2016年3月、日本の安全保障に関連する「平和安全法制」が施行されました。日本の平和と安全のためにとても大事な法制です。
作家・岡田真理さんによる、平和安全法制について軽く読めるカリキュラムを、今回から4回にわたってお届けします。
※この記事は、『MAMOR』2016年6月号から2017年5月号まで連載された「岡田の軽キュラム」から一部を抜粋して再構成しています
そもそも「平和安全法制」って?
平和安全法制の内容は具体的にどんなものなのか……というと、「うーん、よくわからん」ってのが正直なところではないでしょうか。
そこでご紹介するのが、これ!……ってわざわざテレビショッピング的な言い方しなくてもいいんですが、要は、「日本が平和で安全であるためには、これまでの法制ではちょっと難しくなってきたよね。なんか大変なことに巻き込まれたらちゃんと対処できるように、こんなふうにしよう」というのが平和安全法制なんです。
そして、これは「なんか大変なことに巻き込まれたら対処する」だけのものではありません。「まず、大変なことに巻き込まれないようにするため」のものでもあります。
「日本にはこんな法制がありますよ。だからヨコシマな考えであんなことやこんなことしようとしても、こうやってちゃんと対処しますからね。ほら、日本に変なことしようとしてもそうはいかないでしょ? お金と時間のムダでしょ?」と。
平和安全法制は、日本がなんか大変なことに巻き込まれたら対処し、同時に戦争や紛争などを抑止する、日本が平和で安全であり続けるための法制です。
では、実際に「なんか大変なこと」に巻き込まれたらどう対処するのか?というかそもそも「なんか大変なこと」ってどんなことなのか?対処を「し過ぎない」ための歯止めはどうするのか?
このあたりをお勉強していきます!
「なんか大変なこと」ってどんなこと?
「なんか大変なこと」ってそもそもどんなことなのか?実際に「なんか大変なこと」に巻き込まれたらどう対処するのか?これを読み解くカギは、「事態」という言葉にあります。
事態:事のありさま。成り行き。多く、深刻で好ましくない状態をいう。「―を重くみる」「―は日増しに悪化する」「緊急―」(三省堂大辞林より)
「事態」という言葉を聞くと、「なんか大変なことが起きているなー」という感じがしますよね。
平和安全法制では、「なんか大変なことが起きたらこうしよう」ということを定めているので、「事態」という言葉がたくさん出てきます。
「武力攻撃事態」、「武力攻撃予測事態」、「存立危機事態」、「重要影響事態」、「国際平和共同対処事態」……ご覧になっていかがでしょうか。
正直、目がチラチラして読む気をなくしませんか?私はすっかりなくしました。「もうちょっとまとめてくんないかな。あんま細かいこと言うヤツは嫌われちゃうよ?」とか思ってしまいました。
しかーし!こんなにたくさんの「事態」があるということは、なにかウラがあるはずです。
「嫌われてもいい。でも大事なことなんだ。だからこんなに細かいんだ」的な理由があるはずです。理由も聞かずに一方的に「あなたのことなんか嫌い!」なんて言っちゃってたら愛は育まれません。
ここは事態さんの言い分を聞くとしましょう。
それぞれの「事態」を分かりやすく解説
なぜこんなにたくさんの「事態」があるのか。それは、「こういうときはこうしよう」というのをあらかじめ決めなきゃいけないからです。そのために「こういうときがこの事態ね」というものがそれぞれ定義されています。
武力攻撃事態:(A)日本への武力攻撃が発生した事態、(B)日本への武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態
ここで大事なのは、日本への武力攻撃(他国の軍や組織から砲やミサイルなどの武力で攻撃されること)の「発生」と「切迫」です。もうガチで起こっちゃってるときや、ガチなのが切迫しているときがコレです。
武力攻撃予測事態:武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、日本への武力攻撃が予測されるに至った事態
ここで大事なのは武力攻撃の「予測」です。「ガチなのが明らかに迫ってるっぽくね?」です。……と、これだけではまだぼんやりとしたイメージしか描けていないかと存じますので、「事態」を具体化するべく、ここで大人気お笑いトリオ「ガチョウ倶楽部」にご登場いただきます(*これはフィクションです。実在する団体、組織、人物には一切関係ありません)。
●ガチョウ倶楽部の目の前に熱湯風呂が置かれている→武力攻撃予測事態
●ガチョウ倶楽部のボケ担当が「押すなよ!押すなよ!絶対に押すなよ!」と発言→武力攻撃事態の(B)
●ツッコミ担当の2人がボケ担当を押して熱湯風呂にドボン→武力攻撃事態の(A)
こんな感じです。あ、言っときますけど熱湯風呂もそこに突き落とすのも、法制でいうところの「武力」ではありませんからね。例えてるだけですからね。熱湯風呂もガチョウ倶楽部のみなさんも存在自体がとっても平和ですからね。テレビから「押すなよ! 押すなよ!」が聞こえてきたからって自衛隊は出動しませんからね。
武力攻撃の見分け方は?
