ごく普通の若者たちが、大切な人や国の平和を守るため、日々、奮闘している姿を知ってほしいと考え、雑誌『MAMOR』は創刊当初から「自衛官」個人に焦点を当てた連載を多く掲載してきた。
2023年10月号で200号を迎えた記念として、過去の連載で紹介した自衛官たちの「今」と、「今につながる歴史」を紹介したい。
井手健太郎3等陸曹:現在は陸上自衛隊第4師団第4高射特科大隊に配属
積み重ねてきた努力は裏切らない、無駄にかく汗はないと感じた10年間
井手3曹は、15歳のときに陸上自衛隊高等工科学校(以下工科学校)へ入学。その歳で親元を離れて生活することに心細さはなかったのだろうか。
「寂しさはありました。でもそれ以上に、全国から工科学校へ入学してきた同期たちと、寝食を共にしているうちに仲良くなり、かけがえのない楽しい時間が過ごせたと思います。
また、工科学校での毎日は、分刻みで進むのですが、おかげで、だらだらと無駄な時間を過ごすのではなく、毎日目標を定めて効率的に過ごすクセがつきましたね」
当時、いちばんつらかったのは夏に行う東富士演習場での総合訓練だと、井手3曹。
「小銃や装備をもって25キロメートル行進する『行進訓練』(注)は、最後は体が動かなくなるほどへとへとになり、なんとか気力のみで完歩したこともありました」
卒業後、井手3曹は陸上自衛隊久留米駐屯地(福岡県)に所在する第4高射特科大隊への配属となる。
「19歳で入隊した私は、配属された部隊での仕事について、本当に何も分からない状態でした。
ですが、優しい先輩たちから丁寧な指導を受けたり、同僚や後輩たちと心を1つにして訓練に励むことによって、次第に仕事を覚え成長することができたと感じます」
井手健太郎3等陸曹の「今」
現在は、対空レーダー装置によって敵航空機などを探知する部隊で班長をしている井手3曹。
「何1つできなかった私を、対空レーダー班長にまで育ててくれた部隊には感謝しかありません。技量だけでなく人柄も含め、誰に対しても自慢できる部隊だと思っています」
対空レーダー班長としては、班の運用と隊員への指揮を担っている。
「なかでも野外行動訓練では、対空レーダーで早期に目標を発見し、その伝達を行うことにやりがいを感じています。
任務上、留意しているのは、徹底した安全管理です。隊員にけがをさせない、器材を壊さない、という点を重視しています」
最後に、工科学校で頑張っていた当時の自分に声をかけるとしたら、どんな言葉になるのか聞いてみた。
「努力は裏切らないし、無駄にかく汗なんかない、ということですね。今、頑張ったら、将来は人に恵まれた楽しい部隊勤務が待ってるよ、と」
2022年に同僚と結婚し、長女が誕生した井手3曹は、「それに、結婚する女性とも自衛隊で出会えるよ、と伝えてあげたいですね」と朗らかに笑った。
(注)陸上自衛隊高等工科学校では、7月初旬に戦闘訓練や行進訓練などを行う野営訓練を東富士演習場で実施。行進訓練では、生徒が小銃や各種装備品、背のうを携行し、1年生は12キロメートル、2年生と3年生は25キロメートルの徒歩行進を行う。
今野裕貴3等海曹:現在は海上自衛隊潜水艦『たかしお』に配属
「出会いは成長の種」の言葉どおり多くの人に支えられて今があります
「自衛隊に入隊しようと思ったのは、父と兄が自衛官だった影響もありますが、大きな護衛艦や潜水艦にも乗ってみたいと思っていたからです」と語る今野3曹。
「横須賀教育隊を修了した後は、希望もあり、航海員に決まりました。そして、潜水艦『うずしお』で約2年間勤務し、潜水艦乗員になるための部隊実習を経験しました」
潜水艦での勤務を終えた後は、第1術科学校の海士航海課程(注)に進んだ。
「術科学校では、航海員を目指して全国から集まった15人の同期が、艦艇の航行に必要な技術を身に付け、向上させるために互いに切磋琢磨します。
正直、術科学校の教育課程は、私にとってはかなり高いハードルだと感じていましたですが、教育熱心な教官の方々に励まされ、また同期に助けてもらうことでそのハードルを乗り越えることができました。そこで過ごした日々が、私をもっとも成長させてくれたと思っています」
術科学校修業後、正式に潜水艦の航海科航海員として『やえしお』に配属された。そこでは驚くような偶然の出会いがあったという。
「横須賀教育隊で学んでいたときに私の分隊長だった方と再会したんです。教育隊にいたころから数年がたち、今度は実任務の上司と部下という関係で仕事をするということに、不思議な縁を感じましたね」
今野裕貴3等海曹の「今」
現在の今野3曹は航海科航海員として、潜水艦の操縦に関する操だ装置や航法装置の操作などの任務に従事している。
「海中の航行時は、海図をしっかり確認することが重要です。同時に、潜水艦が座礁しないよう浅瀬に注意し、潮の流れにも気を配ります。そうして、艦を安全に航行するように心掛けているんです」と今野3曹。
「教育隊時代から時を経た今、国防の最前線で任務についているという実感があります。少数精鋭と呼ばれる潜水艦部隊で勤務していることに誇りを感じています」
ここまでやってこれたのは、多くの人たちの支えがあったからだと話す。
「『出会いは成長の種』といいますが、自衛隊に入隊後、本当にたくさんの方々に出会うことができました。その方々に支えられて、私は自衛官として成長することができたんです。
今後は私が若い隊員たちを支える立場になれるよう、さらに学んでいきたいと思っています。将来的には先任伍長になって隊員たちをまとめ、精強な潜水艦部隊を構築することが私の夢です」
(注)艦艇の航行に必要とされる技術を身に付けるための教育課程
(MAMOR2023年10月号)
<文/魚本拓 写真提供/防衛省>