戦場、被災地での作戦行動中、または訓練中に取るために配給される食糧のことを「戦闘糧食」と呼ぶ。英語では、combat rationといい、日本では略してレーション、また、最近は“ミリメシ”と呼ばれることが多い。かつては缶詰が中心の“缶メシ”と呼ばれ、隊員の間ではあまり評判の良くなかった陸上自衛隊のミリメシだが、2022年4月に、約10年ぶりに大リニューアルされて、格段においしくなったと話題になっている。
もちろん、世界各国の軍隊にも戦闘糧食がある。他国軍の兵士たちはどんなレーションを食べているのだろうか? 1990年代に各国の軍隊を訪ね、レーションを提供してもらって食べ比べてみたという『軍事研究』編集者の大久保義信氏にそれぞれの軍隊の食のスタイルについて話を伺った。
イギリス軍
兵力:陸軍約8万5800人、海軍約3万4050人、空軍約3万3350人
兵役:志願制
軍事費:約9兆300億円(2021年度)
素朴で質素な印象の「24時間レーション」
メニューは「A」~「G」までの7種類。1日分が梱包された「24時間レーション」と呼ばれる。例えば、「G」の朝食はオート(麦)シリアルと、ミートボールとトマトのパスタ、ビスケットとチョコレートが数種類、キャンディーなど。
夕食はチキンシチューと粉末スープ、プディングで構成されている。紅茶の国だけにミルクティーが4パック入っているのと、何よりハードタイプのビスケットはどれも絶品だ。
フランス軍
兵力:陸軍約11万4700人、海軍約3万4700人、空軍約4万450人
兵役:志願制(軍改革の一環として、2001年に兵役制を廃止)
軍事費:約7兆4700億円(2021年度)
缶詰とは思えないほど。グルメも満足な糧食に舌鼓
美食の国のレーションは14種類。メインの肉料理などの缶詰が2つ、チーズなどの缶詰が2つ、インスタントスープ、ビスケット、ヌガー、フルーツゼリー、チョコレートバー、インスタントコーヒーなどで構成。「おいしくて、心が豊かになるようなフレンチでした」。
イタリア軍
兵力:陸軍約9万3600人、海軍約2万8700人、空軍約3万9250人
兵役:2005年から志願制に移行(志願制の任期は、1~4年の期限付きと終身の2種)
軍事費:約4兆2240億円(2021年度)
質・量ともに満足できるふつうにうまい“イタメシ”
イタリア軍のレーションは、「A」~「G」までの7種類のメニューがある。朝・昼・夕食それぞれが白い箱に入れられ、3食分が1つにパッケージされている。
朝食はビスケットとジャム、コーヒーと紅茶、といった軽食スタイル。昼食と夕食はメインの肉料理、パスタやリゾット、デザート、コーヒーなどで構成されている。昼食のほうがボリュームがあり、昼にはエネルギー補給用のサプリメント、夕食には栄養補給用サプリが付属している。「質、量ともになかなかうまいイタメシを堪能できます」と大久保氏は語る。
アメリカ軍
兵力:陸軍約48万9050人、海軍約34万9600人、空軍約32万9400人
兵役:志願制
軍事費:約105兆7320億円(2021年度)
味よりも機能性・実用性を重視したレーション
主食のメニューは24種類。イスラム教徒のためのハラール食、ベジタリアン用など、宗教や文化などに配慮したメニューがある。
それに加えてパンやクラッカー、ジャムやピーナツバター、ケーキなどのデザート、粉末ジュース、塩や砂糖、ケチャップ、インスタントコーヒーなどで構成。「主食の味は悪くはないけど、あくまで実用性を重視したレーションです」。
オーストラリア軍
兵力:陸軍約2万9400人、海軍約1万5300人、空軍約1万4900人
兵役:志願制
軍事費:約4兆2000億円(2021年度)
内容物が多くてボリュームも満点
メニューは「A」~「E」までの5種類で、「1人用戦闘糧食」と呼ばれている。その特徴はどの国の軍隊よりも内容物が多いこと。
メニュー「C」では、メインの肉料理とヌードル、スープ、フルーツやチーズの缶詰、クラッカーやビスケット、エナジーバー、チョコレートなど、17種類もの食べ物で構成。調味料なども豊富。なかでも「オーストラリア特有の、パンなどにぬる発酵食品ベジマイトが入っていて、あれは何ともいえない奇妙な味でした」と大久保氏。
デンマーク軍
兵力:陸軍約8000人、海軍約2250人、空軍約3000人
