ロシア、ベルギー(NATO)、アメリカ各国の元駐在官がロシアによるウクライナ侵略を語る。2022年2月24日、そのとき防衛駐在官はーー?
※本記事に記載された意見は、全て個人的見解です。
元駐在官がロシアによるウクライナ侵略を語る「防衛研究所特別鼎談」
世界各国に滞在して、軍事情報の収集に努める防衛駐在官。
2022年2月24日。その日、ロシア、ベルギー(NATO)、アメリカに赴任していた各駐在官に集まっていただき、「そのとき」を語っていただいた。
専門家ならではの質問を期待して、進行役を防衛省のシンクタンクである防衛研究所の、国際安全保障に詳しい主任研究官にお願いした。現場にいた者だけが知る貴重な証言である。
【防衛研究所 八塚正晃主任研究官】
1985年生まれ。大阪府出身。在香港日本国総領事館専門調査員、法政大学講師、オーストラリア戦略政策研究所客員研究員などを経て、現在防衛省防衛研究所地域研究部所属。専門は中国政治外交。
【元在アメリカ日本大使館防衛駐在官 2等空佐 廣瀬貴之】
1979年生まれ。東京都出身。職種は情報通信。帰国後は、航空幕僚監部人事教育部人事教育計画課教育室に配属され、一般教育班員として勤務している。2019年5月~22年6月在任。
【元在ベルギー日本大使館防衛駐在官 1等空佐 三嶋 剛】
1976年生まれ。鹿児島県出身。職種は情報通信。帰国後は、航空幕僚幹部総務部総務課に配属され、在京武官との連絡などを行う渉外班長として勤務している。2019年6月~22年7月在任。
【元在ロシア日本大使館防衛駐在官 1等空佐 原田 理】
1977年生まれ。福岡県出身。職種は隊務管理。帰国後は、情報本部での勤務を経て、現在は航空幕僚監部人事教育部人事教育計画課に配属。2020年7月~22年6月在任。
アメリカは事前にあえて侵略情報をリークして抑止を図る?
八塚:ロシアによるウクライナ侵略が終結の兆しを見せません。2014年、クリミアの一方的な併合以来、ロシアがウクライナに領土的な野心をもっており、21年ごろから国境付近に軍隊を集結させている情報は、私も把握していました。
しかし、それはロシアが軍事的緊張を高めることで政治的目的を達成する手段であり、まさか、全面的な侵略するとは考えていませんでした。
ですので、ロシアが侵略を開始したと聞いて大変驚いたことを覚えています。各国に赴任していた皆さんは、侵略の直前はどんな状況だったのでしょうか。兆候などはつかんでいたのですか。
廣瀬:アメリカには、陸・海・空各自衛隊から各2人の防駐官を置いていて、代表は各自衛隊の持ち回りになっています。私は在米中は、もう1人の空自の防駐官(上司)のもとで、航空機の領空通過申請や基地立入申請、来訪者調整など、主に実務調整を行っていました。
当時、アメリカに駐在している各国の武官たちの間でも緊張感はただよっていましたが、全面的な武力衝突はないだろうという意見が大勢を占めていました。
実際の侵略の1週間ほど前だったと思いますが、何月何日にどの方向からロシア陸軍による侵略が予想されるという情報がテレビのニュース番組から流れてきました。
これはあくまで個人的な想像ですが、アメリカはロシア軍が侵略の準備が整ったことをロシアにも分かるように情報を発信することで抑止を図ったのではないでしょうか。実際にはその日付での侵略は起きなかったのですが、このときは自分が情報戦の渦中にいると実感しました。
淡々と対応したNATO。多くの国は青天のへきれき
八塚:私は、中国の政治外交や東アジアの国際関係を研究していますが、22年2月に中ロ首脳会談が行われたときに、プーチン大統領から習近平主席に何かしらの通告があったのではないかと想像しています。
ただ細かい情報提供をすれば中国もいろいろ動いたはずですが、そこまで目立った動きはなかったので、全面的な軍事侵略を中国が把握していたかどうかは疑わしいと思っています。NATOはどうだったのでしょうか?
