•  防衛省は自衛官としての任期を終えて民間会社などに就職する人材を「自衛隊新卒」と呼んでいます。自衛隊新卒は、在隊時に身に付けたスキルで即戦力として活躍できるといわれています。

     では自衛官はいったいどのようなスキルを身に付けているのか?タレントや落語家など、自身の活動を通じて表現する元自衛官に話を聞いてみました。

    自衛官時代の経験が自身の性格も変えてくれた

    【タレント かざり】
    1993年三重県生まれ。2015年入隊。通信科に所属。病気により自衛隊を17年に陸士長で退職し、芸能活動を開始。モデル活動などのほか、YouTubeチャンネル「かざりぷろじぇくと」も運営している

    人に話を聞く素直さやチームワークもスキルです

    自衛官時代の写真(本人提供)

    「学生時代は昼夜逆転で友人と約束した時間も守れない怠惰な生活を送っていましたが、自衛官を経験したことで規則正しい生活になり、健康的になったと思います。自衛隊では時間やルールを守ることの大切さも学びましたし、忍耐強くもなりました。私の全てを変えた経験ですね」と自衛官時代を振り返るかざりさん。

     芸能活動をする上で、はきはき話せるようになったことも大きなことだと話す。

    「訓練のときに大声で号令を出さなくては全員に届かず失敗してしまいます。内気な自分は恥ずかしくて大声を出すなんて無理と思っていたのですが、気持ちを切り替えて声が出せるようになりました。性格も前向きで明るくなったと思います」

    画像: 「かざりぷろじぇくと」では、かざりさん自身が体験した内容などが公開され、自衛隊の魅力や迫力をありのままに伝えている

    「かざりぷろじぇくと」では、かざりさん自身が体験した内容などが公開され、自衛隊の魅力や迫力をありのままに伝えている

     現在は動画配信も行っているかざりさん。動画制作の現場でも自衛隊時代のスキルを生かして活動している。

    「分からないことは恥ずかしがらず人に聞くこと。自衛隊では何も知らないまま動いてしまうと重大な事故につながる場合もあります。素直に聞いて、できるように努力することを意識しています。それと通信科の任務では簡潔で的確な報告が求められます。

     インターネットで動画を配信するようになって、分かりやすく伝えることは自衛官時代と同じだなと感じますね。今は自衛隊の広報のような仕事もさせていただいていますが、伝わるように話すことをより意識して活動しています」

    よく話し合って連携を深める。戦車乗りの技術は俳優でも生きる

    【俳優 松川貴則】
    1991年北海道生まれ。2011年、陸上自衛隊に入隊。90式戦車の操縦手として北海道の北千歳駐屯地で勤務。12年に陸士長で退職後、俳優を志して上京。現在は舞台を中心に映画やテレビでも活躍している。即応予備自衛官としても活動中

    自衛官時代の写真(本人提供)

    「戦車は私が担当していた操縦手と砲手と、隊員を指揮する車長の3人が連携しなければ動かせません。任務に対する温度差が生まれないよう、お互いに話し合って信頼を高める努力をしていました。俳優として舞台を作るのも演者の連携が重要です。

     自衛隊時代の経験から、舞台を作る仲間同士で配役に応じた役割分担や連携などをよく話し合う習慣がついています」

     そう話す松川さん。信頼が深まることでさらに身に付いたスキルもあると教えてくれた。

    「お互いに何がしたいか気持ちが伝わるようになるんです。相手をよく見て自分の動き方を変えるような対応力が身に付きました。これは演劇も同じです。生の舞台はハプニングがよく起こりますし、そんなときにどうするか、相手の動きを見て対処できるようになっています」

    覚えることが多い自衛隊の勤務。今は台本読みにも役立ちます

    画像: 覚えることが多い自衛隊の勤務。今は台本読みにも役立ちます

    【俳優 森谷勇太】
    1982年山形県生まれ。2000年に海上自衛隊に入隊し護衛艦『はまぎり』のガスタービン機関科員として艦艇や青森県の大湊基地で勤務。03年に海士長で退職後、映画制作を経験しながら芝居を学び俳優として06年にデビュー。現在は映画や舞台などで活躍中

    自衛官時代の写真(本人提供)

     俳優として活躍中の森谷さんの自衛隊生活は、ほぼ護衛艦勤務だった。

    「艦艇勤務は1つのミスが大きな事故につながるので、危機管理能力が付きました。いつか事故が起きる『かもしれない』と慎重に点検作業を行います。艦内の配管位置など覚えることも多く、この2つは俳優として舞台に臨む際の安全意識や、台本を覚える努力につながっていると思います」と護衛艦勤務時代に身に付いたスキルを教えてくれた。

