「防衛装備品」というと、戦車や護衛艦や戦闘機などを思い浮かべるが、国を守る道具は、私たちに身近なモノから、「これは何?」と見ただけでは用途が分からないモノまで、多岐にわたる。
そこで、マモルでは、自衛官が任務を遂行するために、日ごろから使っていて、しかし、私たちの目に触れることが少ない道具を中心に紹介する。
「能書は必ず好筆を用う」という。はたして、国防の志士たちが駆使する道具とは?
自衛官が使う珍しい道具を一挙大公開!
防衛装備品は、国を守るための道具。それだけに、自衛隊以外ではあまり使われない特殊な装備品もたくさんあり、見ただけで興味を引かれる道具もある。
道具を知れば任務が分かる。日本の防衛に対して、多くの方に関心を持っていただきたいと考えるマモルは、魅力的(?)な道具を集めてみた。
示標悍(しひょうかん)
いかりの鎖や溺者の位置を知らせる

<SPEC>(共通)長さ:約80cm、重さ:約300g
先端が●になっている示標悍は溺者の位置を知らせる道具で▲になっている示標悍は艦艇のいかりを上げるときに、いかりの鎖が出ている方向をいずれも艦橋に知らせるための道具。電源が使えない場合でも艦橋から溺者の位置やいかりの鎖の方向を認識しやすい。

いかりの鎖がある位置を示す、護衛艦『ゆうぎり』の隊員 (写真/増元幸司)
グリースペン
火災や負傷者の情報を記述するペン

(写真/増元幸司)
<SPEC> 長さ:約20cm、幅:約1cm、重さ:約15g
艦艇内で発生した火災の位置や負傷者の状況などを書き込むための防御指揮盤(注)にメモするときに使う筆記用具がグリースペンだ。海自ではチャイナペンと呼ばれている。濡れているガラスにも書けて視認性が高いことから艦艇内でもさまざまな場面で使用される。
(注)艦艇の艦首から艦尾までの区画の断面図がこまかく描かれたクリアボード
掃布(そうふ)
旧海軍からの伝統を受け継ぎ「そうふ」と呼ばれるモップ

<SPEC> 長さ:約150cm、重さ:約1kg
艦艇内の艦橋、甲板、いかりに至るまで掃除に使われるモップ。先端の布の部分が長く柔軟なため、狭い艦内の隙間まで傷つけずに掃除が可能。絞りかたにコツがあり、新隊員は先輩から伝授される。
双眼鏡カバー
白い制服を汚さないためのスマートなギア

(写真/増元幸司)
<SPEC> 縦:約18.5cm、横:約18.5cm
乗組員が使用する双眼鏡には双眼鏡カバーが付いている。これは首から双眼鏡を下げたときに海自の白い制服が双眼鏡によって擦れて黒く変色しないために付いている。双眼鏡カバーの色は、赤・青・黄・緑で1色や2色の組み合わせがあり、階級・役職により異なる。
防火斧
火災時の人命救助などに使用するおの

(写真/増元幸司)
<SPEC> 長さ:約90cm、重さ:約4kg
艦艇で火災が発生した際、開かなくなったドアを壊して人命を救助したり、万が一沈没する際には国防機密に関わる情報がインプットされた機械や物品を破壊する際にも使用。
サイドパイプ
号令前に音を鳴らし乗員に注意喚起
<SPEC> 長さ:約12cm、重さ:約240g(飾りひも含まず)
艦艇で作業開始・終了の号令をかける前や、隊員の呼び出しに吹かれる笛。笛の穴を手のひらで開き気味にして吹く(開音)と高音になり、閉じ気味にする(閉音)と低音になる。
砲中掃除用具
主砲の砲身内の汚れを落とす掃除道具

(写真/増元幸司)
<SPEC> 長さ:約5.35m、重さ:約22.7kg
護衛艦の主砲の砲身内にたまったすすを落とす作業「砲中手入れ」を行う際に使用する道具。通称は「筒中棒」。長い砲身に合わせて作られているため組み立て式になっていて、先端はブラシ状になっている。

(写真/増元幸司)
各国軍には機能的でデザイン性にも優れた装備品がある
セーラー服、食品用ラップ、ティッシュペーパー……。私たちの身の回りには、軍用品から生まれた日用品がたくさんある。機能性、安全性などを追求されて生まれた軍用品について、軍用車や装備品を展示する私設博物館の館長、松井裕一朗氏に話を伺った。
軍人が使う道具には安全性や機能性、耐久性が最も重要
「どの国の軍隊でも使用する道具=装備品で重要視されるのはやはり安全性です。有事の際であれば、軍人が身の安全を守る道具を使用することで、生存率をぐっと高めることになりますし、個人、そして組織的な戦いを維持する継戦能力を確保することになりますから。アメリカ軍は軍用品を選定するにあたり、性能試験を実施し、厳格な基準『ミルスペック』を満たした品を採用しています。民生品でも“ミルスペック合格”という表記をした商品があり、購買者の信頼を獲得しています」と松井氏。
「過去の実戦経験を踏まえたうえで進化してきた道具もあります。第1次世界大戦では兵士たちの多くがぬかるんだ塹壕のなかで戦い、湿った靴や靴下を履き続けたため、足がふくれて痛みなどの症状が出る『塹壕足』と呼ばれる寒冷障害になりました。そこでアメリカ軍が開発したのが、防水性を高め、足を清潔に保つトレンチブーツです」
軍用品を見れば、国民性から軍隊の強弱までわかる
軍用品にはどのような特徴があるのか。
「基本的には、機能性が重視されるシンプルなものが多いですが、制服などのデザインは、見た目を大切に考えています。その国の軍隊の威厳を対外的に示すことになりますし、国内的には『あの制服を着てみたい』と思わせることで、若者のリクルート効果が期待されます」と語る。
「また、各国の生活様式などのお国柄が、その軍隊に特有の道具を生み出すこともあります。例えば、諸説ありますが、第2次世界大戦のとき、ドイツ軍は対戦国のイギリス軍が決まった時間になると戦闘を中断することを不思議に思っていました。どうやらイギリスでは習慣となっているティータイムをとっていると気づいたドイツ軍がその時間帯に攻勢をかけました。
そこでイギリス軍は、ティータイム中に無防備にならないよう、紅茶用の湯沸かしセット『ボイリング・ベッセル』というキットを戦車内に装備したのです。自衛隊には風呂好きな日本人のために銭湯のような『野外入浴セット』があります。これは日本独特の装備品です」
その国の軍用品を見れば、国民性から、産業の成熟度、経済状況、軍隊の強弱までも分かるだけに、軍用品ウオッチは非常に興味深いそうだ。
【松井裕一朗氏】
日本有数の軍用車や装備品のコレクター。イギリス軍の装甲車両やバイクなどを常設展示する私設博物館「ミリタリーアンティークス大阪」の館長。元航空自衛官で現在は航空予備自衛官。
※寸法などスペックの記載がないものは公表されていません
(MAMOR2024年8月号)
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです
<文/魚本拓 写真/星 亘(特記を除く・扶桑社)>