三嶋:私は在ベルギー防衛駐在官でしたが、NATO日本政府代表部およびEU日本政府代表部を兼轄、さらに欧州連合軍最高司令部(SHAPE)連絡官という3つの任務を兼務していました。NATOの動きはヨーロッパでの安全保障上のトレンドを形成するため、在ベルギー防駐官としての業務よりNATOやEUの代表部としての業務がもっとも大きなウエートを占めていました。
侵略以前のNATOとしての基本方針は「デュアルトラック・アプローチ」、つまり対話と抑止に重きをおいていました。22年1月、NATO事務総長が対話で平和裏に解決しようとロシアの国防次官と外務次官をNATO本部に迎え軍備増強に対する緊張状態の緩和を試みていますが、これが「対話」の一例です。
「抑止」の動きとしては、報道のとおりクリミア占領後にバルト3国に加盟国有志国軍が配置されていましたが、ロシア軍がウクライナ東部に集結してからは、ポーランド、ハンガリーなど、ロシアと国境を接する加盟国にも新たに軍を配置したり、NATO領域東部地域上空からの警戒監視も強化していきました。
NATO加盟国軍事代表の間においては、「ロシアが国境付近の軍備増強を行うことは政治的なパフォーマンスだ」と言う人もいましたが、侵略の可能性を否定できないという人もおり、意見はいろいろ分かれていました。
八塚:駐ロシア武官の間ではどういった見方が多かったのですか。
原田:ロシアに駐在する各国武官の窓口は、ロシア参謀本部国際交流総局が担当しており、われわれはそこが企画する演習の視察に参加し、現地のシンクタンクに所属する退役軍人を含む軍事専門家などと会談を行っていました。
侵略1年前にロシア軍はウクライナ東部国境付近に集結する事案がありロシア国防省が言うには訓練ということでした。約1カ月後、軍の撤退後も、重火器は現地に残しているという情報がありました。
そして侵略1カ月前から、国境付近に病院ができたり輸血用の器材が運ばれたり、ベラルーシの川に戦車が通れるような橋ができたりというような、まるで戦闘を行うために準備をしているかのような報道を目にするようになったのです。
ただ、ロシア軍の集結は以前にもあったことから今回のような事例は初めてではなく、ロシアのシンクタンクや専門家、各国武官の間では、ウクライナに対して侵略するという見方はほとんどなく、あったとしてもドンバス地方への局地的な攻撃だろうという意見が大半でした。
だから国境周辺に兵力を集中しているという報道があっても、また訓練名目かという意見が大半でした。そうした中でも、侵略開始の数カ月前から「ロシアは今にも侵略する」と言っていた他国の駐在武官もいました。
侵略数日前から、ロシアがどうやら侵略しそうだという情報が入るようになりました。前日の2月23日は、ロシアでは「祖国防衛者の日」で、プーチン大統領は赤の広場の無名戦士の墓に献花するというスケジュールだったので、よもや侵略はないだろうと思いつつも、その日は夜通しで情報収集に努めました。
結局翌日に侵略が始まったので、最新情報の収集・分析に追われ、2日連続で徹夜になりました。私含め各国の武官たちはプーチン大統領は合理的な判断ができるという共通の認識でいたのですが、その認識が崩れた瞬間でした。
突然の侵略に対する各国の素早い動き
八塚:21世紀において国家間の全面戦争はあり得ないといわれる中での今回の侵略は、世界中に衝撃を与え、改めて戦争について議論・研究する機会になったと思います。侵略が始まって皆さんはどのように対応されたのですか。
廣瀬:ロシアとウクライナは戦力差が大きいので、当初はロシア軍がすぐにウクライナ軍を制圧してしまうと考えていましたが戦況予測よりも在アメリカ日本大使館としては、この事態にアメリカがどのように関与するのか、アメリカ軍は動くのかというのが最大の関心事でした。
一般ウエブサイトから黒海および近隣国上空ではアメリカ軍の無人偵察機RQ−4や空軍偵察機RC−135、空中給油機KC−135などが活動していることが確認できました。アメリカ軍がなにかしらの動きをしているのは確かでしたが、具体的な情報は得られませんでした。
そうした中でもウクライナ支援のために空自機の輸送便が緊急にアメリカ経由で運航されることになったので、この領空通過手続きや平素と同様の実務をしていました。
ウクライナに対しNATOの姿勢をはっきり示す
三嶋:北大西洋条約第5条では、加盟国に対する武力攻撃は全加盟国に対する攻撃とみなすとなっています。NATOとしては、ロシア対NATOの戦いに進展していくことは絶対に避けなければならないので、これに必要な防衛計画の発動を侵略開始当日に決定し、ポーランドやバルト3国などロシアと国境を接する地域の防衛態勢を一気に上げるために必要な処置を実施するための権限を欧州連合軍最高司令官に与えました。
その一方、ロシアから、NATOが直接加担していると誤解を与えないよう、NATOとしてウクライナに対する人道支援はしても殺傷力のある装備品などの軍事支援はしない、ということを強く表に出しました。加盟国が個々に軍事支援するのは自由だが、ウクライナはNATOの一員ではなく、ロシアがNATOを攻撃したわけではないので、NATOとして軍事的支援に応ずる義務はないという姿勢です。
原田:ロシアは、数日のうちにキーウを陥落させ、戦争を終わらせるということを予期していたようです。これは不確かな情報ですが、侵略に加わったロシア軍兵士は、ウクライナにかいらい政権を発足させ、戦勝パレードをするための礼服を持参していたという話もありました。