兵役:徴兵制(18歳以上の男子)。男女ともに志願可能。通常4カ月
軍事費:約4000億円(2018年予算)
温食と冷菜の2つで1日分
温食と冷菜が1箱ずつに、パンと水が付いて1日分。温食はデミグラスソース缶とポークレバー・パテ缶、アルファ化米、コーヒー、紅茶などで構成。冷菜はサバ缶、ビスケットやチーズ、スライスハム、粉末のマッシュポテトやスープ、フルーツゼリーなど。「イケたのがサバ缶。フルーツゼリーはトロトロしておいしかったです」。
シンガポール軍
兵力:陸軍約4万1000人、海軍約4000人、空軍約6000人
兵役:徴兵制(2年、訓練終了後は予備役に編入)
軍事費:約1兆4650億円(2021年度)
ムスリムとそれ以外が別メニュー
多民族国家なだけに、イスラム教徒用と非イスラム教徒用に分かれている。それぞれメインが3種類ずつあり、サブメニュー3種類のうち1つがセットになっている。
朝食はシリアルとビスケット、昼と夜はパスタや肉と米の料理が中心だ。夕食にはデザートが付属。「量がちょっと少なく感じて、味は及第点といったところですね」
ウクライナ軍
兵力:陸軍約12万5600人、海軍約1万5000人、空軍約3万5000人
兵役:徴兵制
1日分全てが“肉づくし”な糧食
ウクライナ軍のメニューは、3食分が段ボール箱に同梱された24時間レーション1種類のみ。内容は、豚肉と脂肪粒のやや小型の缶詰が2つ、ポークレバー・パテの大型缶詰が1つ、ティーバッグが1つだけというシンプルなもの。パンと副食は別に配給されるのかもしれない。
「味はそれほど悪くはないんですが、肉と脂肪のかたまりを食べ続けていると、次第に身体が拒否反応を示しました」
ノルウェー軍
兵力:陸軍約8300人、海軍約4600人、空軍約4300人
兵役:徴兵制(18~44歳の男女)
軍事費:約8300億円(2020年度予算)
極寒地用の超ハイカロリーメニュー
ノルウェー軍の糧食は、主食を中心とした4000キロカロリーのAパック(7種類)、副食と飲み物を中心とした3500キロカロリーのBパックがセットで、合わせて1日分で7500キロカロリーにもなる。レーションは朝・昼・夕食に分けられている。
朝食はシリアルやビスケット、栄養補給用サプリがメイン。昼・夕食はそれに主食の肉料理と副食のツナなどに飲料が付く。「カロリーが高いので、胸焼けするほど満腹になりました」。
スペイン軍
兵力:陸軍約7万1300人、海軍約2万350人、空軍約1万9750人
兵役:志願制
軍事費:約1兆2690億円(2021年度)
必要最小限の構成で味もいまいち
朝食が5種類、昼・夕食が10種類ある。朝・昼・夕の1食分がそれぞれパッケージされ、それにパンを加えた4つのパックで1日分。朝食はビスケットとジャム、コーヒー、コンデンスミルク、チョコレートなど。昼・夕食は、肉を中心としたメイン料理の缶詰と魚のオイル漬けの缶詰、インスタントのスープ、デザートだ。「いかにもインスタントの味、缶詰の味という感じで、いまひとつでした」。
ロシア軍
兵力:陸軍約28万人、海軍約15万人、空軍約16万5000人
兵役:不明
軍事費:約8兆7000億円(2021年度)
味もバランスも申し分なしのレーション
24時間用だけでなく、寒冷地用や1食用、有事の際の市民への配給用もある。24時間用は4000キロカロリー。野菜と肉の煮込みやシチューなどの主食の缶詰が3つと、チーズやソーセージなど副食の缶詰が3つ、クラッカー、ジャム、チョコレート、紅茶やコーヒー、ジュースなどの飲料、調味料などで構成。「メイン料理が意外とおいしくて、全体的なバランスもよかったです」。
日本は約11万食分をウクライナに提供
ロシアから侵略を受けるウクライナに対して、日本政府は自衛隊の防弾チョッキやヘルメットを無償で提供している。また、すぐに食べられる食料品を提供してほしいというウクライナ政府からの要請を受け、政府は真空パックされたご飯やツナやサバの缶詰などに加え、自衛隊の戦闘糧食を約11万食分提供。
リニューアルされた新メニューのなかから「ボロニアソーセージ」や「ナポリタン」などが航空自衛隊によって送られた。
<文/魚本拓 写真提供/大久保義信 出典/Military Balance 2022(各国軍の兵力)、外務省ホームページ(兵役、軍事費)>
(MAMOR2022年11月号)