その圧倒的なカッコよさに魅了された若者たちが戦闘機パイロットに憧れ、世界中で志願者を激増させた1本の映画があります。アメリカを代表する人気俳優の1人、トム・クルーズの出世作にもなった『トップガン』(1986年・アメリカ)だ。
『トップガン』ではマーヴェリックたちが空中戦の技量を磨くべく、日々ハードな訓練を繰り返していた。航空自衛隊にもこれと同様、選ばれし戦闘機パイロットがエキスパートになるための教育訓練があるという。今回はその教育を行っている第306飛行隊を訪れ、訓練の様子を取材した。
アメリカの“トップガン”同様、空中戦の技術を教える
小松基地(石川県)の正門をくぐり、第306飛行隊のある隊舎を目指すと、エプロン地区に何機ものF−15J戦闘機が駐機しているのが見えた。時折聞こえるエンジンのごう音、そしてジェット燃料の燃える特有のにおい……戦闘機部隊はどこも緊張感が漂っているが、ここにはさらにピンと張り詰めた空気が感じられた。並んだF−15Jを見ると、垂直尾翼に描かれた部隊マークが全て違っている。ほかの戦闘機部隊ではなかなか見られない眺めだ。どうやらこれが独特の緊張感の原因らしい。そしてこれこそが“日本のトップガン”と呼ばれる部隊を端的に表す光景だったのだ。
第306飛行隊は日本海側唯一の航空団である第6航空団に属し、同じ小松基地にある第303飛行隊とともに、わが国に接近する国籍不明機に対する対領空侵犯措置、いわゆるスクランブル任務に就いている。ここまではほかのF−15J部隊と同じだ。ではなぜ第306飛行隊は日本のトップガンと呼ばれるのだろう。その疑問に、戦技課程教育班長という肩書の石津谷友規3等空佐が答えてくれた。
「第306飛行隊はF−15戦闘機の中でも、レーダーや兵器管制コンピュータなどを高性能なものに換装した近代化改修機を運用する部隊です。そして、選りすぐりのパイロットを集めて近代化改修されたF−15戦闘機の戦い方を教える“戦技教育”を担っていることが、日本のトップガンと呼ばれる理由かもしれません」とのこと。
「ファイター・ウエポン」の名前の由来
映画『トップガン』の舞台になったのは、アメリカ海軍戦闘機兵器学校(United States Navy Fighter Weapons School)で、空中戦に強いパイロットを養成し、部隊に帰ってその技術を伝える指導者を育てる機関だ。第306飛行隊における戦技教育も同じで、以前からF−15戦技課程として対戦闘機戦闘に特化した訓練を行い、優れた戦技指導者を養成してきた。これが別名“ファイター・ウエポン”と呼ばれたことから、日本のトップガンと称されるようになったのだという。
ちなみに今後は対戦闘機戦闘だけでなく、救難機などのほかの航空機部隊との協同など、より広い視野で戦い方を教える“戦術課程”の一部としての“戦技訓練”という位置付けとなる予定で、取材時はその試行期間となっていた。名前は変わっても、第306飛行隊が担う教育の中身は変わらず同じものだという。
飛行隊の将来を担う選ばれしパイロットが集う
戦技訓練は毎年1回、約半年をかけて行われる。全国の部隊から選抜された隊員が参加するとのことだが、いったいどんな人物が選ばれるのだろうか。
「全国のF−15J部隊のうち、近代化改修機を運用する飛行隊から4人のパイロットと、地上施設などから戦闘機を誘導したり指示を出したりする“コントローラー”と呼ばれる兵器管制官2人が参加するのが通例です(注:取材時は新型コロナ対策のため兵器管制官の参加はなし)。
誰を選ぶかは部隊側の判断ですが、“この人物に技術を磨いてもらい、そこで学んだものを部隊にフィードバックしてほしい”というニーズに適したパイロットを選んでいるはずです」と石津谷3佐は語った。
要するに、これから部隊を背負って立つ、期待の人材が送り込まれるということだろう。そのため当然、新人ではなくある程度部隊で経験を積んだ、腕に覚えのある中堅どころが集うことになる。規模は小さいながら、まさに映画『トップガン』と似たような状況といえる。
(MAMOR2021年6月号)
<文/野岸泰之 撮影/近藤誠司>