•  第一線部隊で国を守る隊員もいれば、おいしい料理で国を守る隊員もいる。毎日限られた時間内に大量の食事を作る自衛隊の「給養員」だ。

     多くの人がもともと料理を作るのが好きだったというが、なぜこの仕事を選んだのだろうか。給養員たちに任務の苦労と喜びを聞いた。

    昔も今もおいしいの一言がやりがいにつながっています

    熊谷基地の調理場の熱源は電気、ガス、蒸気とそろっている。「東日本大震災の後に計画停電があったときも、ガスを利用して調理ができました」と挺屋技官。不測の事態に強い食堂なのだ

     この道26年。熊谷基地きってのベテラン給養員である挺屋防衛技官は、皆の取りまとめ役として頼りになる存在だ。特に若手に教えているのは、疲れない調理の仕方だ。「とにかく量が多いので、力任せにやっているとすぐにばててしまいます。どうすれば楽に調理できるのか、そのコツを指導しています」。

     実は父親も給養員だったという挺屋技官。今は調理全般の統制を担っているが、自身も19年にわたって調理実務に携わってきた。その間、隊員の食事に対する姿勢は変わりつつあるという。

    画像: 冷凍の切り身魚の解凍具合を確認する挺屋技官。常に調理場全体に目を配り、作業がスムーズに進むように助言をしたり、自ら作業の手助けをしたりしている

    冷凍の切り身魚の解凍具合を確認する挺屋技官。常に調理場全体に目を配り、作業がスムーズに進むように助言をしたり、自ら作業の手助けをしたりしている

    「かつてはとにかく腹いっぱいに食べられたらよくて、味は二の次という隊員が多かったのですが、最近は味付けなどにリクエストが寄せられるようになりましたね。また朝食にパンよりご飯を選ぶ隊員が増え、健康志向になっている印象があります」

     昔も今も、食べた人からおいしかったと言ってもらえたときは、頑張ってよかったと感じ、やりがいにつながっているという。

    新隊員が入ってくる時期は休んでいるヒマもありません

    プライベートでの得意料理はうどんだという新井士長。「休日に父親と一緒に麺作りからやっています」。小麦粉に塩水をかけて混ぜ、足で踏んで寝かせるという本格的なうどんを作っている

    「この仕事でいちばん大変なのは、4月から7月の新隊員が入隊してくる時期の調理ですね。とにかく量が多くててんてこ舞いです」。そう笑う新井空士長。それでも熊谷基地の調理場には、手動で360度回るガス回転釜や一度に最大1500食分のご飯が炊ける連続炊飯器などの大型調理器具があるため、だいぶ助かっているという。

     料理の知識を得たいのと、その知識をもとに調理して多くの人に食べてもらいたいとの理由で、給養員になった新井士長の任務歴は5年目。

    画像: 失敗から学び、大きなガス釜の扱いにもすっかり慣れた新井士長。火のそばで働いているので夏は暑くて体力を消耗するが、そんなときこそいっそう安全第一を心がけているという

    失敗から学び、大きなガス釜の扱いにもすっかり慣れた新井士長。火のそばで働いているので夏は暑くて体力を消耗するが、そんなときこそいっそう安全第一を心がけているという

     最初のころはガス釜の火加減を間違えてご飯を焦がしてしまうなどの失敗もあったそうだが、今では調理器具の扱いにも慣れ、覚えたメニューも相当数にのぼる。その新井士長がお勧めするメニューはなんといっても鶏の空上げ(「空自全体で、より上を目指す」との意味を込めて唐揚げのことをこう呼ぶ)だ。

    「いろいろ種類はあるのですが、なかでも地元の深谷ねぎをたれと一緒に絡ませた空上げは、自分でもおいしいと思いますし、食べている隊員からも大好評です」と思わず顔をほころばせた。

