来年のパリオリンピックに焦点を当て、毎日練習に励む自衛隊体育学校所属のアスリートを紹介します。
日本の活躍を祈り、みんなで応援しましょう!
【アーチェリー 桑江良斗 2等陸曹(山口県出身)】
1999年生まれ、山口県出身。トレーニングが好きで、気分転換に筋トレを行うことも。将来の夢は指導者。自身を何かに例えるなら、虫に刺されたときに塗る薬。「あると便利だが、なくても困らないから。自分がいないと崩壊する組織にならないよう、自分がいなくても回る組織作りを普段から心がけています」
種目解説「アーチェリー」
1900年パリ大会からオリンピック種目として採用されている。70m先の直径122cmの的を狙い、矢が当たった場所(1~10点)の合計点で競う。予選では1人72射行い、その合計点で順位が決定。
予選の順位を基に1対1のトーナメントが組まれる。トーナメントは6セットポイント先取で勝利。1セット3射ずつ射ち、得点が高いほうに2セットポイント、同点の場合は互いに1セットポイントが与えられる。
最大5セット行った結果、両者5セットポイントで並んだ場合は、シュートオフを実施。1射ずつ射ち、的の中心により近いほうが勝利となる。
東京オリンピックでは無念の代表落ちを経験
「アーチェリーの難しさは毎回同じ動作が求められるところ。どれだけ機械に近い動きができるかが問われます。逆に楽しいのは、射ち方も道具のセッティングもある程度自由で、常に自分なりのベストを追求できるところです」先に始めた兄の影響で小学3年生から競技を始め、日本トップクラスのアーチャーに上り詰めた桑江2曹は、その魅力を表現する。
地元のアーチェリースクールで頭角を現した桑江2曹は、スカウトを受けてアーチェリーの強豪校である近畿大学附属高等学校へ進学。
高校入学時から5年後の大舞台「東京オリンピック2020」を見据え、粗削りだった射形(スタンスから弓を放った後までの体の動きや姿勢)を一から見直して、練習に取り組んできた。
そして迎えた2019年11月の東京オリンピック選考会。8位まで通過のところ、シュートオフの末に破れて9位。無念の代表落ちを経験する。大きな挫折を味わい、一時はアーチェリーをやめることも考えた。
「次こそは」夢の五輪へ。悔しさをバネにしてこの先も挑み続ける
しかし、時間がたつにつれ、再び競技へ気持ちが向き始めると、大学3年時には周囲から請われて主将となり、チームをけん引した。
「自分はそんな器じゃないと最初は断りましたが『お前しかいない』と言われ、使命感を感じました。手本となるべき人間がダラダラしていたら、組織として崩壊する。だから、心を入れ替えようと思い、意識も変わりました」
精神面も成長した桑江2曹。仲間の支えもあり、4年時でチーム一丸となって獲得した優勝は格別だった。
「悩み抜いた末の優勝でした。あの時期を耐えてよかったと思いました」
大学卒業後は、恵まれた環境に引かれて自衛隊体育学校への入校を選択。
「国内で70メートルまで、ほぼ無風で射てる所はほかにないし、トレーニング環境も整っていて、食事もアスリート向けのメニューが充実しています。宿舎と練習場の距離も近く、メリットしかないと思っています」
コンディションの変化を冷静に判断して修正するのは、得意とするところ。今後は体幹を鍛えるため身体強化にも取り組み、パワーアップを図っていく。
最大目標は、オリンピックのメダル獲得。パリ大会へは、補欠選手として出場の可能性を残す状況だ。
「パリ大会まではしっかり準備して、もし選ばれたら頑張りたい。そして、2028年のロサンゼルス大会に向けては、『次こそは』という気持ちでいます。日本のアーチェリーは、オリンピックでまだ金メダルを獲得したことがありません。だから、その1号に僕がなりたいと思っています」
決意を胸に、夢舞台への挑戦は続く。
(MAMOR2023年12月号)
<文/ナノ・クリエイト 撮影/星 亘(扶桑社)>