•  2022年3月、海上自衛隊の最新鋭潜水艦『たいげい』型1番艦(注1)が就役した。最新鋭の潜水艦を実際に動かしている乗員のなかには、「ぎ装員(注2)」として艦の建造に関わった者も多く、経験者のいない先駆者として最新のシステムを運用している。

     潜水艦『たいげい』の艦長である前田2佐に、“己の艦”『たいげい』に対する思いについて話を伺った。

    (注1)同じ設計で最初に建造された艦を「1番艦」と呼び、以後、それに付けられた艦名が型式名となり、以降、建造される艦を、「〇〇」型2番艦、「〇〇」型3番艦……と呼ぶ

    (注2)ぎ装とは、艦艇の運航に必要な装置や設備を取り付ける作業のこと。民間のメーカーで行われるその工程に、艦艇の乗員となる自衛官が「ぎ装員」として参加する

    己の艦を知る乗員たちが、自分たちでつくり上げ改善しながら動かす

    画像: 2020年10月14日、三菱重工業神戸造船所で行われた『たいげい』型潜水艦の命名式と進水式。自衛隊の潜水艦の名称は、「海象、水中動物の名、ずい祥動物の名」を付与することが標準とされ、海自部隊などから募集し、防衛大臣によって『たいげい』(大鯨)に決定した

    2020年10月14日、三菱重工業神戸造船所で行われた『たいげい』型潜水艦の命名式と進水式。自衛隊の潜水艦の名称は、「海象、水中動物の名、ずい祥動物の名」を付与することが標準とされ、海自部隊などから募集し、防衛大臣によって『たいげい』(大鯨)に決定した

    「『たいげい』はいわば『ソフトウエア艦』です。敵艦を探索するソナーや、敵が発する電波によって位置を特定する電波探知装置『ESM』、潜望鏡の光学センサーなどがアプリケーション化されています。それらのアプリは定期的にアップデートされるので、その度に性能が向上していくのです」

     そう話す前田2佐は、乗員間での情報共有がしやすくなったのも、『たいげい』の特徴だと言う。

    「リアルタイムの艦の航行状況など、既存艦では発令所でしか分からなかったことが、艦内の各所に設置されたモニターや、プラグイン端末=PCで誰もが、どこでも確認することができます。全乗員がタイムロスなく情報共有できるんです」

     大容量のリチウムイオン電池を搭載している『たいげい』では、戦術面でも変化があるという。

    「『たいげい』は長時間、潜航したまま高速でのオペレーションができ、ダイナミックな航行が可能です。戦術訓練では、これまでは電池の残量を気にしながら低速で行っていたところを、高速で敵に近づいて攻撃するといった戦術が試行できるようになりました」

    乗員と共に高みを目指しさまざまな運用法に挑戦

    画像: 【潜水艦『たいげい』艦長 前田佳宏 2等海佐】前田2佐は、2021年、『せきりゅう』で初めて潜水艦艦長として就任。23年3月から、『たいげい』の艦長を任されている

    【潜水艦『たいげい』艦長 前田佳宏 2等海佐】前田2佐は、2021年、『せきりゅう』で初めて潜水艦艦長として就任。23年3月から、『たいげい』の艦長を任されている

     ただ、全乗員が最新鋭のシステムに慣れるのには時間がかかり、「まだ手探りの状態」だと、本音を口にする。

    「この艦でどこまでのことができるのか、今は発展途上の段階です。ですから、試行錯誤を続けながら、乗員同士が意見交換をし、改善点を抽出しています。それをまとめたものを上級司令部に報告し、指示を受け、それをまた業務に生かすというプラスのサイクルを構築している最中です」

     前田2佐は、最新鋭のシステムを使いこなし、「新たな戦術など、さまざまなことに挑戦したい」と意気込む。

    「私の指導方針は『不断の努力』です。乗員は皆、好奇心旺盛なので、彼らと共に高みを目指し、『たいげい』を最強の潜水艦にするべく、任務に励みたいと思っています」

    新鋭艦の運用法を定め最良の体制づくりを目指す

    画像: 山口曹長は、2005年公開の映画『亡国のイージス』の潜水艦が登場するシーンで、操だ員としてエキストラ出演しているという

    山口曹長は、2005年公開の映画『亡国のイージス』の潜水艦が登場するシーンで、操だ員としてエキストラ出演しているという

    【水雷科 先任伍長兼潜航長 山口 仁 海曹長】

    「先任伍長は海曹士の代表として、彼・彼女らの服務指導や団結の強化、士気高揚を担っています」

     そう語る山口曹長は、任務を遂行するうえで必要なのが、艦長と副長、先任伍長の三角形という構図のなかでの綿密なコミュニケーションだと言う。

    「曹士の心情を把握し、人間関係などで問題があれば、艦長や副長へ報告して解決策を指示していただくなど、三者での情報のやりとりが重要となる任務なんです」

     山口曹長は『たいげい』の建造中からぎ装員として関わっている。

    「計器類やスピーカーなどの位置の決定、壁材の選択、バルブの設置箇所の変更など、われわれぎ装員の意見をメーカーに取り入れてもらって潜水艦が完成します。数ミリメートル単位で装備品の位置を変えてもらったりすることもあります。潜水艦の1番艦のこうしたぎ装に携わることができるのは十数年に1度のこと。60人弱の狭き門というぎ装員に選ばれるのは光栄なことなので、艦づくりには最大限に取り組む努力をしてきました」

     その結果、できあがった新鋭艦に乗り込み、勤務しての感想は?

    「機器がアプリケーション化され、乗員への作業支援が飛躍的に向上しています。例えば、以前は目標の位置に特定の時間までに到着するために、距離と時間、速度によって都度、計算する必要がありましたが、『たいげい』では専用のアプリのディスプレーに目的地までの所要時間が常時、表示されています。このように、隊員の配置にかかわらず、またそれぞれの能力による差も軽減され、『誰でも・どこでも・何でも』できるようになりました」

     業務でのペーパーレス化も、目をみはるものがあると、山口曹長。

    「艦内の配管ラインの図面などのぶ厚い取扱説明書がアプリ化され、各所のディスプレーで表示、参照できるようになりました。わざわざ図面や説明書を運んで広げる必要がなくなり、本当に助かってますね」

     ソフトウエア化された『たいげい』の心臓部ともいえる、「共有計算機(サーバーコンピュータ)」の機能にも驚かされたという。

    「共有計算機は28台あって、そのうちの1台に不具合が起きても、自動的にほかのコンピュータに切り替えられるようになっています。機器の故障に気づかないくらいスムーズに機能が移行するのにびっくりしました」

     ただし、それら最新鋭の機器を使用するのはあくまでも「人」であるため、今後、乗員がシステムに、より習熟し、しっかりとマネジメントしなくてはならないと、山口曹長は言う。

    「そのうえで、新鋭艦をどう運用していくかという方向性や目標を定め、そのために勤務上の編成である分隊(注3)それぞれに何ができるかを考え、先任伍長として最良の体制づくりをしていきたいと思っています」

    (注3)潜水艦内で勤務するため、乗員は4個分隊に分けられ、それぞれの分隊長が、分隊員の人事や服務、厚生、健康面などの面倒を見る

    (MAMOR2023年11月号)

    <文/魚本拓 写真/星亘(扶桑社)>

    コミュ力でつくった新鋭潜水艦『たいげい』

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