•  世界各国にある日本大使館などには、軍事情報の収集や防衛協力の交渉などを行う「防衛駐在官」(以下防駐官)と呼ばれる自衛官が赴任している。防駐官は、現場でしか収集できない“生きた”情報を得るために、さまざまな交流を行っている。

     日本の国益に資する情報を入手することが任務となる防駐官。情報を収集するには、当地の軍事関係者や各国の駐在武官らと信頼関係を築き上げることが重要だ。そのために駐在武官らを家庭に招待し、家族ぐるみでさまざまなおもてなしをしている。防駐官から寄せられた、防駐官家族の活躍を紹介しよう。

    モロッコ王国

    国土面積は約44.6万平方キロメートルで日本の約1.2倍。人口は約3600万人。国防予算は約45億ドル(2020年)。20年時点の総兵力は約19.58万人(陸軍約17.5万人、海軍約7800人(海兵隊約1500人を含む)、空軍約1.3万人)と予備役約15万人など

    【防衛駐在官(赴任期間2020年7月〜)石田正裕2等空佐(千葉県出身)敬子夫人(写真なし)】

    さりげない食事やお菓子でも日本らしさが伝わるものを

    画像: 駅伝大会で表彰をする石田2佐(右)。昼食会では“ごはんのお供”として定番のふりかけなどを用意。初体験の武官に好評だった

    駅伝大会で表彰をする石田2佐(右)。昼食会では“ごはんのお供”として定番のふりかけなどを用意。初体験の武官に好評だった

     赴任前は、風呂敷の使い方やテーブルマナーに関するセミナーに参加する傍ら、インターネットで外国人が日本のどんなものを好むのかリサーチしました。赴任後に駐在武官をおもてなしする際は、すしなどの代表的な和食は食べた経験があると思ったので、日本の食卓に並ぶのりのつくだ煮などを出したところ好評でした。

    画像: 武官団間で年末にグリーティングカードを送り合う習慣が。相手をイメージした四字熟語などを英訳の解説付きで贈った

    武官団間で年末にグリーティングカードを送り合う習慣が。相手をイメージした四字熟語などを英訳の解説付きで贈った

     また、日本発祥の駅伝競技のイベントを主催した際の昼食会でもふりかけごはんや緑茶などを提供したところ、参加者に喜んでいただきました。

    日本で定番のお菓子は、当地で予想以上の高評価

     子どもがいる武官へのプレゼントには、日本で定番のお菓子をセレクト。「日本はマッシュルームマウンテン(きのこの山)派とバンブーシュートビレッジ(たけのこの里)派という2大派閥に分かれている。君はどちらが気に入った?」という伝言は、駐在武官の親子での会話を盛り上げてくれたようです。

    ドイツ連邦共和国

    国土面積は約 35.7万平方キロメートルで日本とほぼ同じ大きさ。人口は約8177万人。国防予算は約456億ユーロ(2020年)。20年時点の総兵力は約16.8万人(陸軍約6.3万人、空軍約2.8万人、海軍約1.6万人、衛生軍約2万人、統合支援軍約2.7万人、サイバー・情報空間軍約1.4万人)

    画像: ドイツ連邦共和国

    【防衛駐在官(赴任期間2015年6月〜18年7月)右から順番に桑原和洋1等陸佐(神奈川県出身)、長男(11歳)、美和子夫人、長女(15歳)】

    日本について家族で改めて勉強。“和のおもてなし”で日本のファン作り

    武官団夫人会主催のイベント「コーヒーモーニング」で「ひな祭り」を開催。大使館員の夫人や茶道のお稽古仲間の協力で茶道体験

     各国からの駐在武官・ドイツ軍関係者夫妻などを10人前後自宅に招き、巻きずしや日本酒などでおもてなしをしました。

     食後のお楽しみで、家族で日本の歌『ふるさと』をプレゼント。私(防衛駐在官)はギターを弾き、妻と子どもは歌詞(ローマ字&英訳)と日本の情景をスライドで投影。写真は日本らしい風景について家族で相談してセレクト。最後の1枚は各ゲストの出身国の写真を映し、ゲストの「ふるさと」への敬意を表しました。

    画像: 武官団夫人会でドイツ語のグループに参加。日本の風土や文化を紹介して仲を深め、ここでの良い関係が公の場での円滑な交流につながった

    武官団夫人会でドイツ語のグループに参加。日本の風土や文化を紹介して仲を深め、ここでの良い関係が公の場での円滑な交流につながった

     これを見た武官は「故郷を思い出す」と思慕につながったようです。日本で当たり前に行っている「節分」、「ひな祭り」、「こいのぼり」といった行事を紹介したり楽しんでもらうにしても、意味や背景をよく知らないことに気付き、家族で改めて時間をかけて勉強。

