被災後、家が倒壊した場合などは避難所で生活することになる。何かと不便でプライバシーもない避難所生活は、ストレスがたまるもの。国際緊急援助隊医療チーム(注1)に所属し、国内外の被災地で国際災害レスキューナース(注2)として活躍していた辻直美氏は、「自分がどんなことに対して敏感か、苦手かを認識しておくこと」が、避難所でストレスを軽減して過ごすためのコツだと言う。
衛生面や臭い、人との距離感など、自分が何に対して敏感かを把握しておけば、それに対処する方法はあるからだ。辻さんが提案する対処法のいくつかを見ていこう。
注1:国内外で大規模災害があると、日本政府から緊急に招集されて医療援助を行う独立行政法人国際協力機構の機関。メンバーはボランティアが中心で、医師、看護師、薬剤師、調整員などから構成される
注2:国際緊急援助隊医療チームに所属する看護師のこと。看護師免許、英検2級程度の語学力、5年以上の実務経験などがあり専門の研修を受けた者がなれる
非常用袋、なにを入れる?
開設されたばかりの避難所には、日用品などがそろっていないことが多い。そのため、食料や飲料水をはじめ、日用品を持参することが必要。
「非常用持出袋へ入れるものは人それぞれ。普段の生活スタイルによっても変わります。音が気になる人は耳栓、固い床が気になる人は寝袋、臭いが気になる人はアロマオイルなど。自分にとって不快だと感じることを取り除くアイテムを持参するのもお勧め」と、辻さんは言う。
また、支援物資が届くまでに数日かかることもあるため、ペットボトルやラップ、新聞紙などを活用し、避難所生活に役立つアイテムを作ることも重要だ。
避難所のマストアイテムは
辻さんが災害時のマストアイテムとするのは、停電などのときに使えるグッズ。とくに必須というのが、太陽光で発電できるソーラーランタンだ。「真っ暗になると、人はバーティゴ(空間識失調)という状態になり、真っすぐ歩くこともできない。恐怖を感じる人も多い」からだという。
また、スマホなどの充電用に、太陽光で充電できるソーラーバッテリーを3、4個ほど、家庭に常備すれば電源を確保できる。災害時はソーラー充電ができるタイプのラジオも情報収集用に必要だ。ほかにも、SOSを発するための防災笛やさまざまな用途で使える万能ナイフ(注)も備えておくべきだという。
(注)刃渡り6cm以上の刃物を正当な理由なく携帯するのは法令違反になる
避難所のストレスを減らす対処法
アロマオイルをティッシュに含ませて嗅ぐ
多くの人が雑居する避難所の臭いは強くなる。臭いが気になる人は避難時にペパーミントなどのアロマオイルを持参するのがお勧めと辻さん。ティッシュペーパーに垂らして香りを嗅ぐだけでも、ホッと一息つける。エタノールと水で薄めたアロマスプレーをつくっておいて、マスクに香りづけして使ってもよいとか。
寝袋を持参すれば安眠できる
最近はパーティションで間仕切りされる避難所も増えてきてはいる。仕切りがない場合は、寝袋を持参すれば、寝袋の中だけはプライベートスペースになるので何もないよりも安心できる人もいると辻さんは言う。
また、体育館などの避難所の床は固くて冷たいため、そのまま寝ると体が痛くなったり、底冷えして眠れなくなったりすることがある。寝袋を敷けば少しは寝心地がよくなるだろう。
ペットボトルでミニシャワーを作る
大災害が起きると断水などで1週間ほど風呂に入れないこともある。そんなときに役立つのが、ペットボトルでつくる簡易ミニシャワーだ。つくり方はペットボトルのキャップにキリなどで1カ所穴を開け水を入れるだけ。
手洗いや洗髪したいときに逆さにして水を少しずつ出したり、ペットボトルを押して水を噴出させることができるので節水しながらデリケートゾーンなど体の各部を洗える。
生理用ナプキンや紙おむつで熱中症対策
