•  自衛隊には国を守るために、小銃からミサイルまで、さまざまな“飛び道具”がある。さらにその射撃訓練に必要なのが、標的。

     標的は、なにも自衛隊特有のものではない。古来から洋の東西を問わず、戦いや狩猟が行われ、その腕を上げる必要がある場合にはさまざまな標的が存在していた。

     現代の標的機と、軍事とITに詳しい井上孝司氏に話を伺った。標的の歴史や種類を見ていこう。

    「ドローン」は標的機を指す言葉だった

    画像: アメリカ軍が使用している標的機「コヨーテ」。超音速巡航ミサイルと同程度の飛行を再現でき、迎撃ミサイルの標的として使用される 出典/アメリカ海軍ホームページ

    アメリカ軍が使用している標的機「コヨーテ」。超音速巡航ミサイルと同程度の飛行を再現でき、迎撃ミサイルの標的として使用される 出典/アメリカ海軍ホームページ

     軍事研究家でテクニカルライターの井上孝司氏によると、標的機の使命は、「いかに脅威を正確に、しかも安価で再現できるか」ということ。かつては敵捕虜を実際の戦車などに搭乗させ、それを標的にして砲撃するということもあったが、さすがに現代では人道上そのようなことは許されない。

     そこで考えられたのが「ターゲット・ドローン」である。一般に「ドローン」といわれる「無人航空機」は第1次世界大戦のころから開発が行われた。イギリスでは、1931年にプロペラ機をラジコン操作で操縦できるように改造した「クイーン・ビー」という航空機が登場。

     同様の航空機がアメリカ軍でも採用され、「ドローン(雄蜂)」と命名されたのが、今日使用されているドローンの起源だといわれている。これを機に標的機としてのドローンが急速に普及、アメリカ軍では引退した航空機を無人機仕様にして実機と同じフルスケールのターゲット・ドローンにする例が多かった。空自でもかつてF-104Jを改修したUF−104による攻撃訓練を硫黄島で行っていた。

     井上氏は、現在空自で使用している対空射撃の訓練のための標的機には大きく分けて3種類があると言う。

    「まず有人航空機がワイヤーなどで標的機を引っ張る『えい航タイプ』です。もっとも安価ですが、直接標的を操作できないため複雑な軌道を再現するのには向いていません。次にラジコン操作の『遠隔タイプ』で、これは管制システムから目視でき、かつ電波が届く範囲でないと運用できないという弱点があります」

    「そして事前のプログラミングにより自ら飛行する『自律飛行タイプ』は、GPSなど自機の位置を知るための測位システムが搭載されているため、複雑な軌道を再現しつつ広いエリアで運用することができます」

    「実際に迎撃する場合、迎撃ミサイルを敵ミサイルに直接衝突させるよりも、敵ミサイルに最接近したタイミングで自動的に爆発して敵ミサイルを無力化させることが多く、そのために飛行中の迎撃ミサイルは電波で周囲の探知をしています」

    「自律飛行タイプには、その電波を探知することで命中かどうか判定する機能を搭載して再利用するものもあり、訓練のたびに標的機を破壊しなくても済むので、コスト面で大きく貢献できます」

    標的機の進化には民間企業も貢献している

    画像: 2022年9~11月にアメリカのニューメキシコ州マクレガー射場で行われた、自衛隊のミサイル実射訓練。陸上・航空自衛隊のほか、アメリカ軍も訓練に参加した 写真提供/防衛省

    2022年9~11月にアメリカのニューメキシコ州マクレガー射場で行われた、自衛隊のミサイル実射訓練。陸上・航空自衛隊のほか、アメリカ軍も訓練に参加した 写真提供/防衛省

     もう1つ標的機の特徴として井上氏が挙げるのが、「脅威の進化にあわせて標的機も進化する」ということ。

     技術的に最先端を行く装備品として亜音速・超音速で飛行する戦闘機や弾道ミサイルなどがあるが、その速度、機動性をシミュレートできる標的機の開発には民間との協力が必要不可欠である。そうした軍民協力の代表といえるのが、アメリカのノースロップ・グラマン社が開発した「コヨーテ」である。

     超低空で時速約3200キロメートル、高高度で時速約3600~4900キロメートルで飛行するコヨーテは、1機300万ドルといわれ、アメリカ海軍、フランス海軍だけでなく、自衛隊も2020年に3機、翌21年に1機購入している。

     国内ではなかなか迎撃ミサイルの実弾射撃が難しいため、例えば陸上自衛隊では15年にアメリカ・ニューメキシコ州の03式中距離地対空誘導弾の迎撃試験でコヨーテを使用した。

    画像: アメリカ海軍が使用する、対潜訓練用の模擬標的。潜水艦の音響や動きを再現することができる 出典/アメリカ海軍ホームページ

    アメリカ海軍が使用する、対潜訓練用の模擬標的。潜水艦の音響や動きを再現することができる 出典/アメリカ海軍ホームページ

     標的機は空を飛ぶものばかりとは限らない。古くは旧日本海軍により1910(明治43)年に水雷艇の標的として雑役船という名称の船舶を編入、その後33(昭和8)年に世界初の酸素魚雷となる九三式酸素魚雷の発射に成功し、38(昭和13)年には魚雷標的船が開発された。

     戦後、魚雷は対潜水艦戦が主流となり、その命中性能も飛躍的に向上した。世界に目を展じると対潜戦訓練用の標的は、民間企業の力を借りて開発されていることが多い。

     例えばスウェーデンの国防調達機関と自動車メーカー・サーブ社が手がける模擬潜水艦「AUV62−AT」は、さまざまな潜水艦の音響特性を模擬でき、スウェーデンだけでなく、NATO加盟国による共同演習にも採用されている。また魚雷の水中標的として、インドのバラト・エレクトロニクス社が「UWTS」を開発している。

     標的船の例としては、アメリカのシルバー・シップ社による「HSMST」 があるなど、民間企業が標的機の開発・運用を行っている例は世界中で枚挙にいとまがない。

     今後の標的機について井上氏は、「レーダーに探知されにくいよう工夫されたステルス設計のミサイルが増えてきているので、標的機にも同様の機能が求められていくでしょう。それとやはりコストをいかに抑えるかということで、各国とも民間への発注がより増えていくと思われます」とさらなる進化に対する展望を語っている。

    【井上考司氏】
    軍事・交通・鉄道関係を中心に執筆を行っているテクニカルライター。主な著書に『現代ミリタリー・ロジスティクス入門』(潮書房光人新社)、『ミサイルがよ~くわかる本』(秀和システム)などがある

    (MAMOR 2024年5月号)

    <文/古里学 写真提供/防衛省>

    自衛隊射撃訓練の標的にロック・オン!

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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