• 画像: 陸自隊員、船に乗る!海自との共同部隊「海上輸送部隊」とは

     陸上自衛隊が“船乗り”を育成している? 島しょ部防衛強化のため、2024年を目標に陸上自衛隊と海上自衛隊の共同部隊である海上輸送部隊が新編されることになりました。輸送艦を運用する新しい部隊の発足により、離島への補給品輸送や部隊の機動展開がより迅速になります。

     陸自ではこの部隊の新編に向けて、19年より海自術科学校などでの教育受講・研修および海自部隊への要員配置により、艦船の運航に必要な知識・技術を習得するための人材育成に取り組んでいます。陸から海へ、新しい時代の輸送部隊を担う人材の教育現場をリポートします。

    陸自隊員が艦艇の運航を学ぶ!

     艦艇を動かす運航要員は、陸上での講義と海上での航海演習を繰り返しながら新しい技術や知識を学んでいく。教育現場となるのは海上自衛隊の聖地・江田島にあり、主として艦艇に乗り組む隊員に船務、航海などの専門教育を行う第1術科学校だ。海自の独特の文化に戸惑いながらも、新しいことに挑む陸自隊員は充実した毎日を送っている。

    3年目に入った育成教育。その内容は海自学生と同じ

    画像: 陸自隊員らが勤務する、海上自衛隊の大型輸送艦『しもきた』(写真手前)。全長は約178メートルで、90式戦車10両以上、揚陸部隊約330人の輸送が可能だ

    陸自隊員らが勤務する、海上自衛隊の大型輸送艦『しもきた』(写真手前)。全長は約178メートルで、90式戦車10両以上、揚陸部隊約330人の輸送が可能だ

     共同の部隊である海上輸送部隊の基幹要員を育成するための教育は2019年からスタートした。運航、機関の両要員での育成を目指し、このうち運航要員には1期生は幹部5人、陸曹2人、翌20年度の2期生は幹部3人が選ばれている。

    「運航」は艦艇において航海に携わる隊員を育成する教育で、教育課程は1期と2期では若干違いがある。1期生の幹部はまず19年に第1術科学校と第2術科学校での聴講や乗艦研修を受けた後、翌20年から広島県江田島市にある第1術科学校の専門船務課程に進み、修了後は輸送艦『おおすみ』、『しもきた』に各2人、『くにさき』に1人乗艦、21年6月の取材時も運航業務を行っていた。

      一方、1期生の陸曹は幹部とは逆に、術科学校での聴講や乗艦研修の後すぐに『おおすみ』、『しもきた』の航海科員として勤務。21年2月から第1術科学校の海士航海課程へ入校した。この1期の教育内容を検討して2期生からは、幹部は1年目に一般幹部候補生課程、民間の輸送会社の船舶輸送現場で研修を行う民船研修、遠洋練習航海をセットにした「集合教育『陸自船舶』」を受講し、2年目から約4カ月間の専門船務課程へと進む。

    「陸自の入校学生は、行く先々で『このまま海自隊員にならないか』と言われているようです(笑)。うれしいながらも少し困惑しているようでした」と福薗1尉

      また陸曹は最初に広島県の呉教育隊一般海曹候補生課程に入り、その後『くにさき』で航海科員の信号員勤務を経て、第1術科学校で約6カ月間の海士航海課程へ入ることになった。
     
     専門課程で受ける教育内容は、幹部は各種航法や運用、さらに法規について。陸曹が受ける海士航海課程では、これらに加えて甲板業務である手旗やらっぱ、旗りゅう信号なども学ぶ。幹部の教育を担当している海上自衛隊第1術科学校教育第1部船務科の福薗拓真1等海尉によると、教育現場では陸自隊員と海自隊員の区別は全くしていないという。

    教官の萩原2尉は、海自と陸自での用語の違いを陸自の友人に確認したという。「違いを事前に知って、陸自の学生がなじみやすいように工夫しました」

     海曹士の学生に航海術を教える航海科21分隊長の萩原洋平2等海尉は、「陸自学生の存在は海自の学生にとっても良い刺激になっており、本当に来てくれて良かったと感じています」と話す。