避難所での熱中症対策としては、水に濡らすと冷たくなるクールタオルで、首や脇の下、腰、足首を冷やすといい。水を含ませた紙おむつや生理用ナプキンをポリ袋などに入れて同じように使えば冷感剤として代用することもできるそうだ。
手ぬぐいでマスクをつくる
避難所には人が密集しているのでコロナやインフルエンザの集団感染が起きる恐れもある。それを予防するためにマスクは重要。マスクがない場合の方法を辻さんに伺った。
「手ぬぐいを横に広げて上部を内側に2回折る。折った部分を目の下の位置に合わせて鼻を覆い、上部の端を頭の後ろで結ぶ。それから手ぬぐいの下部であごを包み込むようにして、その端を頭の後ろに回して結ぶと外れにくくなります」
断水のときは食器や食具にラップをつけて使う
断水したときには当然、食器を洗うことができない。そんなときは、食品用ラップやポリ袋を皿やコップ、まな板にかぶせての使用を辻さんは提案する。食べ終わったらラップやポリ袋を捨てるだけなので簡単だ。そうすることでいつもきれいな食器やまな板を使うことができるので衛生的だ。
「皿や食具などは手指に使うアルコール消毒液を吹き付け、キッチンペーパーなどで汚れを拭き取ってもいい」と辻さん。
新聞紙を体の各部位に巻いて寒さをしのぐ
毛布などがない場合、避難所の寒さ対策として便利なのが新聞紙。新聞紙をくしゃくしゃに丸めて柔らかくなったら、雑巾をしぼるようにねじって棒状にする(このとき、固くしぼりすぎないよう注意しよう)。
棒状にした新聞紙を輪っかにして首や両手首、両足首、おなかや腰に巻くと、新聞紙に体が発する熱がたまって逃げにくくなり、寒さをしのげる。
ペットボトルのキャップ1杯分の水で喉を潤す
断水時でもペットボトルのキャップ1杯分の水で喉を潤すことができる、と辻さん。その際、菌の繁殖を防ぐため、キャップには口をつけないこと。口に入れた水を舌の裏に流し込んで10秒間、含んだままにし、それから飲み込むようにすると、唾液が分泌されるので少量の水でも喉が潤う。菌を洗い流す自浄作用のある唾液が分泌されることで、口腔ケアの効果もあるそうだ。
嫌な感情を新聞紙に書き、破いてストレス解消
知らない人たちと雑居してプライバシーがなく、時にはトラブルも起こる避難所生活。人に言えないブラックな感情がふつふつと湧いてきたときには、新聞紙を使ったストレス解消法を試してみよう。新聞紙に今、抱いているありのままの気持ちをつぶやきながら書きなぐり、ビリビリに破けば嫌な感情も昇華されるというのが辻さんの、経験を基にした提案だ。
新聞紙を使った即席のボールで運動不足を解消
ストレス解消のためにビリビリに破った新聞紙は、遊び用のボールづくりに再利用できる。破いた新聞紙をポリ袋につめ、空気を抜きながら丸めて結べば即席のボールの完成だ。娯楽の少ない避難所生活では、この即席ボールを使ったキャッチボールやドッジボールが意外と盛り上がるとのこと。とくに子どもたちのストレスや運動不足の解消にはもってこいだ。
非常用持出袋のなかに本や嗜好品を入れておく
長い避難所生活では、心を癒やしてくれる娯楽も必要だ。だが、停電や電源が限られているなかでは、スマホでゲーム、というわけにはいかない。そこで、非常用持出袋のなかに、本やボードゲームなどを入れておく。コーヒーや紅茶といった嗜好品、アメやチョコレートなどのお菓子も携帯しておくと意外と重宝するそうだ。
ペット用トイレシートで「低反発風枕」をつくる
避難所生活では雑魚寝が基本。もちろん、枕が用意されているわけでもない。枕として代用できるのが、ペット用トイレシート。シートの吸水面側に水をかけ、吸水面が外側になるよう2つ折りにしてポリ袋に入れて結ぶ。形を整えればできあがり。この「低反発風枕」があれば避難所の寝苦しさを少しは解消できると辻さんは言う。
(MAMOR2022年9月号)
<文/古里学、魚本拓 イラスト/尾代ゆうこ>