それが、戦況が長引き2週間を過ぎたときには、「ロシア軍はこの程度か」というような空気が在ロ武官の間に広がっていきました。一方国民に対しては、これまでは政権批判や街中でのデモなど日ごろのうっぷんを晴らすようなことは黙認されていたのですが、今回の侵略が行われた後では警察権力によって徹底的に封じ込められてしまいました。
また侵略から1〜2カ月の間に、当局が虚偽だとみなす情報の拡散を処罰する「フェイクニュース法」や「軍の名誉棄損法」などの新法が次々成立し、多くのメディアが海外へ撤退していきました。それまで交流があり腹蔵なく話していた退役軍人は、侵略後には政府の公式見解しか話さなくなり、対面する際には必ずもう1人、政府の監視役が付き添うようになりました。
ウクライナ侵略から得た教訓とわれわれがやるべき3つのこと
八塚:中国の人民解放軍はこれまで局地戦を念頭に作戦を組んできました。全面化・長期化・国際化したウクライナ侵略は、人民解放軍にとっても衝撃であり、彼らは多くの教訓を得ているでしょう。
中台関係が緊張する中、ウクライナ侵略は決して日本にとって遠い国の出来事とは言えません。また今回の侵略では、激しい情報戦も展開するなど、日本が備えなければならないことも教えてくれています。
例えば中国は西側と違う言論空間にあり、ウクライナ侵略に関しても基本的にロシアから流れてくる情報を中国国内に向けて転載しているので、ブチャの虐殺などに関してもあれはフェイクだという言論が中国国内ではまかり通っています。とはいえロシアを手放しで全面支持しているわけではありません。そうした状況の中で今後われわれがすべきことは何でしょうか。
廣瀬:私の赴任したアメリカは多くの情報機関があり、その情報収集力は極めて優れていると考えられるのですが、今回、事前にロシア軍の動向がメディアから流れて来たように、情報は収集するだけでなく戦略的に発信することで、何かしらの影響を与えることができる、ということについて考えさせられました。
また、現地では他国武官から、日本はウクライナをどのように支援するのかと聞かれることも多く、日本は具体的にどのように行動するのかということを問いかけられているとも感じました。非常事態が起きたときに国として何ができるかということを、常に考えていかなければならないと思いました。
三嶋:19年ごろから、NATOは、オーストラリアや日本との関係を強化しており、とくに日本は、他国に比べて別格の扱いをNATOから受けることが多くなっています。今回、日本政府はウクライナに対して食料や生活必需品、衣料品などとともに、防弾チョッキやヘルメットなど自衛隊の装備品も送りましたが、それに対しNATOも高く評価していました。
ただそうした中でふと個人的に思ったことですが、もし、日本が有事の際に他国から兵器の提供を受けた場合、自衛隊の装備と相互運用をするのは容易ではないと感じました。このことについて、平素から考えることの重要性を今般の各国によるウクライナ支援が示唆しているように思いました。
また、またこれまで国際法を守ることが主権国家として当たり前のこととされていましたが、今回のロシアのように国際法を犯す国が現れた今、国際法順守を前提にした防衛政策が果たして今までと同じように機能するのか、ということも考えるようになりました。
原田:今回私がいちばん大切だと感じたのはファクトチェックです。ウクライナ侵略が始まって以来、ロシア政府から大量の情報発信がされていますが、それをうのみにすることはできません。連日深夜まで情報の分析に追われていました。ヨーロッパ各国の武官はロシア軍のことをものすごく研究していて、いろいろ教えを請うこともありました。
その一方で中国や北朝鮮についてはいろいろと質問されました。おしなべてどの国の武官もロシアを非難するのですが、同じ非難といっても、国によって温度差があることも分かりました。例えばイタリアの武官は、自分たちにとってはロシアよりもアフリカや中東からの難民のほうが大きな脅威だと言っていました。
特にイタリアはコロナのパンデミックで大きなダメージを受けたときに、いち早くロシアが軍用機で医療物資を運んでくれたことも、彼らの考えの中にあるようです。ただ、起こると思ってもいなかったことが今回起きて、そのうえ長期化して悲惨な状況になっています。
しかしそれは、われわれ周辺でも起こりうるという覚悟を持って物事にあたらなければならないと感じています。今後日本も中国の動向を注視していかなければなりませんが、イギリスやフランスなどは極東にまで艦艇を派遣して多国間の共同訓練を実施しており、われわれもアジアという限られた地域ではなくグローバルな視点で安全保障を考えていかなければならないでしょう。
八塚:皆さんの貴重なお話には、日本がこれからやらなければならない3つのポイントがあると感じました。1つは、国ごとに価値観や合理性が違うので、さまざまな可能性を排除せずに準備すること。2つ目は、今中国が新興国や途上国を抱き込む形で動いているのに対し、日本は各国が東アジア情勢をどう見ているかを分析して、積極的に情報発信していくことが重要であること。
そして最後に、今回のウクライナ侵略を他人事とせずに積極的に関与することで、武力による一方的な現状変更の試みは失敗したと歴史に刻み込むこと。この3点を考えていかなければならないと思いました。
皆さん、本日はどうもありがとうございました。
(MAMOR2023年12月号)
<文/古里学 写真(原田1佐、三嶋1佐、廣瀬2佐、八塚研究員)/星亘(扶桑社)>