    文化の違いに戸惑いながらも新鮮で充実した日々を送る

    画像: 海自では、術科学校で教育を受ける航海科員の全員がらっぱの吹き方も習う。陸自と海自では持ち方などが違うそう

    海自では、術科学校で教育を受ける航海科員の全員がらっぱの吹き方も習う。陸自と海自では持ち方などが違うそう

     陸自輸送科の海上輸送部隊の基幹要員は、希望者の中から選考された。第1術科学校の海士航海課程に入校中の原田裕司1等陸曹は、「船舶要員の選定についての説明を初めて聞いたとき、迷わず熱望しました」と振り返る。

    「艦橋で操だを行い、航海指揮官に命じられた針路に艦を動かすことにやりがいを感じます」と話す、原田1曹。初めて操舵したときは感動したそう

     そのため陸自海上輸送部隊要員の多くが、海自で教育を受けるにあたって不安はあるものの、それよりも新しいことにチャレンジするやりがいや希望を感じている。もちろん海自学生と同じ内容の教育に難しさは感じながらも、面白さのほうが上回っているという。

    「コロナ禍による予定変更もありましたが、外洋航海ではさまざまな場所に行くことができて、これが艦艇勤務のだいご味だなと思いました」と語る岩田3佐

    輸送艦『しもきた』の艦橋で、並走している艦艇と自艦との位置関係を確認する鵜川1尉

     実際に輸送艦『しもきた』に乗り組んでいる岩田伸太郎3等陸佐に聞いてみると、「40歳にして若い幹部候補生とともに長期間、教育訓練を行うことなど想像もしていなかったので新鮮でした」、鵜川朝且1等陸尉からは「何もかもが新鮮で面白いです。陸自勤務では知ることのできない、艦艇運航の難しさと面白さを日々実感しています」といった答えが返ってきて、毎日が驚きと期待に満ち、充実した毎日を送っていることが伝わってくる。

    「レーダー関連の教務は難解で、なかなかイメージができず当初は苦労しました。教官に丁寧に説明してもらい、理解することができました」と振り返る髙本2尉

     また、運航要員の教育が行われている第1術科学校がある江田島市には戦前に旧海軍兵学校があり、現在も海自教育の聖地といえる土地だが、髙本健太2等陸尉は「課程教育の序盤に旧海軍の資料を閲覧できる教育参考館で研修する機会があり、海自でいわれる伝統墨守という言葉の意味を感じました」と、伝統の重さを感じることもあるそうだ。

    画像: 江田島には歴史の重みを感じられる伝統的な建物が立ち並ぶ。“赤レンガ”と呼ばれ有名な幹部候補生学校庁舎は、1893年に海軍兵学校生徒館として建築された

    江田島には歴史の重みを感じられる伝統的な建物が立ち並ぶ。“赤レンガ”と呼ばれ有名な幹部候補生学校庁舎は、1893年に海軍兵学校生徒館として建築された

     とはいえ、最初に直面するのが陸自と海自の文化の違いだ。陸自では数字の2を「に」と言うが、海自では「ふた」と言ったり、式典などの予行練習のことを海自では「立付」と呼ぶ、といった言葉の違いがある。さらに敬礼の腕の角度が陸自では90度だが海自では艦内が狭いため45度、といった所作にまで違いがあり、最初はみんな戸惑ったようだ。

    画像: 第1術科学校のシミュレーターシステムを用いて、艦橋での操船体験を行う陸自隊員。「艦艇がすぐ止まらない、すぐ曲がらないことを実感できた教育でした」と鵜川1尉は振り返る

    第1術科学校のシミュレーターシステムを用いて、艦橋での操船体験を行う陸自隊員。「艦艇がすぐ止まらない、すぐ曲がらないことを実感できた教育でした」と鵜川1尉は振り返る

     また船酔いに悩まされた陸自学生も多い。しかしそれらを全て乗り越え、海自の教官、学生の全てが親切に、そして丁寧に指導してくれるので非常に助かっているとみんな口をそろえて感謝している。また海自の教官も、陸自学生の努力を評価する。

    「海上輸送部隊の基幹要員に選ばれているだけあってみんな優秀で、座学の試験では陸自隊員が上位にいます。海自隊員も負けずにガンバレ、と思っています」と福薗1尉は話した。

    (MAMOR2021年10月号)

    <文/古里学 撮影/江西伸之 写真提供/防衛省>

    陸上自衛隊、海ゆかば

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