「なんか大変なとき」に対処するのが平和安全法制ということが分かってもらえたかと思いますが、シチュエーションごとにお勉強していきたいと思います。
「なんか大変なときシチュエーション」はざっくり言うと次の2つに分けられます。
【なんか大変なときシチュ(1)】武力攻撃が日本にどえらいがっつり関係するとき
【なんか大変なときシチュ(2)】他国へ武力攻撃が起きてるけど、日本にどえらいがっつりは関係しないとき
と理解してください。
【なんか大変なときシチュ(1)】に当てはまる「事態」は、「武力攻撃事態」、「武力攻撃予測事態」、「存立危機事態」の3つです。このうち、最初の2つはすでにお勉強しました。
ではもう1つはどういうものかというと、
存立危機事態:日本と密接な関係にある他国へ発生した武力攻撃で日本の存立が脅かされ、国民の生命や自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
です。はい出ましたややこしいヤツ。【なんか大変なときシチュ】のややこしさのワケは、この「存立危機事態」だったんです。でもややこしやややこしやと唱えてもなにも解決しないので具体化してみましょう。
みなさんご存じ、「3匹の子ブタ」のお話。ブタさんの国に平和安全法制があれば、長男ブタのわらの家を壊そうとオオカミが息を吹き付けたのは、長男ブタにとって「武力攻撃事態」です。
一方これは、次男ブタにとっては「存立危機事態」になります。
オオカミが長男ブタへの攻撃を達成すれば、すぐに次男ブタを襲いに来るのは明白であるため、「次男ブタと密接な関係にある長男ブタへ発生した武力攻撃で、次男ブタの木の家の存立が脅かされ、次男ブタの生命や自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」です(三男ブタも同様)。
ブタさんの国が平和安全法制を施行していれば対処できたのかもしれませんが、残念ながら子ブタは3匹ともオオカミに襲われる運命にあります。
【なんか大変なときシチュ(1)】に当てはまる3つの「事態」をざっくりいうと、
●武力攻撃事態:「もうガチで起こっちゃってる」ときと、「ガチなのが切迫している」とき
●武力攻撃予測事態:「ガチなのが明らかに迫ってるっぽくね?」なとき
●存立危機事態:「武力攻撃は日本じゃない国に起こってるけど、それは日本にとってもガチやばい」なとき
という感じです。この3つの事態は、「事態対処法」というもので定められています。
「武力攻撃が日本にどえらいがっつり関係するときは、事態対処法」と頭に入れておいてください。
【岡田真理】
作家。「女子高生にも分かる国防」をモットーに執筆を行う。著書に『いざ志願!おひとりさま自衛隊』(文芸春秋)、『誰も知らない自衛隊のおしごと 地味だけれど大切。そんな任務に光あれ』(扶桑社)、『自衛官になるには(なるにはBOOKS)』(ぺりかん社)
(MAMOR2024年1月号)
<文/岡田真理 イラスト/フカザワナオコ>