自衛隊にとって隊員たちの心の健康を守ることは、組織として重視すべき喫緊の課題といえます。なぜなら個々の隊員のメンタルヘルスは、部隊全体の活力向上や、円滑な職務遂行に大きな影響を及ぼすからです。この特集では、現在、自衛隊が注力するメンタルヘルスケアについて、その教育システムやトレーニング、震災など惨事後のケア、さらにはサポート体制について紹介します。
自衛隊員にとってのメンタルヘルスの重要性
防衛省(庁)がメンタルヘルスへの取り組みに本格的に着手したのは、2000年のこと。当時は日本社会全体が、人の健康を脅かす“こころの問題”に着目し始めていた。緊張感を伴う危険な任務に従事することもある自衛隊において、個々の隊員の心の健康を維持・増進することは、任務を確実・安全に遂行するために必要不可欠な施策だったのだ。それから20余年、現在の防衛省・自衛隊では、隊員のメンタルヘルスケアをどのように捉え、取り組みを実施しているのだろうか。
自衛隊ならではの特殊なストレスに対応
「組織全体として、自衛隊には他業種にはない過度の緊張を強いられる任務が少なくありません。心の健康を保つことは、任務の安全かつ円滑な遂行にとって必要不可欠となっています。そのため、隊員に対するケアには特に注力しています」
こう話すのは、防衛省人事教育局衛生官付の竹永篤史メンタルヘルス企画官だ。大規模組織である自衛隊は隊員の年齢層が幅広く、その職務内容もさまざま。そのため、メンタルヘルスを脅かすストレスも多種多様だ。
「日常的なストレスとしては、自衛官人生を通じて異動が多いこと。単身赴任や離島での勤務などもストレス要因となり得ます。国防という職務上、例えば警戒監視活動であるとか緊急発進などでは、過度の緊張を強いられますし、大規模災害での救助活動や悲惨な事故現場の任務は特に注意が必要です。目の前の人を救えなかったことに対する自責の念や、被災された方を自分の家族と重ね合わせてしまうなど、複雑なストレス反応が生起します。さらには海外派遣任務でも、国内とは違うストレスを受けることが指摘されています」
ストレスケアを阻害する、自衛官ならではの理由も
自衛官ならではの責任感、正義感が、ストレスケアを阻害してしまうという側面もある。
「多くの自衛官には、『自分たちはタフでなければならない』という考え方が根づいています。そのため一般の方と比べ、困ったときに助けを求める行動に出にくい傾向があるのです。こうした現実を踏まえ、『苦しいときに援助を求めることは能力であり、自ら助けを求めることができる人ほど自己管理能力が高い』という認識を広げ、隊員が周囲や専門家に相談しやすくなるよう、組織全体の意識改革を進めています。
一方、最近では各個人や組織全体を活性化するための取り組みとして、“ポジティブ・サイコロジー”という概念が注目されています。“精神的な不調への対応”だけでなく、前向きに、“働きがい”を持って任務に当たれるような環境整備を推進していきたいと考えています」
<文/真嶋夏歩 写真提供/防衛省>
(MAMOR2022年2月号)