     そして教育隊時代に学んだスキルも習慣になっていると話す。

    「前日には必要なものの準備を必ず済ませておくこと、時間厳守の意識ですね。今もどんな現場でも5分前には着くようにしています。あと軍人の役をいただく機会もあり、教育隊で教わった立ち居振る舞いが役作りに生きているなと感じます」

    客席の反応に合わせ臨機応変に話し方や動きを変えています

    画像: 客席の反応に合わせ臨機応変に話し方や動きを変えています

    【落語家 三遊亭圓雀】
    1966年埼玉県生まれ。84年入隊。第31普通科連隊重迫撃砲中隊に所属し当時所在した東京都の朝霞駐屯地で勤務。近代五種、ライフル射撃の選手候補として、自衛隊体育学校でも集合教育を受けていた経験がある。87年に陸士長で退職後、落語家に。88年三遊亭あん太の高座名で前座デビュー。2018年六代目三遊亭圓雀を襲名した

    自衛官時代の写真(本人提供)

    「落語をやりたいと師匠(三遊亭小遊三)を訪ねて入門したとき、初めに時間厳守や掃除など礼儀について厳しく言われました。ですが自衛官でしたから、普段から5分前行動や整理整頓などはできるわけです。自衛隊時代に教えられたことが当たり前のスキルになっていたんですね」と当時のことを話す圓雀さん。

     ほかにも自衛隊時代に培ったさまざまなスキルが公演を行う上で役に立っているという。

    「訓練では、さまざまなケースに対応できるよう別案を立てて臨んでいました。公演でも常に2、3パターンくらい話の展開案を考え、お客さんの反応に合わせて臨機応変に対応しています。それに公演は自分1人では作れず、スタッフや出演者同士の連携が大事です。自衛隊の部隊のように助け合いの精神を意識し続けていますね」

    努力を苦労と思わない忍耐強さで難局を乗り切る

    画像: 努力を苦労と思わない忍耐強さで難局を乗り切る

    【書道家 未來】
    1985年秋田県生まれ。2004年入隊。第20普通科連隊本部管理中隊通信小隊に所属し山形県の神町駐屯地で勤務。バイアスロン訓練隊に所属し、スキー訓練も行っていた。その後、広報室でも勤務し、10年に陸士長で退職と同時に書道家に転身。現在は「色彩のあーと書道家」として「Art&Graphic ちゃかちゃか」を主宰

    自衛官時代の写真(本人提供)

    「自衛隊の訓練はマニュアルがあるようで実はないことも多く、状況に応じていかに任務を完遂させるかが求められます。私は現在デザインの仕事もしています。クライアントとのやり取りには変更も多く、時には難しいオーダーもありますが、安易に『できません』とは言わないようにしています。

     与えられた状況下でできること、やれる方法を考え最善を尽くす力は、自衛隊の訓練で身に付いたスキルです。また、途中で投げ出さない、妥協しない責任感も自衛隊で養われました」

     生来の性格もあると思うと断りながらも、アクシデントや無茶振りに応える作業は楽しいと語る未來さん。「もちろん良い作品を作りたいと努力はしたけど苦労した気はしないんですよね。“忍耐強さ”や“持久力”も、自分にとっての武器ですね」。

    集中して作業する力は時計作りにも必要なスキル

    【独立時計職人 菊野昌宏】
    1983年北海道生まれ。2002年、陸上自衛隊入隊。帯広駐屯地の第5後方支援隊で小銃などの小火器整備の任務に就く。05年に陸士長で退職後、時計作りを学び、ほぼ全ての工程を個人で行う独立時計師に。11年、スイスの独立時計師協会(AHCI)に日本人として初めて入会

    自衛官時代の写真(本人提供)

     加入が認められたのは世界で33人だけというスイス独立時計師協会に所属する菊野さん。着想からコンセプト立案、ねじ1本の制作から組み立てに至るまで1人で行う時計職人の原点ともいえるのが自衛隊だ。

    64式7.62mm小銃の整備をしていました。分解をして不具合がないか観察する。不具合を調整して組み立てる。何度も繰り返すので、効率よく組み立てようと計画性が身に付きましたね。作業ミスは事故につながるため集中力も養われました」と話す。

    「入隊直後は上官に『言われたことだけはきちんとやれ』と教わりました。自分の意見や考えの前に、基礎を身に付ける。失敗したときはどう挽回するか考える。時計師の仕事も試行錯誤の連続です。諦めずに考え抜く力も自衛隊時代の経験が生きてます」

    (MAMOR2021年10月号)

    <取材・文/MAMOR編集部>

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