2024年4月1日から、トラック運転手の時間外労働時間が年間960時間に制限されることから引き起こされる流通危機。
人手不足は自衛隊にとっても他人ごとではない。軍事行動における流通・補給は、勝敗を決める重要事とされているが、自衛隊は大丈夫なのだろうか?
世界で戦争・紛争が勃発し、日本周辺の安全保障環境も不安定化しているだけに、気になるところ。今回は、古来からの戦いの歴史を振り返りながら、輸送部隊の重要性を考えてみた。
歴史に学ぶ国防術。戦いは物流で決まる?
最前線の戦いを支えているのが後方に控える補給や輸送部隊。軍隊ではこれらの任務を「兵站(へいたん)」と呼ぶ。
専門家によると、古来から戦いの勝敗は兵站が司っているという。兵站と戦史について防衛研究所の石津朋之研究官に話を聞いた。
作戦を立案するよりもまずは兵站が優先される
「かのナポレオンは『軍隊は胃袋で動く』と言いました。兵士が1日に必要な食料は約3000キロカロリーで、これが不足すると戦場でパフォーマンスが落ちるといわれます。しかし食料、弾薬などをはじめとする必要物資の備蓄、整備、物流を担う『兵站』は、華々しい前線に比べあまり重きを置かれていないように見えるのです」と石津研究官は話す。
だが兵站なくして戦略や作戦は成り立たないと続ける。
「作戦は兵站と情報の上に立案されます。兵站がどこまで支援できるか、その限界を積み上げ逆算して作戦や戦略を作るのです。ですから兵站の部門に優秀な人材が集まっている国の軍隊は歴史的にみても強いです」
古代より兵站の考え方が戦いの成功と失敗を分けた
兵站の重要性は戦史をみても分かると石津研究官。
「紀元前4世紀、マケドニアの王アレクサンドロス3世は東方に遠征しインド西端まで領土を拡大しました。このとき河川や海沿いに進軍し、物資を補給しながら戦った記録があります。古戦場と呼ばれる場所が川の近くに多いのも、水運を利用した補給路の確保が重要視されていたからです。
同じく13世紀にアジアを席巻したモンゴル帝国は前線に補給の拠点を設け、後方にはアウルクと呼ばれる補給の拠点がありました。アウルクには兵士の家族が同行し、衣食のサポートなどをしていたのです。ゲルと呼ばれる移動式の住居で暮らす遊牧民族ならではの体制を整えました」と話す。
一方、兵站のバランスが崩れ失敗したといわれるのが旧日本軍と旧ドイツ軍だ。
「どちらも最初から兵站を軽視したわけではありませんが、敵国のアメリカ、旧ソ連に比べ国力が劣ります。前線への装備投入を重視した結果、補給が追いつかなくなる、補給路が断たれてしまうなど、兵站をおろそかにしてしまったのです」と石津研究官。
軍隊の継戦能力が重要視される今日、兵站の確保は最重要項目と石津研究官は考える。
【石津朋之研究官】
防衛省防衛研究所国際紛争史研究室主任研究官。『リデルハートとリベラルな戦争観』(中央公論新社刊)、『名著で学ぶ戦争論』(日経BP刊)など著書多数。
(MAMOR2024年3月号)
<文/古里学>