    失敗もいろいろあったけどありがとうの言葉が励みに

    一番大変なのは夏の調理作業だという桑江士長。「火を使っているので、調理場内の室温が上がって体力的にも厳しいですね」。冷感ミストなどの対策グッズを使って暑さをしのいでいるそう

    「調理師養成課程のある高校で調理師免許を取ったのですが、自衛官である父親から自衛隊にも調理の仕事があると聞いて、おいしい食事で任務に励んでいる隊員を後押ししたいと思い、給養員になることを決めました」と語る桑江空士長。

     最初のころはカレーが入った大型トレーを床にこぼしたり、食材を入れる順番を間違えたりと失敗も多々あったのだとか。

    ハムを切る桑江士長。入隊して驚いたのは、作る料理の量が想定していたよりもはるかに多かったこと。今では慣れ、日々時間と戦いながら作業を進めている

     それでも食べた隊員からありがとうと言われたり、自分の作ったスープがおいしかったとほめられたときは、給養員になって本当に良かったとしみじみ思ったという。そんな桑江士長の今後の目標は栄養士の資格を取ること。

    「栄養士の専門学校に通わせてもらえるように、毎日の任務と栄養に関する勉強の両方を頑張りたいと思います」

    つらいときもご飯だけは楽しんでもらえると思って

    新人時代にカレーを作る際、ジャガイモを入れる順番を間違えてしまったという白川士長。「そのときは分隊長が、私と一緒になって釜からジャガイモを1つひとつ取り出してくれました」

    「自分が新隊員で訓練がつらかったときでも、ご飯だけは楽しみでした。ほかの隊員たちにもそう思ってもらえるよう、調理場での作業や配食に励んでいます」

     食事は心の支えになると語る白川空士長は、この任務に就いてまだ1年2カ月。食材の重さにてこずったり、限られた時間内に調理をしなければならず目が回るような忙しさだったりと大変なこともあるが、「失敗してもみんながサポートしてくれて、毎日が楽しいと思わせてくれる職場環境です」とにっこり。

    画像: 炊き上がったご飯に空気を含ませるようにしゃもじを動かす白川士長。撮影時も、ベテラン給養員にアドバイスをもらいながら、ご飯をほぐしていた

    炊き上がったご飯に空気を含ませるようにしゃもじを動かす白川士長。撮影時も、ベテラン給養員にアドバイスをもらいながら、ご飯をほぐしていた

     配食中、隊員に「いつもおいしいですよ」と言われることも多く、やりがいを感じるそうだ。

    「やっぱり気持ちを込めて料理を作ることが大切ですね。作っている私たちの気持ちは、食べている人にも分かってもらえますから」

    物価高騰の中でも工夫しておいしい食事を提供したい

    「新隊員は入隊直後はご飯を大盛りにしますが、ゴールデンウイーク明けに訓練がハードになると、その量が減ります」と笑う小田原技官。昔の隊員のほうが食欲は旺盛だったようだ

     隊員食堂のメニュー作りを一手に引き受ける小田原防衛技官の目下の悩みは、最近の食材費の高騰だ。1日約3000キロカロリーの栄養管理摂取基準量を満たし、食材の偏りがなく、地産地消を意識しつつ、季節感があるメニューを作成するよう心がけているが、苦労も多い。

    小田原技官の職場は調理場ではなくデスク前だ。パソコンに収めてあるさまざまなデータをもとにバランスに配慮しながら、2カ月先の献立を考えているという

     それでも、2024年4月から新隊員が入隊し、女性隊員が増えたことに合わせデザートを充実させたり、食事数が少なくなる閑散期には手の込んだメニューを取り入れたりと、工夫を凝らす。

     小田原技官は給養任務25年。その大ベテランがイチ推しするメニューとは?

    「熊谷基地空上げですね。これは給養員が考案したオリジナル唐揚げです。また熊基丼は20年以上前からある名物メニューです」

    (MAMOR2024年10月号)

    <文/古里学 撮影/山田耕司 写真提供/防衛省>

    「隊員食堂」の調理場に潜入!

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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