海域が赤道直下から南極圏と寒暖差が激しいため、食材の管理にことさら気を使うということ。
依田3曹の『しらせ』任務歴は1年超。「南極の昭和基地へ調理支援で派遣されたときは、ブリザードで2週間近くも食材が届きませんでした」
給養員の依田3等海曹によると、「キャベツは芯をくりぬいて石灰を詰めて全体をラップで包み、ダイコンは葉を切り落としてから保管庫に立てて置き、できるだけ鮮度を保つようにしています」と、さまざまな工夫をしているようだ。

調理場にはフライヤーが2つあって、2種類の揚げものを同時に調理できる。正月やクリスマスなどの季節ごとのイベント食や隊員の出身地にちなんだ郷土料理なども作っている
また、船型が砕氷に特化した形状であることから揺れやすいため、調理器具の下だけでなく冷蔵庫内にも滑り止めが付いている。
さらに、『しらせ』の乗員数は観測隊(注)が乗艦すると260人にも及ぶ。この大人数の食事を9人の給養員が賄っている。長丁場の航海を飽きさせないため、金曜の昼食はカレー、火・金曜の朝食はコーンフレーク、日曜の朝食はパン、9の付く日はステーキなど、バラエティーに富んだ献立も『しらせ』ならではだ。
(注)南極に派遣する国の調査隊で、正式名称は南極地域観測隊。南極にある昭和基地で、地球環境の観測を行う
特務艇『はしだて』の調理場:海外からの来賓をもてなす珠玉のメニューを提供する

【『はしだて』隊員食堂情報】
喫食数/約30食
特徴/12席の小さな食堂だが、小窓があり、太陽の光を取り込める
雰囲気/アットホーム
人気メニュー/スパゲティカルボナーラ

豪華な『はしだて』のメニューの中でも、荘子曹長イチ推しなのがデザートで、特に「オペラ」は絶品なのだとか
海上自衛隊唯一の特務艇『はしだて』の任務の1つに、海外からの来賓への「接遇」がある。そのためゲストを招いた会食が催されることがあり、フレンチのコースなどの本格的なメニューが提供される。その高級レストラン顔負けの料理は、荘子海曹長をはじめとする4人の給養員が作っている。

通常は、隊員食堂で乗組員が食べる朝・昼・晩の食事を作っている
「通常は30人ほどの乗組員の食事を作っていますが、レセプションが開催されるときは最大で130人分の料理を提供するので、そのときはほかの乗組員にもサポートしてもらいます」
小型艇なので揺れが大きく、キッチンスケールが使えないほど揺れるときは、経験で培われた勘と舌が頼りになるという。

レセプションの際に大量の料理が作れるよう、『はしだて』の調理場は同規模の艦艇より広いそう
また、ゲストの暮らす国や地域によっては、宗教上の理由などで提供できない食材があり、事前の情報収集は欠かせないのだとか。
旬の食材を取りそろえるのに苦労するという荘子曹長。「過去には天候を理由に、レセプションが直前で中止になる残念なケースもありました」
気をつかう接遇の任務だが、荘子曹長は、「要人の方へのフルコースの提供は、腕を試す絶好の機会であり、やりがいがあります」と胸を張る。
硫黄島航空基地の調理場:食材が届かないだけでなく食堂が閉鎖されることも

基地内に航空機で運ばれてきた食材。悪天候で航空機が飛べないと、食材だけでなく、来るべき隊員も到着できなくなり、食事量の変更も余儀なくされることがあるという
【硫黄島航空基地隊員食堂情報】
喫食数/非公表
特徴/約200席ある食堂では、陸・海・空各自衛官のほか、アメリカ軍人や民間人が食事をする
雰囲気/さまざまな人たちが集い、和気あいあいとしている
人気メニュー/カレーとステーキ

隊員自ら料理を皿にとるスタイル。スーパーもコンビニもない島では、食事は待ち遠しい時間だ。人気のメニューはカレーとステーキだそう
都心より南へ約1220キロメートル、はるか太平洋上の絶海の孤島・硫黄島には、海上自衛隊の硫黄島航空基地(東京都)がある。基地の隊員食堂は席数約200席。

業務委託スタッフの調理作業を見守る岩永1曹(右)。給養員だが、調理はスタッフに委ねているため、基本は事務室にて、食事に関するマネジメント業務にあたっている
そこで提供される食事は、給養員である岩永1等海曹の監督のもと、10~15人の民間委託のスタッフが調理を担当する。調理場には大小6基のガス回転釜をはじめ、7升炊きの炊飯器12個、大型フライヤーなど、大量調理にも対応できる大型キッチン機器がそろっている。
その調理場の最大の悩みは、なんといっても食材の搬入だ。食材は月に数回航空機で輸送されるが、当然天候の悪化によって届かないときもある。
岩永1曹のプライベートの得意料理はポテトサラダ。酢としょうゆを隠し味に使うのがおいしく仕上げるコツなのだと教えてくれた
そうした場合は在庫の食材や貯留品を使い、メニューを減らして対応するという。ただその程度のことは想定内で、「以前台風が直撃したときは外に出るのが危険なので、食堂や調理場を閉鎖し、事前にボイルした缶詰などの非常用食料を隊員に配布して、自室に閉じこもってもらいました」と岩永1曹は壮絶な過去を振り返った。
(MAMOR2024年10月号)
<文/古里学 写真提供/防衛省>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです