• 画像: 「伏せ」の命令に従うジュリアス号。警備犬は自分を担当するハンドラーの隊員の声だけに反応するよう訓練されている

    「伏せ」の命令に従うジュリアス号。警備犬は自分を担当するハンドラーの隊員の声だけに反応するよう訓練されている

     世は空前のペットブームだが、犬の嗅覚は人の3000~1億倍、聴覚は4倍ともいわれ、その卓越した能力を生かして、自衛隊には警備犬を導入している基地もある。

     2022年春、新しく3匹の犬が航空自衛隊入間基地に入隊した。その警備犬の運用・管理を担当するのが警備犬管理班だ。犬のルーキーたちは、どのような訓練をして、“一匹前”の警備犬になり、現場に配置されるのか密着取材をした。

    自衛隊警備犬ってなんだ?

     自衛隊の警備犬とはその名の通り基地の警備を担当する犬のこと。しかし、近年は警備だけにとどまらず、大規模災害地に赴き、捜索などの人命救助活動で活躍する機会も多くなっている。どのような犬が、いかなる訓練を受けて、任務に就くのか、詳しく解説しよう。

    警備・警戒任務だけでなく災害救助犬としても活躍

    画像: 主任務は基地警備。各警備犬は交代で月に数回、30分から1時間ほどの巡回警備に就く。フェンス越しにその姿が外から見えるように巡回する 写真/荒井健

    主任務は基地警備。各警備犬は交代で月に数回、30分から1時間ほどの巡回警備に就く。フェンス越しにその姿が外から見えるように巡回する 写真/荒井健

     現在警備犬を導入しているのは航空、海上各自衛隊の主要基地、分屯基地などで、かつては陸上自衛隊も犬を扱っていたが現在では配備していない。

     このうち空自では1961年から「歩哨犬」という名称での運用が始まり、現在ではジャーマン・シェパード・ドッグ、ベルジアン・シェパード・ドッグ・マリノア、ラブラドルレトリバーの3犬種、約150匹が2013年より「警備犬」と呼称を変えて配備されている。

     警備犬の任務は、基地内の巡回警備やゲートでの立哨、不審者への警戒などである。こうした警備・警戒行動に加え、犬の優れた嗅覚能力を生かした爆発物や不審物の探知、不審者を制圧するための襲撃なども任務の一環である。また基地内を常に大型犬が巡回・警備している姿を外部に見せることで、侵入を未然に防ぐ抑止力としての狙いもある。

    画像: 2021年7月3日に静岡県熱海市で発生した土石流災害では、航空自衛隊の警備犬が行方不明者の捜索を行った 写真提供/防衛省

    2021年7月3日に静岡県熱海市で発生した土石流災害では、航空自衛隊の警備犬が行方不明者の捜索を行った 写真提供/防衛省

     こうした主任務に加え、東日本大震災以降は災害現場へも災害救助犬として派遣されるようになった。災害派遣のための訓練としては、12年からはNPO法人救助犬訓練士協会(RDTA)(注1)の指導の下、国際救助犬試験(注2)を受験するなど、災害救助犬としての育成も行っている。

     その結果、入間基地の警備犬だけでも北海道胆振東部地震や西日本豪雨災害、熱海市伊豆山土石流災害など各地の災害現場に派遣され、多くの行方不明者を発見してきた。その功績に対し何匹もの警備犬が、防衛大臣などから表彰されている。

    注1:NPO法人救助犬訓練士協会(RDTA:Rescue Dog Trainers' Association)は、1999年に神奈川県内で警察犬を中心としたプロ訓練士活動を行う有志が、犬の能力と自分たちの技術を社会に役立てようと結成したボランティア組織

    注2:オーストリアに本部があり、43カ国130団体(2022年6月現在)から成る国際ボランティア組織、国際救助犬連盟(IRO)が年3回開催する試験。救助犬の技量維持のため、段階ごとに試験を実施し、最終段階を合格した犬は国連関連組織の指揮下で捜索救助活動を行う資格が与えられる

    ハンドラーは警備犬を育てながら共に成長していく

    画像: ハンドラーにブラッシングをしてもらい気持ちよさそうな表情の警備犬

    ハンドラーにブラッシングをしてもらい気持ちよさそうな表情の警備犬

     入間基地では、民間のブリーダーが育てた0~3歳の犬の中から、隊員が「警備犬としての素養がある」と判断した犬を一括購入し、警備犬を配備する全国の空自基地に配分している。

     入間基地に入隊した警備犬は、1、2年かけてさまざまな訓練を行いながら、空自独自の資格試験である「警備犬資格検定」をパスすることで一人前になるのである。

    画像: 中西雄大3等空曹が手作りした警備犬のための屋外の排せつ所。雨風をしのげるよう囲われ、ここで排せつするようしつけられている

    中西雄大3等空曹が手作りした警備犬のための屋外の排せつ所。雨風をしのげるよう囲われ、ここで排せつするようしつけられている

     入間基地に配備された警備犬に対して最初に行うのが、各新入り警備犬専属の担当者(ハンドラー)の決定だ。もともと犬は群れで行動し、その群れのリーダーに従う習性がある。この習性を利用してハンドラーは担当する警備犬をコントロールして任務に就かせることができるのだ。

     そのため、ハンドラーは警備犬に自分を好きになってもらい、お互いの信頼関係を築き上げなければならない。ハンドラーは命令に忠実に従うようさまざまな訓練を行うが、これは犬にとってはあくまで遊びであり「ハンドラーの指示を聞けば楽しい」と思えるようにハンドラーは犬と思い切り遊んだり褒めてあげることが訓練の第一歩となるのだ。

    画像: 食事は1日1回。食事後すぐに翌日の食事の用意をする。ドッグフードは犬によってメーカーや量を変えている

    食事は1日1回。食事後すぐに翌日の食事の用意をする。ドッグフードは犬によってメーカーや量を変えている

     ハンドラーと警備犬との1日は、朝7時の水やりと排便から始まる。午前中の訓練は8時半から11時まで。その後水やりと休憩を挟んで13時から15時まで午後の訓練。終了後に1日1回の食事。食事後は体調を整えるため運動はせず、17時と22時に水やりという毎日だ。中には早朝4時に水やりが必要な犬もおり、警備犬管理班の隊員全員が交代で朝から晩まで全ての犬を世話している。このほかにもブラッシングやシャンプー、犬舎の清掃、その合間をみて遊びなど、警備犬とハンドラーは1日中常に触れ合っている。

    「警備犬の訓練はマニュアル通りにはいかず、臆病な犬、やんちゃな犬、なかなか言うことを聞かない犬など、その性格に合わせて世話や訓練を実施していかなければなりません。ただ共通しているのは、犬はハンドラーの気持ちに敏感だということです」

     優れた警備犬を育てるのはハンドラーの腕次第だし、逆にハンドラーを成長させるのは警備犬であると管理班長の上野直人2等空尉は力説する。

    警備犬管理班の施設をチェック!

    犬舎

    画像: 犬舎

     犬ごとの個室に分かれ、清潔に保たれた犬舎。

    医薬品室

    画像: 医薬品室

     医薬品室には犬の病気や外傷を治療するための薬などが常備されている。

    寄生虫標本

    画像: 寄生虫標本

     隊員教育用の寄生虫標本。身体の表面にとりつくもの、内臓内に生息するものなど、犬の健康管理には必要な知識だ。

    霊廟

    画像: 霊廟

     部隊敷地内の一画に設けられた霊廟。死亡した警備犬の遺骨が祭られている。

    <文/古里学 写真/増元幸司>

    (MAMOR2022年10月号)

    自衛隊警備犬ルーキーズ物語

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