     節分は、子どもの学校行事で妻が説明をし、私が鬼の恰好で登場。豆まき体験が好評でした。このような和のおもてなしによる日本の文化発信や交流で日本好きを増やしました。

    イラン・イスラム共和国

    国土面積は約164.8万平方キロメートルで日本の約4.4倍。人口は 約8399万人。国防予算 は約174億ドル(2019年)。20年時点の総兵力は約61万人(The Military Balance 2020より)。主要産業は石油だが、農業や工業も盛ん

    【防衛駐在官(赴任期間2020年6月〜)小田雅宏1等陸佐(千葉県出身)暁子夫人】

    おもてなしをするならとことん形に残る思い出を演出

    画像: 参加者に喜んでもらおうと盛り付けの器なども工夫をこらす。すしを詰め込んだ船は、食事の前に撮影会が始まるほど人気の演出に

    参加者に喜んでもらおうと盛り付けの器なども工夫をこらす。すしを詰め込んだ船は、食事の前に撮影会が始まるほど人気の演出に

     イランにいる武官団を招く自宅設宴は、武官だけでなく家族全員を招待し盛大なパーティーを開くのが通例。自分たちもこの例にならい、毎回20人近くのゲストを招いて、手作りでおすしや唐揚げ、肉じゃが、日本ならではのナポリタンなど、家庭の味を楽しんでもらいました。

    インスタ映えの料理に大勢のゲストが満足

    画像: 大使館の広報行事で妻が書道の講師を担当。参加者の名前を聞き、ペルシャ語の意味を考慮しつつ漢字の当て字で書いた名前を半紙に書いてプレゼント

    大使館の広報行事で妻が書道の講師を担当。参加者の名前を聞き、ペルシャ語の意味を考慮しつつ漢字の当て字で書いた名前を半紙に書いてプレゼント

     おもてなしをする日は大忙し。テーブルのセッティングや部屋の飾り付け、料理の大半は妻が担当し、私も何品か担当しました。SNSに写真を投稿するのが好きなゲストが来た際は、インスタ映えを狙ってすしを舟の器に盛り付けるなど、しつらえにもこだわっています。

     ただ、ゲストの嗜好を重視するあまり、食後のコーヒーや紅茶などを提供していたところ「せっかく日本人の家に来たのに日本茶はないの?」と突っ込みを受けたこともあり慌てて用意をしたことも。これは反省しました。

    ナイジェリア連邦共和国

    国土面積は約92万平方キロメートルで日本の約2.5倍。人口は約2億614万人。国防予算は約18.3億ドル(2019年)。20年時点の総兵力は約14.3万人(陸軍約10万人、海軍約2.5万人、空軍約1.8万人)。主要産業は、農業、原油、天然ガス、通信など

    【防衛駐在官(赴任期間2020年10月〜)内海一彰2等陸佐(北海道出身)麻美子夫人】

    ”The 日本”をとことんエンジョイ 童心に返れるような体験づくり

    画像: コスプレでの撮影後は、そのままのいでたちでデザートの時間に。戦国武将がお茶を飲みながら会議をしてい るような雰囲気で盛り上がった

    コスプレでの撮影後は、そのままのいでたちでデザートの時間に。戦国武将がお茶を飲みながら会議をしてい
    るような雰囲気で盛り上がった

     各国武官を自宅に招待するときは、妻が部屋のインテリアやテーブルコーディネートを和モダンなしつらえにし、日本文化を感じてもらえるよう工夫。例えば、食事の際は、日本酒を「寿」の焼き印が入った升で乾杯します。料理は全て妻の手作りです。ベジタリアンや、レモン酢を使ったハラル(イスラム教徒が食べられるもの)すしは、感謝されるとともに、とても喜ばれました。

    手作りの「甲冑外交」で他国武官との関係構築

    画像: 自宅にグリーンバックの撮影スペースを作り、撮影後はすぐにパソコンで背景に京都の金閣寺など日本の観光名所を合成。仮想の日本旅行を演出

    自宅にグリーンバックの撮影スペースを作り、撮影後はすぐにパソコンで背景に京都の金閣寺など日本の観光名所を合成。仮想の日本旅行を演出

     食後は甲冑(かぶと以外は全て自作しました)でコスプレを楽しんでもらいます。着替えが進みサムライの姿に近づくにつれ、50代の駐在武官が少年のような顔になり大喜び。武官夫人は妻が着物の着付けをし、和傘を持たせるとカメラに向かってうれしそうにいろいろなポーズをとります。

     撮影データはその場ですぐにパソコンで日本の観光名所の背景を合成してプレゼント。日本旅行の気分を味わえると、どの武官にもとても好評です。

    防衛駐在官一家のおもてなし術拝見

    <文/真嶋夏歩>

    (MAMOR2023年6月号)

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