2022年11月6日、海上自衛隊創設70周年を記念した「国際観艦式」が、相模湾にて行われた。観艦式とは、自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣に、海自の精強さを観閲してもらうこと、また、多くの国民に海自の存在を知ってもらうことを目的としているが、今回は国際観艦式ということで、12カ国18隻の外国艦艇も集結し、華やかな祝賀航行も見られた。
観艦式というものに初めて参加した若い隊員から、経験豊富なベテランまで、国際観艦式を実施するには多くの海上自衛隊員の力があった。隊員たちはどのような思いをもって、自分の任務を果たしていったのだろうか。
観艦式前の意気込みや、終わってからの感想を、観閲官を乗せたヘリコプターを護衛艦に着艦させたパイロット、US-2の洋上離着水を行ったパイロット、そして観艦式の全般を計画した事務局長らにうかがった。
観閲官を乗せたヘリコプターを護衛艦に着艦させたパイロット
「首相の過密なスケジュールを入念な準備で順守しました」
当日、観閲官である岸田首相は、午前10時2分に官邸を出発し、同30分に観閲艦の『いずも』甲板に到着した。国際観艦式を観閲した後、13時44分に『いずも』をたって14時6分にアメリカ海軍の空母『ロナルド・レーガン』に着艦。同51分に同艦を離れて15時18分に官邸に戻った。
この分刻みのスケジュールを支えるため首相の足となったのが、海自最大のヘリコプターMCH−101だった。操縦したのは、第111航空隊所属の竹本哲郎3等海佐である。
「所属する部隊は山口県岩国市にあるので、飛行にあたり東京周辺や相模湾の地形を頭に入れました。特に総理をお乗せする官邸付近のビルの配置や高さについては入念に調べましたね」
竹本3佐は観艦式への参加は今回で3回目となるが、それでも事前に入念な検討と実際に首相官邸に着陸する訓練を行い、本番ではいささかの遅れもなく、多忙を極める首相を無事官邸にまで送り届けた。
「今回は観閲官をお運びすることになり責任の重さを痛感しました。無事に任務を完遂することができて、ほっとしています」
US-2の洋上離着水を行ったパイロット
「横風の中、離着水に成功し、訓練成果を発揮できました」
今回の訓練展示の目玉の1つが、救難飛行艇US−2の洋上離着水だった。全長33・3メートルもの巨大な航空機が超低速で観閲艦のすぐ横を飛んで着水、加速してわずか6〜7秒後に驚異的に短い滑走距離で離水する模様は、ネットでも話題となった。
機長である岩国航空基地第71飛行隊長の川口智久2等海佐によると、通常は風や波の状況を見て最適な進路で離着水するが、観艦式では観閲部隊の横を通過するコースが決められており、進路を選べないという困難さがあったという。「横風での着水は避けたいところですが、2カ月ほど前からあえて横風を選んで離着水する訓練をしました」
当日も限界に近い横風の中での離着水となったが無事成功。そのハードルの高さを知る各国の軍関係者からも称賛の声が相次いだという。だが川口2佐によると、US−2の真価は離着水だけではなく、着水しての救助にあるという。
「今回も不測の事態や急な救難任務の発生にも対応できるように、機内には通常通り11人の搭乗員が乗っていました。US−2は操縦士や機上整備員だけでなく、機上救護員らと共にチームで運用する飛行艇です。そんな観点でも見ていただきたいです」
観艦式の全般を計画した事務局長
「無観客という苦渋の決断でしたが、世界に海自の統率力を示せました」
日本では20年ぶりに行われた国際観艦式は、海上自衛隊創設70周年記念行事でもあり、前回の観艦式から7年の間をおいて実施されたものでもあった。この大きな式典の取りまとめ役となったのが、防衛省海上幕僚監部総務部総務課観艦式事務局である。その事務局長に就いたのが富松智洋1等海佐だ。
総務課に着任したのは2020年8月で、通常の観艦式より早い2年以上も前から準備が始まったのである。前職は護衛艦『ちょうかい』の艦長で、300人もの部下を束ねていた富松1佐だったが、事務局発足当初の部下はゼロ。環境は大きく変わった。
「1人であれこれ観艦式の構想を練ったり資料を作ったりするのは、それはそれで楽しかったですよ」と当時を振り返る。このときから富松1佐がずっと考えていたのが、国際観艦式を単なる1回限りの親善イベントにするのではなく、今後他国との実務的な交流が深まるようにできないかということ。
27カ国が参加する「第18回西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)」(注)に合わせ国際観艦式も開催されるので、それらを通じて海自の精強ぶりと日本のリーダーシップを他国にアピールできるようにしたかったという。そうした中で最も困難だったのが、新型コロナウイルスの感染状況が予測できないということだった。
「多くの国民に海上自衛隊を見てもらいたかったのですが、最終的には無観客という苦渋の決断をするに至りました。国際観艦式のため今回は、参加国の海軍の参謀長を招待し、総理の横で自国艦艇を陪閲してもらうことにしました。これは初めて行う試みで、注目いただきたい点でした」
そして迎えた当日。晴天に恵まれ海上も穏やかという絶好の舞台で、各国の軍トップの目の前を海自が誇る艦艇や航空機が晴れやかに披露される。
「われわれの艦隊が端麗かつ雄々しく航行する姿にも感動しましたし、新型コロナウイルスに関わる検疫やコロナ禍のイベントなど、困難な調整を強いられた外国艦艇が堂々と航行している姿を見たときは本当にうれしかったです」。観艦式後、各国の大使や海軍参謀長が『いずも』から降りるときに、海上幕僚長に「excellent」、「great」、「impressive」、「amazing」などと言っているのを聞いて、これまでの苦労や努力が報われた思いがしたと富松1佐は喜ぶ。
「この称賛の言葉は、海上自衛隊が多くの外国艦艇を統制し、見応えのある観閲を実施できたことと、外国の文化・習慣に応じたおもてなしへの評価だと思います。また、外国艦艇が観閲艦とすれ違うときに、艦艇を派遣した参謀長が総理の横に立ち、総理とひと言あいさつできる機会を設けたことは、各参謀長にとってうれしいサプライズだったようです」
護衛艦艦長や防衛駐在官だった経験を生かし、約2年3カ月にわたり国内外の誰もが満足のいくような国際観艦式を計画し、無事にそれを成し遂げた富松1佐。だが、式の真の目的は、地域の平和と安定に寄与することだときっぱり言う。
「今回の国際観艦式が本当に成功したかどうかは、これから数年後の国際情勢を見てからの判断になるでしょう」
(注)2022年11月7、8日に横浜のホテルにて開催。27カ国の各国海軍参謀長などが出席し、海洋安全保障をめぐって幅広い意見交換などを行い、相互理解を深めた。今回は日本が議長国であったため、海上自衛隊の主催となった。
(MAMOR2023年3月号)
<文/古里学 撮影/村上淳>